見出し画像

社会のつくり手が育つ学校を目指し、営業職から教員へ。子どもと過ごす毎日が未来につながる、先生は幸せな仕事!

「しあわせをつくる人(Happiness Creator)」を最上位目標として掲げ、自律学習者の育成やプロジェクト型の学びに注力した教育活動を行う、東京都中野区にある私立小学校・新渡戸文化小学校

同校で、子どもたちや保護者の方から「やまちゃん」の愛称で親しまれているのが、3年生の担任を務める山手俊明さんだ。

前職は企業で営業職を勤めていた山手さんが、教員として子どもと関わることに決めた背景にはどんな思いがあったのか。「社会のつくり手が育つ学び」を仲間と共に探究し続ける山手さんに、キャリアヒストリーや現在チャレンジしていることについて話を聞いた。


「自分と誰かのしあわせ」を一緒につくっていく大人でいたい

—— 山手さんが働いている新渡戸文化小学校とは、どのような学校なのでしょうか?

「自分と誰かのしあわせをつくれる人になろう」を最上位の目標に設定していて、大人も子どもも一緒にその目標に向かっていくことを大切にしている学校です。どんな場面でも、教員が用意したステージに子どもたちを乗せるのではなく、子どもたちの思いを出発点に学びをスタートしています。

当校は創立97年目になりますが、「子どもを主語にした学校をつくろう!」と宣言して改革をし始めたのは、ここ4、5年のことなんです。校内でやりたいことを提案すると「じゃあ具体的にどうしようか?」と相談が始まって、同僚と一緒にやりたいことを練り上げていくことが多く、まるでベンチャー企業みたいな雰囲気があります。

——すごく刺激的でおもしろそうですね!山手さんは、教員になる以前は民間企業に勤めていたそうですね。

そうですね。営業の仕事を7年間やっていました。営業の仕事も本当に楽しくて、教員よりも営業の方が向いているんじゃないかと思ったりもします(笑)。

教員免許は、営業職として働いている間に5年かけて通信教育で取得しました。取得と同時に教員採用試験を受けて、横浜市の公立小学校で7年間働きました。公立の学校で働く中で、もっと子どもと近い目線で一緒につくっていくようなことをやりたいなと思うようになって。それで今の学校に来て、今年で4年目になります。

子どもと接する山手さんは、いつも笑顔に溢れている

「未来をつくる」教育という営みに惹かれて

——そんなに自分に向いていると思えていた営業職を辞めて、教員になろうと思ったのはなぜだったのか気になります。何かきっかけがあったんですか?

はっきりとしたきっかけはないんですが、自分は働き始めてから、大変なことも多いけれど仕事ってすごくおもしろいし、世界ってワクワクすることに溢れているなと思っていたんです。でも周りを見ると、なんだかしんどそうだったり、おもしろくなさそうにしている大人が多くて。

一方で、子どもってワクワクの塊じゃないですか。そんな子どもたちのアイデアに「めっちゃおもしろいやん!」「いいね、それやっていこうよ!」と声を掛けて関わっています。そうやって関わり続けることで、彼らがそのワクワク感を持ったまま大人になったら、もっと世界はおもしろくなるんじゃないか?そう考えて、教員になろうと思うようになりました。

あとは、学生時代からずっとしてきた旅の影響も大きいです。いろいろな環境で生活する子どもたちと旅先で出会ううちに「教育って、あらゆるところにつながる可能性があるんだ」という感触が生まれてきて。それで、世界や未来をつくっていくプレイヤーを育てる教育への魅力を感じるようになりました。

プロジェクトに取り組む子どもたちから、次々に意見が出てくる

—— 教育の「『これから』をつくっていく」という側面に惹かれたんですね。教員に転職されたばかりの頃はどうでしたか? 転職された当時、感じたことがあれば教えてください。

営業職からの転職ということもあってか、はじめの頃は学校組織の意思決定や問題解決のプロセスの違いに戸惑いました。もちろん一口に「学校」といってもいろいろな学校がありますし、同じように「企業」といっても風土や職種などもさまざまですが、経験してきた営業職では、最終的に結果が出ればそのプロセスは個人に任されていました。

でも初めて勤めた学校では、どちらかというと前例や慣習を大切にする文化があって。はじめは、社会人経験が生きたというよりも、その部分で逆に戸惑いましたね。

—— なるほど。逆に「教員になってよかった!」と感じることはありましたか?

