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SFラブストーリー【海色の未来】6章(後編・下)
過去にある
わたしの未来がはじまる──
穏やかに癒されるSFラブストーリー
☆テキストは動画シナリオの書き起こしです。
動画再生で、BGMつきでお読みいただくこともできます。
(Youtubeの方が内容先行しておりますので、再生を続けてnote数話分を先読みすることも可能です。)
「ごちそーさん。じゃ、俺、バイトまで部屋にいるわ」
「あ、海翔くんっ! ちょっと話──」
──行っちゃった……。
海翔くんは、今日も曲作りのことで頭がいっぱいらしい。
朝食をあっという間に平らげると、すぐに自分の部屋へもどってしまった。
──困った。海翔くんに話しかける隙がない。
──いったい、いつ言えばいいんだろう……。
──一緒に活動することなんてムリだって……。
朝食の片づけを済ませたあと、掃除をしに客間へやって来た。
──今日はお手伝いさんがいない日だから忙しいな。
窓を拭きながら、今日の仕事の段取りを考える。
──お醤油が減ってたっけ。買い物も早めに行こう。
──このところ、子ども向きのメニューが多かったから、今日はマサミチさんが好きそうなものにしようかな。
──魚料理がいいよね。白身魚なら、美雨ちゃんもよく食べてくれるし……。
そのとき、ふとグランドピアノが目につく。
──……ちょっとだけ、弾かせてもらおう。
ゴシゴシと手をエプロンで拭き、そっと鍵盤の蓋を開けてみる。
──ずいぶん長い間、ピアノにさわってなかったな……。
白鍵をひとつ叩くと、ポーンと柔らかい音がした。
──きれいな音……。
伸びのある明るい響きを聴き、なんだか久しぶりに歌いたくなってくる。
わたしは椅子に座り鍵盤に向かうと、自分でもお気に入りのオリジナル曲を弾きはじめた。
声はレッスンに明け暮れていた頃みたいに、ピアノとすぐにひとつになれた。
ピアノと自分の声だけに心を向ける。
そんなことは、もう二度と叶わないと思っていた。
──久しぶりだな。ホントに楽しい……!
わたしはピアノの音に包まれながら、歌を歌える幸せにひたっていた──。
曲が終わったとき、ふいに後ろから拍手が聞こえる。
──えっ……!?
ドキッとして見ると、海翔くんがドアのところにもたれて立っていた。
「かっ、海翔くん。バイトに行くんじゃなかったの?」
「これから行くけど、ピアノの音がしたから。で、それオリジナル?」
「う、うん……」
──聴かれてるなんて思ってなかった……。
無心に歌っていたことが恥ずかしく、うつむいたまま鍵盤の蓋を閉じる。
「……いいな、比呂の歌」
「そんな……お世辞なんかやめてよ。スクールにいた頃だって、誰の目にもとまらなかったんだから……」
「いや、素質あるよ。まだ荒削りだけど」
「荒……」
──こんな年下の子に上から目線で言われるとは……。
──これでも結構、レッスン積んできたのにな……。
ちょっと萎えそうになりながら立ちあがる。
「海翔くん、もうバイトの時間じゃないの? そろそろ出たほうが──」
「決めた」
急に海翔くんが言う。
「決めた……って?」
「俺、来月締切りのオーディションに応募する」
「オーディション……?」
「バンドで出ようと思ってたんだけどさ……ま、今となっちゃそれはどうでもいいや。曲完成させて、比呂と出ることにする。
そして、グランプリ獲って……プロになる」
「なっ!? 海翔くん!? どうしてそうなるの!? まだ歌を一緒にやるかどうかも決まってないのに!」
とんでもない思いつきに、すっかりうろたえる。
「ん? そうだっけ……。まあ、いいじゃん」
「よくないよ! 海翔くん、なにもわかってない!」
自分でもびっくりするくらい大きな声で言った。
「な……なに怒ってんだよ……?」
わたしの剣幕に、海翔くんが一瞬ひるむ。
「わたしは7年後の人間なんだよ? 居場所もない、家族とも会えない……本当はここにいたらいけない人間なんだから!」
「そんなこと……なんとかなるよ。
デビューして、圧倒的に売れればいいんだ。比呂の状況なんて黙ってればバレないって」
あまりに無邪気すぎる海翔くんの言葉に、大きくため息をついてしまう。
「あのね、ホント悪いんだけどはっきりさせとくね。
わたし、海翔くんがどんなにすごい曲を作っても、海翔くんと組むつもりはないの」
その瞬間──
「……なんでだよ」
海翔くんが見せたのは、今まで見たこともないような、とても寂しそうな顔だった。
──あ……ちょっときつく言いすぎた……?
「ご、ごめん、海翔くん……」
とっさにあやまったけれど、海翔くんはわたしに背を向ける。
「ごめんとか……言うなよ」
かすれて消えそうな声だった。
──うわあ……、すっかりへこんでる……!
どうやってフォローしようかとあたふたしてしまう。
「悪気はないんだよ? わ、わたし……海翔くんのためを思って……だから……」
すると、海翔くんがいきなり振りかえり、ニヤッと笑う。
「まあ、そのうち比呂の気も変わるよ」
「は……?」
さっきまでのへこんだ様子からは想像もつかない、勝ち誇ったような顔をしている。
──なっ……ぜ、全然へこんでないっ!?
「わたしのこと、からかったの!?」
「は? 別に?」
平然と言われ、すました表情がなんだか憎たらしく見えてくる。
「こっちは海翔くんのことを思って言ってるのに!
