見出し画像

いかなる花の咲くやらん 第4章第2話      箱王 箱根大権現で務める

お前は箱根大権現様へお行きなさい。
父上は箱根大権現様を信仰していらっしゃいました。お前の箱王という名前も、箱根大権現様から頂いたのです。権現の別当様には、話を通してあります。
よく学び、立派な法師になり、父上の孝養を懇ろにするのです。」
それを聞いた箱王は 「わかりました。私は前世で何か悪いことをしたので、父上に会えない人生を送ることになったのかと 思い悩んでおりました。修行して読経を続けることが、父上のためになるのでしたら、喜んで箱根に参りましょう」
と 目にいっぱいの涙をためて答えた。

箱根大権現神社で、箱王は父の菩提を弔うために立派な僧になろうと 毎日、辛い修行を辛いとも思わず、励んでいた。他の稚児たちが遊んでいるときも、ひと時も怠けず ひたすら経を覚え、念仏を唱え、座禅を組み、作務も自ら進んで行った。そして僧としての修行の傍ら、ひそかに武芸を磨くことも怠らなかった。権現の森の奥深く、杉の木を相手に剣術の稽古をする音が響いていた。もともと、その事情を知って気の毒に思っていた別当の行実は、箱王が真面目に父の御霊を安らげようとする姿に感心したが、一方であまりに真摯な姿に、心を壊すのではないかと心配もし、陰ながら箱根大権現様に、箱王の健やかな成長を祈っていた。

箱王は 幼い時から兄の一万と共に父の仇をとることを親孝行の誉と、剣の鍛錬に明け暮れてきたが、今は父のことを思いながら読経することが、一番の親孝行と自分に言い聞かせた。三年半の辛い修行が明け、いよいよ出家するときが近づいてきた。
箱王は本宮に詣で、「ついに出家する日が近づいてまいりました。毎日毎日読経し、まじめに修行をしてまいりましたが、心の中の憎しみは消えません。今も、工藤祐経の首を取りたいという気持ちがくすぶっております。どんなに読経いたしましても、父上の苦しみの声が耳に残ります。私が仇を討たなくては 父上は救われないのではないでしょうか。もしも、私が仇を討つことを権現様がお許しになるのでしたら、どうか私にお示しください。お示しがなければ、僧になることを定めとし、素直に頭を丸めます」
箱王が手を合わせ、目つぶって祈っていると、御宝殿の中から「泣く涙、斎垣の玉となりぬれば 我もともに袖ぞ露けき」(お前の涙が、神社の垣根の玉となるので、私も袖で涙をぬぐっていますよ。)と聞こえた気がした。
あれはお告げだったのだろうか。仇討ちをせよとおっしゃってくださったのか。

次回 第4章第3話 箱王 箱根大権現で仇に会う に続く

参考文献 小学館「曽我物語」新編日本古典文学全集53


修行中 箱王が剣術の練習をしたといわれる兄弟杉
現在は切り株だけになっている。 
撮影日が5月28日だったので、
傘焼きの煙が写っています。 


著者撮影

聖地巡り「箱根編」はこちら

第1話はこちらから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?