SFラブストーリー【海色の未来】8章(中編)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
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ふたりでいくつか夜店をまわるうち、わたしたちはすっかりいつもの調子にもどっていた。
今は夜店の明るい照明の下で、海翔くんがヨーヨー釣りに夢中になっている。
「俺、このまま何個でも取れそうな気がしてきた」
「10個取ったら景品だって。がんばって!」
次々とヨーヨーを釣りあげる海翔くんに声援を送る。
──それにしても海翔くん、コワイくらい真剣。作曲してるときと同じくらいかも。
「ねえ、遊びなんだからもっと気楽に──」
「静かにっ」
「は、はい……すみません」
──すっかり本気モードだ。
──周りにいるどの子どもよりハマってる。おもしろいなあ……。
隣で眺めているだけで、なんだか笑いがこみ上げてくる。
色とりどりのヨーヨーは海翔くんが釣りあげるたびにぶつかり、キュッと楽しげな音を立てる。
「あ! あのピンクのがかわいい! あれ取ってみて」
わたしが透きとおったピンク色のヨーヨーを指さすと、海翔くんはすぐに首を横に振る。
「あれはムリ。絶対ムリ。ひっかけるとこが、どっぷり水の中だし」
「ちょっとくらい、ぬれても大丈夫じゃない?」
「ダメだ。こよりが切れる」
「えー、試しにやってみようよ。チャレンジだよ、チャレンジ」
「その適当さで、比呂の記録はまさかの1個だったよな」
「ま、まあね……。わかったよ。黙って見とくよ」
しゅんと肩をすくめ、大人しく膝を抱える。
すると海翔くんが、シャツのそでをまくった。
「……ったく。しょーがねーな……」
海翔くんはぶつぶつ言いながら、さっきのヨーヨーにそっと釣り針を近づける。
──あ……取ってくれるんだ。うまく取れるかな……。
ちょっとドキドキしながら、海翔くんを見守る。
──ヨーヨー釣りなんて子どもじみた遊びなのに、なんか楽しい……。
参道の店はどこもにぎわっていて、はしゃいだ笑い声が聞こえてくる。
ムッとするような熱気に汗がにじみながらも、隣の店が作るわたあめの甘い香りにもワクワクしてしまう。
「んっ!? これ、いけるぞ!」
「ホント!?」
「……それっ!」
海翔くんがさっとこよりを引きあげると、かわいいピンク色のヨーヨーが釣れた。
「やった! 海翔くんすごい!」
「思ったより簡単……うわっ!?」
そのとき、こよりがプツッと切れ、落ちるヨーヨーを海翔くんがあわてて容器で受けた。
「あっぶねー、ギリギリ……」
「ヒヤッとしたねー……」
ほおっとため息をついたのはふたり同時だった。
「なんかもう、俺、汗だく。ヘトヘト……」
「そ、そこまで本気で……?」
「なんだよ? おかしいって言いたいの?」
「うん、おかしい!」
わたしが笑うと、海翔くんも、ははっと笑いながら手の甲で額の汗を拭く。
──こんなに笑ったのって、久しぶり……。
わたしはまるで子どもの頃にもどったような気持ちで、夏祭りを海翔くんと一緒に楽しんでいた──。
ヨーヨー釣りのあと、わたしたちはたこ焼きを買い、参道の人混みから離れた場所にやって来た。
「この辺りで食おうか」
「うん、そうだね」
木の下にある背もたれのないベンチに、ふたり並んで座った。
手首に下げていたピンクのヨーヨーを、提灯の明かりにかざしてみる。
「このヨーヨー、ホントにかわいい。でも、これを取ったせいで景品、逃しちゃったね。あと1個取れたらもらえたのに」
「景品? ああ、えんぴつと消しゴムのセットな。欲しかった?」
「うーん……別にいらないか」
海翔くんと顔を見合わせ、微笑んだ。
「このヨーヨー1個のほうがずっといい。ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
海翔くんが、ちょっとふざけたように頭を下げる。
あのとき、なんだかんだ言いながらも、海翔くんがヨーヨーを取ってくれた。
たったそれだけのことだけど……
夜店の明かりできらきら光るたくさんのヨーヨーと、腕まくりをした海翔くん。
あの光景を、わたしはずっと忘れないような気がする。
「じゃ、さっそくたこ焼き、食べるとするか」
「うん。あ、そうだ。夜店のお金、海翔くんばっかり出してるよね。割り勘しようよ。いくら使った?」
「いいよ。俺のおごり」
「ううん、ちゃんと払わせて。あと流風くんと美雨ちゃんのおこづかいも半分出すよ」