とにかく、わたしの気が変わるとか変わらないとかの問題じゃなくて、海翔くんの将来が──」
「あ、時間だ。バイト行ってくる」
「海翔くん、ちゃんと聞いて!」
「今晩、夜食あると嬉しい。帰ったら曲作んのに専念したいから」
「うん、わかった……って、ちょっと待って! 海翔くん!」
「サンドイッチがいいな。じゃ、よろしく」
素早くドアを閉め、海翔くんは行ってしまった。
──だからムリだって言ってるのに……。
──超マイペース。ワガママ。傍若無人……。
わたしはストンとピアノ椅子に座り、力なく天井をあおいだ。
その日の夜。
頼まれたとおり夜食を作って、海翔くんの部屋にやって来た。
大皿に山ほどのったサンドイッチは、ちょっと作りすぎかもしれない。
──サンドイッチでご機嫌をとってから……ってわけじゃないけど……。
──今度こそ、ちゃんと断らなきゃいけない。
覚悟を決めてドアをノックする。
だけど、中からはなんの反応もない。
──集中してて、聞こえてないんだろうな。
「海翔くん、入るね……」
わたしはそっとドアノブを回した。
部屋では、海翔くんが昨日と同じようにヘッドホンをつけて、キーボードに向かっている。
表情は見えないけれど、背中から気迫のようなものを感じてしまう。
──こんなに一生懸命なとこ見せられたら、ますます断りにくい……。
部屋に足を踏み入れたものの、その場から動けなくなる。
──早く断ろうと思ったけど……やっぱり、今日はやめとこう。
気づかれないように食事だけ置いて、部屋を出ることにした。
──いい曲ができますように……。
──わたしには海翔くんの望みは叶えられないけど、きっとほかの誰かが力になってくれるはず……。
テーブルにトレイを置こうとした、そのとき──
「うん、これでいくか!」
いきなり海翔くんが叫んだ。
「わっ!?」
驚いて、あやうくつまずきそうになる。
「あ、比呂。いたんだ」
「う、うん……」
ヘッドホンを外しながら振りかえる海翔くんの目が、飲み物とサンドイッチにとまる。
「お、待ってました」
海翔くんはパッと笑顔になり、わたしのそばへやって来ると、サンドイッチをひとつ口に放りこむ。
「うん、やっぱウマい」
「よ、よかった……。じゃあ、わたしはこれで」
そそくさとトレイをテーブルに置いて、立ち去ろうとしたとき……
「曲……ちょっと聞いてみて」
海翔くんが部屋の片隅に行き、そこにあったギターを手にする。
「え……まさか、もうできたの!?」
「まだ途中。歌詞は決まってないし、メロディもまだまだ変えてかなきゃなんない……。
あ、適当なとこに座って聴いて」
「は、はい……」
海翔くんに言われるがまま、ソファに腰を下ろす。
──どんな曲なんだろう……。
ちょっと緊張しながら待っていると、やがてギターの調べが流れだす。
そして、海翔くんはそれにあわせてメロディをハミングする。
──この曲は……。
聞きおぼえのある旋律に言葉を失う。
それは、わたしがこの時間に来る前。
古葉村邸で美雨ちゃんからもらったオルゴールの曲だった……。
「……どうだった?」
ギターを弾き終えた海翔くんが訊く。
「う、うん……よかったよ」
わたしは目をそらしながら言った。
驚きで、まともに海翔くんの顔が見られない。
『そのオルゴールの曲は、兄の人生を決めた大切な曲です』
『……もしも、この曲がなかったら……デビューはどうなっていたか……』
美雨ちゃんの言葉がよみがえる。
──今作っている曲がきっかけで、海翔くんはデビューするんだ……。
海翔くんがギターで弾いた曲は、オルゴールで聞いたものとはまだ違うところも多い。
それに、歌詞もできてはいない。
だけど、この曲を作っているということは、海翔くんは少しずつ……確実にデビューに近づいている。
「しかめっ面だけど……なんで?」
海翔くんが不満そうに言う。
「そ……想像以上の曲だったから、ちょっとびっくりしたんだ。とってもいい曲だと思う……。でも……」
「でも、なに?」
「わたし……海翔くんとは……組めない」
すると海翔くんは大きなため息をつく。
そして、黙りこんでしまった。
──やっと、あきらめてくれたのかな。
──悪いなとは思うけど、仕方ないよね……。
手のひらが汗ばむような沈黙が続く。
だけど──
「マジ、比呂ってガンコだよ。ま、俺も負けないけどね」
自信に満ちた瞳がわたしをとらえる。
「え……あきらめてくれたんじゃあ──」
「まさか。俺が比呂をあきらめるわけないし」
「そ、そんなこと言われても……」
返す言葉が、しどろもどろになってしまう。
まっすぐな強い目線を向けられているせいなのか……
胸の奥が微かに痛むような音を立てた──。
(BGM・効果音有り)動画版はこちらになります。
https://youtu.be/oHpquqeY7Uc
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お読みくださり、ありがとうございます。
【海色の未来】マガジンもございます。目次代わりにお使いいただけると幸いです。
https://note.com/seraho/m/ma30da3f97846
4章までのあらすじはこちら
https://note.com/seraho/n/ndc3cf8d7970c
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他に短編動画もございます。
(予告編:2分弱)
https://youtu.be/9T8k-ItbdRA
(再生リスト)
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