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恵美子の共感:ショートショート

 冬の寒い夜、暖房が効いて、やわらかい雰囲気のリビングでくつろいでいると、玄関のほうで、何か硬い異質な物音、というより、衝撃音が走った。

 恵美子は、せっかく上手に膨らませた大きなシャボン玉が、ぱん!と消えてしまったような思いがした。
 しかしなんのことはない。旦那が酔っ払って帰ってきただけのことである。

 はぁと疲れたそうな息をついて、うなだれる。沈黙が一向に破られないので、仕方なしに行ってみる。

 「ねぇ、そういうの時代遅れだから」
「あぁん?なんや、恵美子」
「じ・だ・い・お・く・れ」
「だからなんだってんだ」
「炎上するわよ」
「うるせぇ!いいから俺を抱き起せ!俺をベッドに寝かせろ!」

 いうとおり、恵美子は旦那を抱え上げようとした。
すると彼、
「おい!なんだよ!なにすんだよ!」とわめく。

 「は?あんたが自分でこうしろって言ったんでしょ!」
「やめろ!おい!殴るぞ!DVすんぞ!ほれ!ほれ!」
そうして旦那が暴れはじめるので、恵美子は手を放す。旦那の動きがよく見えるようになった。どうやら、ボクシングのジョブを繰りだそうとしているらしい。
 だが、見事なまでにセンスのない、滑稽な猫パンチだった。あるいは溺れている人のようでもあり、恵美子は、『そのまま溺れ死ねばいい』と思った。

 と、油断していると、横っ腹に一撃くらった。
「あっ」
その声とともに、旦那の動きはぴたりと止んだ。しかしもう遅かった。

 恵美子は傍らに落ちている旦那のカバンを拾い上げ、大きく振りかぶった。そして旦那の首元めがけて思い切りよく振りおろす。その瞬間彼女の耳に、「恵美子、ごめ・・・」と旦那の声がするが、バコッ!!と大きく鳴り響いたのを最後に、声は途切れた。

 「知らない!」と寝室に向かう。

 ここ数年夢中になっているイケメン俳優の写真集をパラパラとめくる。はぁ、と今度は、すこぶる明るい調子の溜息が漏れる。
 そしてベッドランプを消灯し、写真集を抱きかかえたまま布団のなかに潜る。

 10分か、20分は経ったように思う。目はすでに暗闇に慣れ、部屋を見渡せば、家具の一つ一つが、ほんのりと暗がりから浮かび上がっていた。

 もう一度目を閉じて、思考を無にしようと試みる。しかし頭の中はひどく風嵐が吹き荒んでいるようで、きんきん頭痛までしてきた。しまいには、どうも体が冷たく感じる。寒気ではない。布団から外の寒さが染み込んでくる感じだ。しかしぬくまった写真集は、熱がしっかり保持されていることを示している。

 恵美子は何を思ったのか、つと勢いよく起き上がった。ぞんざいに毛布を掴んで寝室を飛び出た。

 玄関で旦那は、横になって眠りこんだまま、寒さに震えていた。恵美子はそっと毛布をかけてやった。

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