見出し画像

いかなる花の咲くやらん 第6章第3話  大磯の菊鶴

それから二、三日もすると 永遠は何とか起き上がれるようになった。( 前のタイムスリップの時はすぐに元に戻れたのに、今度はなかなか戻らないわ) とても不安な反面、なぜかすごく気持ちが高ぶっていた 。(梅林の君に会える気がする)
ひと月もすると永遠の類まれな美しさは あたりでも評判となった 。そして大磯の茶屋の菊鶴という女将が 是非、自分の店に来て欲しいと言ってきた。
「私は大磯で茶屋を営んでおります。この度、永遠様の神々しいばかりの美しさを、噂でうかがいまして、ぜひ、うちの店に遊女として来ていただきたく、参じました」
(え、遊女って。男の人の相手をするの。無理、無理。それは出来ないわ。)
「この、娘の親代わりをしております、宮内判官家長でございます。こちらが 妻の夜叉王。親代わりと申しましても、この娘はある日、お地蔵様に子供を授けていただけるようにお願いしておりました折、いきなり目の前に現れたのです。いうなればお地蔵様からの預かりもの。遊女に差し出すわけにはまいりません」
「菊鶴という店の遊女たちは殿方の相手をするわけではありません。歌舞音曲を披露することを生業としております。神殿へ舞を奉納したりしております。」
(ああ、そういえば歴史の時間に習った気がする。静御前や常盤御前が偉い人の奥さんなのに『遊女』って、よく分からなくて、先生に質問したんだ。そうしたら、私たちがイメージする、遊女は江戸時代頃の話しだって。常盤御前や静御前は今でいう踊りや歌を人前で披露する、いわゆるアイドルみたいなものだって先生が言ってたな。ということは、今は江戸時代ではないのかしら?)
「そういえば、この子が現れた時、この子は巫女のいでたちをしておりました。神社仏閣へ舞を奉納するのでしたら、お地蔵様もお怒りにはならないと存じます。でも、あくまでも決めるのは永遠さんです。永遠さん、お受けするかお断りするか思案してみてください。ゆっくりよくよく考えてからの返事で良いとおもいますよ」
(最初に梅林の君に会ったのは、踊りの発表会の後だった。次に会えた時も私はどこかの櫓の上で踊っていたのよね。もしかして、私が踊っている時に梅林の君は現れるのかもしれない。思い切って大磯に行って茶屋の踊り手になってみよう。あの方に会えたら、元の時代に帰れるかもしれないし)
「私、参ります。いつまでも宮内判官家長様と夜叉王様に、厄介になっているわけにもまいりませんし。私でお役にたつのでしたら」
数日後、永遠は大磯へ向かった。
 
菊鶴の店は、夜叉王の家から半里余り離れた、大磯の中心地の化粧坂という小高い丘の一角に建っていた。商店が軒を並べ、遊郭も他にも何軒かあり、鎌倉、腰越から遊びに来るものが多かった。山を背にして南側には真っ青な海がよく見えた。その海までは少し歩くが、近くには小さなせせらぎもおおく、井戸もあった。また、東側には花水川まで田や畑が広がり、西側は遠く富士山がそびえていた。
「良く、来てくれましたね。早速ですが、店での名前を決めましょう。考えておりました名前は『虎』です。ここは六社神社のお膝元で、竜神様が守っていてくださいます。私の名前が『菊鶴』、今、お店で一番人気の踊り子が『亀若』、ここに虎が加わりますと、中国の四神『龍、鶴、亀、虎』が揃います。自分を神様に見たてているようで、恐れ多いのですが、縁起が良いと思いましてね。実名の永遠さんと音も近いですし、いかがでしょうか。」
(虎さんか。強く頑張れそう)
「はい。ありがとうございます。虎、良い名前だと思います。よろしくお願いします。」
店は、繁盛しているようで、何人かの女の子とそれを世話する男たちも働いていた。その中に一人、親友の和香ちゃんにそっくりな女の子がいた。
「わかちゃん」と呟くと
「えっ、私 亀若です。わかちゃんと呼ぶ方もいらっしゃいます。前にお会いしましたっけ?そんなわけないですよね。こんなにお綺麗な方一度見たら私だって忘れませんわ」
(そうよね。和香ちゃんがここにいるわけないものね)
「 私 永遠と申します。虎と名前をいただきましたが、普段は永遠とお呼びください。 こういうお店で働くのは初めてで分からないことも多く、ご迷惑をおかけすることもあると思います。 色々教えてください。よろしくお願いします」
「そんな堅苦しい挨拶はしないで 。私たち仲良くしましょう。 これから永遠の友達になりそうですわ。永遠ちゃんだけに」
(あっ、そのフレーズ。やっぱり和香ちゃんだ。なんだかほっとする)
永遠は一人、部屋に入ると、石に語りかけた。
「虎と名前をもらいました。勇ましくて良い名前でしょう。中国の四神にもなぞらえているみたいです。あなたにも名前を付けましょうね。そうね、どうしましょう。私が虎なら、あなたは虎御石。これからは虎御石と呼ぶわ」
 
娘は顔だちが美しいばかりでなく、踊りもたいそう上手だったので、菊鶴は大変喜んだ。

 次回 第6章第4話 「再開 序文」に続く


文献に残る虎女さんの絵をコカ・コーラのアプリでイラストに直しました。
SNSに使用問題なしと返信いただいています。

第1話はこちらから。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?