「は? なんで?」
「ほら、わたし、いちおう海翔くんより年上だし」
「それ、まったく関係ねえし。自分が無収入だってわかってんの?」
「そ……それは……まあ……」
ズバリと言われてしまい、返す言葉もない。
「ムリすんなって」
──我ながら情けないけど……仕方ないか。
「えっと……じゃあ、お言葉に甘えます」
「ああ。めんどくせーし、そうして」
海翔くんはぶっきらぼうに言うと、たこ焼きをパクッと口に放りこむ。
そんな態度が海翔くんの優しさだとはわかっていても、自分の現実に気分が落ちこむ。
──わたし……これからはもう、子どものおこづかい程度のお金も出せないのかな……。
参道のほうから微かに流れてくるざわめきをぼんやりと聞きながら、つい考えこんでしまう。
「早く食べれば?」
たこ焼きを頬ばったまま、海翔くんが言う。
「あ、はい……」
うなずき、いただきます、とひとつ口に入れてみる。
「……ん! 美味しいね!」
「うん、思ったよりウマイな」
熱いたこ焼きをふうふうと冷ましながら、わたしも海翔くんも、あっという間にぜんぶ食べてしまう。
「ごちそうさま。海翔くん、ノド乾かない?なにか飲み物おごらせて。そのくらいなら、わたしでも──」
すると、海翔くんがわたしの言葉をさえぎった。
「俺、払うなって、さっきから言ってんじゃん!」
「か……海翔くん……」
あまりの強い口調に思わず息を飲む。
──……そうだよね。収入のないわたしにそんなことされても、逆に困るか……。
──いい歳して、ホント、情けないな……。
「……ごめん、気を使わせてるね」
わたしがあやまると、海翔くんがムッとする。
「違うって」
「え?」
「そーいうことじゃなくて……。あー、もういい」
ふいっとそっぽを向かれてしまう。
──なんか……怒らせちゃった。どうしよう……。
海翔くんはこっちを見ようともしない。
──さっきまで、あんなに楽しかったのに……。
どう取りなせばいいのかもわからず、悲しい気持ちで黙っていると……
「……比呂は7年後のこと、しょっちゅう思い出したりするの?」
横を向いたままの海翔くんが言った。
「それは……やっぱり考えるよ。もう家族とも会えないんだな……とか」
「そのほかには?」
「友だちとか……」
「もっとほかには?」
「もっと……って?」
意味がわからずにいると、海翔くんがわたしのほうを見る。
「……付きあってたヤツのこととか」
「そんな人、もともといないし。まあ、スクールに通ってる頃は……ちょっとはね。
結局、忙しくて長くは続かなかったけど」
ほとんど音楽とバイトだけの生活を思い出し、つい苦笑する。
「でも……なんで急にそんなこと聞くの?」
「なんでって……」
海翔くんは困ったように眉をひそめる。
そして、ややしばらくしてから、ボソボソと話しだす。
「どういう感じなのかなって。
俺だったら、7年前の世界にひとり……なんて不安で仕方ないだろうなと思ってさ……」
──海翔くん、心配してくれてるんだ……。
「うん……確かにね。でも、海翔くんやみんなのおかげで、今はそんなに不安じゃないよ。
古葉村家にいさせてもらって……みんなに優しくしてもらって、本当に感謝してる。
もちろん、ずっとお世話になるわけにはいかないけど……」
わたしはいずれあの家を出なくちゃいけない。
それは、海翔くんがわたしの力を必要としなくなったとき。
将来、ハーヴになる海翔くんの邪魔にならないように……。
──海翔くんと別れるなんて、考えただけで寂しくなる。
──でも……仕方ないよね……。
夜風に乗って、太鼓と笛の音が聞こえてくる。
境内で祭囃子がはじまったらしい。
「海翔くん、お囃子だよ。行ってみない?」
「……」
──……返事がない。
海翔くんは遠くに目をやりながら、難しい顔で腕組みをしている。
──なに考えてるんだろう……。
どうしたの……? そう言おうとしたときだった。
「ずっといろよ……」
海翔くんがわたしを見つめて言った。
「え……」
「あの家に、ずっといればいい」
向けられた目の驚くほどの真剣さに、胸の奥が音を立てた気がした。
「ど……どっ、どうもありがとう。そんなふうに言ってくれるだけで嬉しいよ」
「あのなあ……」
あきれたように海翔くんはため息をつく。
「こっちはマジなの」
「えっ? で、でもそんなこと……」
「身内も頼れない。仕事もできない。なのにあの家を出てどうするつもりだよ」
「どうって……言われても……」
──あれ? なんだろ……? わたし、ドキドキしてる……?
