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梨英子の祈り:ショートショート

 有名私大のミスコンファイナリスト、梨英子の彼氏は、同じくミスターコンファイナリストの佑二だった。
 しかし彼のどこかに惚れたというわけではなかった。まず、そもそも梨英子はイケメンになびかないタイプの女だった。次に、佑二は顔がいいだけでなく、優しくて、女性に対する振舞いも模範的だったが、やはり、すこしも梨英子の心を惹きつけないのだった。

 ではなぜ彼女は佑二と付き合ったのか。彼女はこう反論するかもしれない。『べつに、好きだと思って付き合ったわけじゃないの。野暮なこと聞かないで』。
 梨英子は、周りが作り上げた空気に乗っかっただけだった。

 2人で手をつないでキャンパス内を闊歩するのを、佑二は心から楽しんでいたようだが、梨英子には単調な事務作業のようでしかなかった。もちろん、偽るのが上手な梨英子の演技力にかかれば、誰も彼女の微笑みに奥行のあることには気が付かない。であるから、当然、奥に潜む本音も人々の目には映らないのだった。

 次から次へと女子たちが湧いて出てくる。男子の姿もちらほらと紛れ込んでいる。誰もかれもが目を輝かせて投げかけてくる言葉は、一応それぞれでどこかしら、たとえばアクセントであったり単語の数や順番であったりが異なっているのだが、梨英子の頭にはすべて、

「梨英子さん!佑二さん!こんにちは!」と一まとめに変換されて届く。

 「こんにちは」と笑みを絶やさない佑二。梨英子もはにかんで会釈する。

 まるで一国の王子と王女だった。

 そうしながら梨英子は、目の端にちらりと映る喫煙所で、死んだ魚の目をしながら煙を吐き出す男たちに共感していた。

 日が暮れ、部屋に戻った時には、梨英子はくたびれて疲れ果てていた。一直線にベッドへ倒れ込む。『いつまでこんなことが続くのだろう?』——しかし彼女には、この偽りの人生を断ち切って、別の人生、言い換えれば、本物の人生に向かって逃げ出す勇気がなかった。

 『どうしてこんなことになってしまったのだろう。自己責任?嫌なら最初からしなきゃ良かった?』

 そう、確かに彼女は、最初から断ることもできた。
 けれども、人の善意や期待を裏切ってしまうことに、どこか後ろめたい気持ちもあったし、繋がりを失うのも怖かった。だからつい引き受けてしまったのだ。
 こんなに重苦しいことだと最初から知っていたなら、引き受けはしなかっただろう。もしかしたら、べつの繋がりだってあったかもしれない、と後悔する気持ちが、いっとう重苦しく感じられる。

 テレビをつけると女子アナが――決して遠くない世界の――、かわいい顔には似つかわしくない神妙な表情をして、芸能人の訃報を伝えていた。自ら死を選んでしまったのだと。

 『私はまだいい方なんだ。彼は最初から選択肢など与えられていなかったのだから』と推し量って、冥福を祈った。

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