やっぱり自分の目の前に子どもがいることは大きいですよね。学校って、家庭での生活よりも多種多様なことにチャレンジする場面が多いじゃないですか。だから、学校で子どもと関わっていると、グっと成長する瞬間にめちゃくちゃ出会えるんです。

それは別に大きなチャレンジをしたときだけじゃなくて、ちょっぴり勇気を出して小さな一歩を踏み出したり、大人だと気にも留めないことに全力投球して思いっきり喜んだり、心の底から悔しがったり。そういう場面を通して成長する子どもたちの姿に出会うたびに「教員っていいな〜!」と感じていましたし、今もその気持ちは変わらないです。

実は先日、初めて担任した子から「就職が決まった」という連絡をもらい、一緒に飲みに行ったんです。そのときに改めて、これからいろいろな未来につながっていく子どもたちと日々関われることは、とてもしあわせだと実感しましたね。

初心を忘れず、教員という仕事を心から楽しんでいるという

市民社会の担い手が育つ「コミュニティ」としての学校づくり

—— 教員になって11年目、新渡戸文化小学校では4年目ということですが、今一番エネルギーを注いでいることは何ですか?

一つ目は、プロジェクト型の学びを作ることです。本校では総合的な学習の時間を「プロジェクト科」と呼んでいて、その時間を中心に、他の教科もプロジェクトっぽく進めるように、学校全体で取り組んでます。

例えば今年度担任している3年生では、1〜3年生が参加するスポーツデイ(運動会)を子どもたちが主体となって企画・運営することにチャレンジしました。種目、係、放送の原稿など必要な役割を子どもたちが考えて、私も一緒にそれらを整理しながら、子どもたちが主体となって開催するという形でした。保護者も含めると、500人規模のイベントを自分たちの手でつくって、やり遂げた後の子どもたちの表情は自信に満ち溢れていましたね。

実は今年度は、自分自身の中に「本当に自分たち(子どもたち)でつくる学び」というテーマを置いていて。このテーマを置いた背景には、子どもたちが「自分たちでつくったぜ!」という実感を、いかに持てるかを大切にしたい、という思いがあります。他の教員や保護者の方とも、このテーマについては共通理解をしています。

あともう一つ!実は今、学校をコミュニティ化したいと考えています。

とても張り切っている、スポーツデイの子どもたち

—— コミュニティですか。山手さんの中で、「学校」と「コミュニティ」はどう違うのでしょうか?

従来の学校や昔ながらの企業では、明確に上下関係があると思うんです。でも「コミュニティ」は一人ひとりが主体で、そこにはヒエラルキーはないと考えていて、主体が相互に絡まり合って互いに調整し合いながらものごとをつくっていくという、まるで蜘蛛の巣ができあがっていくようなイメージが、私にはあります。

そんな「コミュニティとしての学校」をつくるために、対話の文化を育てることにも力を入れています。サークル対話をクラスに取り入れてみたり、同僚と一緒に全校ミーティングを実施してみたり。

自分自身は「教員」として果たすべき役割を持っているのと同時に、クラスや学校のコミュニティの一員である。そんなあり方を学校の中で目指しています。

—— なるほど、とてもおもしろい考え方ですね!

全校ミーティングは、全校の子どもたちが集まって対話をするのですが、子どもたちから発案されたテーマをみんなで話し合う時間です。これまで「文房具の見直し」や「私服登校日」などを発案し、実際にアイデアを練り上げて、実施までたどり着きました。

そうやって自分たちで声を挙げ、実現することを繰り返すうちに、「言われたからやる」のではなくて「自分たちで考えて、話して、決めていくことができるんだ」という感覚が育ってきたと感じています。そうした「つくり手」感覚を感じることが、大人になって社会で生きていくときにすごく大事になると思うんです。この感覚を感じ続けた子どもたちが、最終的に市民社会の担い手になることが教育のゴールなんじゃないでしょうか。

日本財団のアンケート調査で、「あなたは社会を変えられると思いますか?」という質問に対して、ポジティブな回答をした日本の若者の割合がとても低いことが、よく話題に上りますよね。でも今、子どもたちがプロジェクトに取り組んで実際に何かをつくったり、対話を通して身の周りに変化を生み出したりする経験を積み重ねていくと、きっと大人になったときに「社会って変えられないよね」なんて言わない気がしていて。

目の前の状況を見て「どうしようもないね」と嘆くのではなくて、「どうしたらいいかな?」と考えて、「自分たちだけじゃなくて、皆がしあわせな社会がいいよね!そのためにはどういう仕組みをつくれるかな?」という風に考えられるようになれば、世界や社会は良くなっていくはず。僕自身も子どもたちと一緒になって、仕組みを作っていける一員であり続けたいです。

取材・文:根岸 浩章 | 写真:ご本人提供