もう気のせいだとは言えないくらい、鼓動が高鳴りだしている。
「みんなでずっと比呂を守るから。だから、あの家にいろよ」
「ムリだよ……。そんなことしたら、絶対いつか迷惑をかけるに決まってる。
わたしがそこまでしてもらう理由がないよ」
「理由……?」
そう言ったきり、海翔くんは黙りこむ。
「ありがとう、心配してくれて。でも、大丈夫だから……」
「……」
「も、もうこの話はやめよう。ね、お囃子が終わる前に見に行こうよ」
立ちあがり、歩きだそうとしたとき──
「あ……っ」
ベンチに座ったままの海翔くんがわたしの手首をつかんだ。
いきなりの出来事に、息が止まりそうになる。
「か……海翔くん?」
「じゃあさ……俺たち付きあおう」
わたしを見あげ、当然のことのように海翔くんが言った。
「は!?」
「は!? ってなんだよ。ありえねー、みたいな顔して」
「だ……だって……!」
「付きあってたら、彼女を守るのは当然だよな」
「そっ……メチャクチャ言わないでよ! 守るために付きあうなんて、そんな──」
「ちょっと、まだわかんねえの!? 守るために付きあうんじゃない。
比呂のことが、好きだから守りたいに決まってんだろ!」
「な……」
──海翔くん……が……?
呆然としていると、海翔くんはわたしから手を離し、頭を抱えてうなだれた。
「あー……なにやってんだろ。
なんでたこ焼き食ったあとに、コクってんだよ……マジ、カッコつかねえし……」
「か、海翔くん……そんなに落ちこまないで……」
「誰のせいだと思ってんだよ!」
「誰って……わ、わたし……?」
「決まってんだろ」
「え……っ、そ、そんな……」
顔をあげた海翔くんににらまれ、たじたじとなる。
海翔くんはベンチから立ちがると腰に手をあて、わたしを見おろした。
「おい」
「な……なに?」
急に近くなった距離に、ますます心臓の音が早くなる。
「俺はぜんぶ言った。比呂は……なんにも言わないつもり?」
海翔くんがいつもの不機嫌そうな照れ隠しの顔になる。
──また、そんな怒ったみたいな顔……。
その瞬間、涙ぐみそうになった理由は、すぐにはわからなかった。
だけど……
──そうか……わたし、海翔くんが好きだったんだ……。
今までどうして気づかなかったのか……
それとも本当は気づいていたのか……
自分のことなのに、なぜかよくわからない。
それでも目の前の海翔くんへの気持ちは、今はもう、はっきりしている。
「海翔くん……」
「なっ……なんだよっ」
「海翔くんの今の顔は、反則だからね」
「反則?」
目を瞬かせた海翔くんの胸に、そっと額をあてる。
「え……っ?」
海翔くんのちょっと戸惑ったような声がした。
「そういう顔されるたび、わたし、どんどん海翔くんのことが好きになるから」
「比呂……」
今まででいちばん近い距離で名前を呼ばれる。
そして、海翔くんは腕で囲うようにしてわたしを抱きしめてくれる。
とても大切なものを守るように……。
「俺……まだぜんぶ言ってなかった」
「え?」
「俺が比呂に金払うなって言ったのは……比呂と初デートだったからで……。
だから……その……払わせたくなかったっていうか……」
「そ……そうだったの?」
思わず顔をあげようとすると、頭に手を置かれ、そのまま海翔くんの胸に引きよせられる。
「これでもうぜんぶ言った。隠し事ゼロ。比呂は……?」
──海翔くん……。
「……わたしも隠し事なんかない」
つぶやいて、広い背中に腕をまわす。
胸は激しく高鳴っているのに、気持ちは不思議なくらい穏やかで、
海翔くんとこうして抱き合っているのがとても自然に思える。
──ずっと……一緒にいたい。
──だけど、それはたぶんムリなんだろうな……。
海翔くんが音楽の道を歩き続ける限り、わたしはそばにはいられない。
迷惑をかける前に、姿を消さなくてはいけない。
だからわたしたちは、ずっと一緒にはいられない。
だけど……今だけは……
「海翔くんが……好きだよ」
本当の気持ちを口にしながら、わたしは『隠し事』をそっと心の奥底にしまい込む。
そして、あたたかな腕の中で目を閉じる。
今だけは、先のことは考えずに……
ただ海翔くんを好きだという気持ちだけを感じていたかった──。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/Dui4nThbafM
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お読みくださり、ありがとうございます。
【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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