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亜希子の絶望 :ショートショート

 37歳になった亜希子は、素敵な女、素敵な人間になれることだけを考えて、ただひたすらに20代、30代を駆け抜けてきた。どうしてこんなに一心不乱になって、目指す理想に向かって邁進できたのか、単なる自己満足にすぎなかったのだろうか?自分のためにすぎなかっただろうか?

 綺麗ごとは好きじゃなかった。でも誰もがいいと思える社会で生きたい。『わたしのやってきたことは、自分一人のエゴと、社会の求める利他とが限りなく一致していることだ』という確信は根強かった。エゴはエゴでも、あの醜いエゴではないはずだ。仮に、結局は利己的にすぎなかったとしても、罰を受ける謂れはないのだ。

 仮の話なんかもういい。というのは、実際のところ、20歳からの17年という歳月を、エゴイスティックな自己満だけで乗り切るなんて、とても不可能に思えるのだ。

 『そう、確かにわたしは、誰かのために、という気持ちも、自分のために、という思いと同じくらいあったはずだ』

 しかしその誰かとは、いったい誰のことだろう?
 この目の前にいる、うだつの上がらない男という表現が、いかにもぴったりな、残念すぎる男のことだろうか。彼こそは私の夢見た男なのだろうか。

『ちがう。ぜったいにちがう。いくらなんでも、ヒューマンステージが違いすぎる』

 短く刈られた髪は全体的に地肌を透かしていて、照明に脂がきらめき、額には汗の粒が無数に浮いている。ぎこちない所作のフォークとナイフの動きと、食べるにも必死な形相。ひとつ年下の36歳。
 フォークでサラダを食べたことがないのか、鮮やかな色のパプリカと緑の愛おしいレタスが、口もとへ届く前にポロポロと皿に落ちる。そして慌てた一瞬の挙動と、食べようとするその止められない勢いのまま、彼は裸のフォークを自分の下唇に突き刺した。

 「いってぇ!」

 亜希子は彼を心配するよりも先に、まず自分を心配した。周りを見渡すと、案の定、一瞬のうちに2、3の女と目が合うやいなや、彼女たちは即座に目を逸らした。
 言いようのない恥ずかしさと怒りが込みあがってくる。

 「大丈夫?」と言いつつ、亜希子は彼のことを微塵も心配していなかった。


 これは誰に対する怒りだろうか?半年もかけて2000近いイイネの中から厳選したつもりが、こんな男を引き当ててしまった自分に対する怒りだろうか?
 それとも、期待を裏切り、この貴重な半年をどぶに捨てさせようとするこの男が悪いのだろうか?
 彼の名前?名前はもう忘れた。


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