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じつは塾でも教えていました

標題のとおり、ぼくは塾講師をしていた時期があります。カネのない学生ならたいていは塾で教えたり家庭教師をするので当たり前と言えばあたりまえですが、ぼくが教えていたのは当時はまだ少なかった個別指導の塾です。

当然いまより遥かに高くつくので生徒は医者の子供など、かなり裕福な子たちに限られていました。そのぶん、講師陣もけっこうな倍率を勝ち抜いた人ばかりで、基本的に1教科しか教えません。たぶん、ですが、そこの塾で5教科習わせたら月謝は数10万円だったろうと思います。

まあぼくの数少ない特技であった大学受験化学だけでもおカネがもらえたありがたい場所ではありました。ちなみに、当時化学を教えていたのはぼくひとりでしたので、そこそこ評判は良かったということにしてもらいましょう。

子供時代のハンデを活かせた

ぼくが高く評価してもらえた理由の一つは、「説明すること」を子供のころから仕方なく訓練されてきたからでしょう。ぼくの両親は高い教育を受けておらず、本を読む習慣もなく、一言でいえばモノを知らない人たちでした。

おまけに父は無職で常に酔っぱらっていたので、平気ででたらめを言います。ぼくは図鑑や百科事典が好きだったので父のでたらめを指摘しました。自信のない酔っ払いが子供の指摘に応じるはずもなく、資料を突き付ける、ということをせざるを得ませんでした。

もちろん、相手は無学な酔っ払いなので突きつけるだけではダメで書いてある内容をわかるまで説明しなくてはなりませんでした。子供なりに呆れましたが、繰り返しているうちにコツのようなものがわかりました。まさか将来それでおカネをもらえるとは思ってもみませんでしたね。

心底解っていればなぜできないかも解る

よく聞くのが、勉強できる人はできない子のことを理解できない、というやつです。これは、中途半端な人が言うやつですね。わるいですけど。

本当に理解していて、その分野のウラまで知りつくすほど訓練されていれば生徒がどうしてそれをできないのか、自分にはできるのか、もっと優れた人ならどうするのか、おおよそわかるものです。

こういった水準の人は案外少ない。なので重宝されたわけです。ちなみに、大学受験化学は本当の化学とは違って、高校生が持ちうる知識の中で解る問題しか出してはいけない制限があります。たんなるゲームですよ。

どこかのビジネス本に書いてありそうな話になりそうですが、ぼくが大学受験化学講師として重宝されるに至った仕組みを書こうと思います。

ステップ1:否定しない、絶対に自信を削がない

お金持ちにとってもやはりおカネは大事なものでしょうから、放っておいても大学に入るような子を月何10万もかかるような塾へ入れたりはしません。早い話、ぼくが教えていた塾の生徒たちはできない子がほとんどでした。

もう浪人生なのに高校2年で知っていないといけない式を知らないなんてあたり前、周期表という言葉さえ知らないのに受験で化学を選択しようという子だって普通でした。

いまとなっては当然ですが、なぜか「おまえアホか。そんなことも知らないで、どこも受かるわけないじゃん。」とは思いもしませんでした。子供のころの説明地獄で「知識のない人を見下したところでなんにも始まらない」ということが体の芯まで沁みていたからでしょう。

ではどうするか。「じゃ、これは知ってる?」「はい。わかります。」

で、ムリにほめたりしません。あくまで無機的に「ああ。そうだね。」とだけ言います。裕福なできない子はやる気を出させたい教師からムダにほめられることに慣れていて、「また噓っぱちの褒めかよ」となるのがなんとなくわかっていました。なぜわかったのかは今でもわかりません。

ただし、一つだけ解っていたのは、彼らは自分のことを心底バカだダメだと思っていて、かけらほどしかない自信を削ぐことだけは絶対にしてはならない、ということでした。そのかけらほどの自信を預かり利子付けて返すのが教師の仕事でしょう。あたりまえだけどね。

ステップ2:尊敬を得なければ師弟関係にならない

そして、ムダにフレンドリーな先生はただの友達です。その人から本気で学ぼうとか、吸い取ってやろうという気にはなりません。なにも偉そうにすることはないですが、ある程度の尊敬を得なければ聴く耳を持ってもらえない。どこの分野でも一緒ですね。

ある程度の知識と能力が身についた生徒には「自分はこれまで解けなかった問題がない。」と言いました。ウソくさい話です。けど先述のとおり大学受験化学は学問ではなくゲームなのでソースコードまで知ってしまえば無敵ってのもありなんです。これは本当です。

とはいえそれでは説得力がないので大きめのハンデ(時間1/4とか)を付けておんなじ問題を一緒に解いて競争します。あたりまえですが勝てる勝負しかしません。ですが生徒はびっくりです。自分は解くのがやっとなので。

ただし、仕掛けがあることはきちんと伝えます。手品師は驚きしか与えませんが、その仕掛けを考案し教えてくれる者は尊敬を得ます。

ステップ3:自信に保険を与える

人間とはおかしなもので、そこそこ力がついてくると、その力のうさん臭さというか足元の弱さが怖くなるものです。まあ、その恐怖こそが力を付けた証拠なんですけど、本人たちはそうはいきませんよね。

繰り返しになりますが、大学受験化学はゲームであり学問ではありません。なので、ソースコードがありそれを網羅すれば解けない問題はないんです。ただし、一つだけどうしてもクリアしないといけないことがあります。制限時間です。

大学受験化学の制限時間は普通60分。英語や数学が90分であることが多いのに対して恐ろしく短い。正しい解法をすべて完璧に知っている人でも実は間に合わないんですよ。

だから試験が近づいて実際に問題をやってみると、あるいは摸試を受けてみると「時間さえあれば」となるわけです。

そのレベルまできた生徒には徹底的に戦術を教えます。ぼくの場合、全くおんなじ問題について3つの解法で解いて初めてクリアとみなします。なぜか。普通、速い、確実の3つくらい用意しておかないと厳しい制限時間の中で全問踏破することはムリです。

当然、初学の生徒には確実コースしか教えないのですが、それじゃ実戦に通用しない。なので、受験の3か月前くらいになると普通コースの解法を教えます。最初からそれ教えろよという向きもあるかもしれませんが、ムリです。

全問を普通コースで挑戦できればおそらく50分で終わると思います。全問回答できるだけでなく10分を見直しに割くことができるわけです。これはたんに「解る」というレベルを超えた自信になります。保険付きですから。

ちなみに、速いコースの奥義を身に付けてくれた生徒は現れませんでした。

まあ、当の本人がその奥義とやらを酒とともにどこかへ排出してしまったので、いまや幻ですけどね。。

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