明日香のポテサラ:ショートショート
おだやかな風に揺られて、風鈴の音色が優しく明日香を甘やかす。
『もっと寝ていいんだ・・・』
と、うたた寝の心地にひたされた彼女は、うつ伏せになって半開きの目をしばたいており、いまにも今朝二度目の眠りに誘われようとしている。
すると、スヌーズの効いているスマホがアラームを喧しく鳴らしかかってきて、クレーンゲームのように彼女を引き上げる。
そして硬い床の取り出し口へぼとりと落として、その痛みも癒えぬうちに現実のなかに放り込もうとするのだった。
『あぁ、起きなきゃ・・・』
そうして四つん這いに起き上がった彼女は、まさしくクレーンに掴まれた人形の格好そのものだった。
スヌーズを切り、
『起きろ!!』
と心のなかで自分を奮い立たせる。
どうにかベッドに腰かける形にまでは移行できた。しかし頭はぼんやりとしたままで、瞼も重い。
また風鈴の音色がやはり心地よく、かえって腹立たしくさえ感じられる。どこの家の風鈴かはわからないが、かなり近くであることは確かだ。向かいか、はす向かいか、どこだろう・・・と考えているうちに背中からばたりと倒れ込む。が、
『ダメダメ!』
と、すぐに起き上がる。
すぐ傍らのテーブルには、寝る前にとった晩食のゴミたちが放置されている。赤い色をしたきつねうどんの容器は、蓋がぺろんとめくれていて、茶色い出汁に油が浮いている。ポテトサラダのパックは口をあんぐり開けて、脇には缶ビールが立っている。そしてチーズ味のせんべいを包んでいた、破れたラップ袋が散らかっている。
好きな仕事をしているはずだった。その証拠に、昨夜、このとおり酒とつまみを飲み食いしていたとき、やる気はなみなみと溢れていたはずなのに、どういう訳か朝になるとそんな気概は跡形もなく消えているのだった。残っているものといえば、これらのゴミたちだけだった。
『片付けなきゃ・・・』
しぶしぶ重い腰を上げる明日香。
カップうどんの出汁を流し、缶をすすぐ。
玄関の方で、ドアノブに鍵が差し込まれる音がする。がちゃりと回され、ドアが開く。彼氏が三日ぶりに帰ってきた。
「おかえりー」ポテサラのパックを洗いながら、力なく明日香は言う。
「おう、たただいま。あー家っていいなぁ」
明日香の方をちらちら見やって言う。
「おっ、えらいじゃん」
明日香は、今朝一番の笑顔になって、「そう?」と彼の方を振り返った。
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