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一人ひとりの名前を呼べる距離感で仕事がしたい。元広告プランナーが、たった1年半で教育現場に転職した理由とは?

新潟県糸魚川市では、市内にある県立の3高校へ「高校魅力化コーディネーター」という人材を派遣している。高校魅力化コーディネーターは、実際に高校に出向いて授業のサポートなどを行う。

2022年10月より糸魚川市の高校魅力化コーディネーターに着任したのが、齋藤希さんだ。新卒で入社した広告代理店を1年半で退職し、学校現場に飛び込んだという齋藤さんは、教育業界の魅力をどのように考えているのだろうか。詳しく話を聞いた。


高校生一人ひとりの名前を呼べる距離感の仕事がしたい

—— 齋藤さんは新卒で一般企業に就職し、現在は高校魅力化コーディネーターに転職されているそうですね。現在のお仕事について詳しくお聞かせいただけますか?

現在私は新潟県糸魚川市に移住して、教育委員会の職員として高校魅力化コーディネーターという仕事をしています。高校魅力化コーディネーターとは、地域を生かした学校の魅力UPに向けて活動をしています。 活動領域はさまざまありますが主に私は3つの役割をこの仕事で担っています。

1つ目は総合的な探究の時間の授業を、高校の先生方と一緒に設計すること。 授業計画の叩き台を作り、それに基づいて先生と授業内容を練り上げていきます。計画をするだけではなく実際の授業にも参加して、生徒や先生のサポートもします。

2つ目は、自習室の運営です。生徒の学習をサポートするだけでなく、先生以外の大人と気軽に話せるような場所として運営しています。

3つ目は、普段なかなか見ることができない学校の中の様子や、コーディネーターの活動の様子をSNSや地域の広報誌などを通じて発信するという広報の仕事です。市民の方はもちろん、たくさんの人に学校の良さに興味を持ってもらえるよう、Instagramの発信に力を入れたり、毎月糸魚川市が発行している「広報いといがわ」という広報誌を通じて、学校のユニークな取り組みについて広く知ってもらえるような発信をしています。

お話を聞いた齋藤希さん

—— 一般企業では、どのような仕事をされていたのでしょうか?

もともと教育に興味があり、理学部に在籍しながら高校理科の教員免許を取得しました。教員の道に進むという選択肢も私の中にあったのですが、いざ教員採用試験の勉強を始めてみると全然おもしろくなくて(笑)。

私は理科を教えたくて教員になりたいわけではないとそこで初めて気づいたんです。当時の私は、広告やデザイン、コピーライティングに興味があったので、教育という分野で私の興味が活かせる仕事はないかと考え、新卒で教育系の広告代理店に就職しました。

そこでは、大学の入試広報のお手伝いをしていました。高校生が読む大学案内や学部のサイトの制作ディレクションなど、いろいろなことに挑戦させていただきました。

——なぜ学校現場に転職しようと思われたのですか?

新卒で入社した企業の仕事はとてもおもしろかったのですが、私が制作に携わった大学案内を高校生がどのように読んでくれているのか、届けた先の様子が見えにくく、すごく遠く感じてモヤモヤしていました。

そのモヤモヤをきっかけにして、私が広告を届けていたような高校生たち一人ひとりの名前を呼べるような距離でかつ、教員以外の働き方はないかと探していたところ見つけたのが、高校魅力化コーディネーターの仕事でした。

生徒の反応が見られることが、やりがい

—— 転職の際、迷ったり悩んだりしたことはありましたか?

前職を新卒1年半で辞めるというのは、なかなか言い出すに言い出せないところがありました。でも転職を決めたとき、新卒入社したときから一番近くで支えてくれていた先輩に「転職したいんです」という相談をしたところ、「齋藤さんの人生は齋藤さんのものだから、 やってみたいって思ったことをやってみたらいいんじゃない?」と言ってくださったんです。

その言葉を聞いて、とても安心しました。やりたいことを応援してくださった方がいたというのは、すごく大きかったですね。

—— 前職の先輩の後押しがあって、今の齊藤さんがいるのですね。広告代理店での勤務経験が、現在の仕事に活きていると思う点はありますか?

前職では、情報を受け取る人たちがどうしたら広告の内容に興味を持ち、見てくれるのかという点について考えてきました。この視点が、現在の仕事で活かされていると感じています。

例えば、高校1年生の探究の授業を実施した際、「農業人口の不足」がテーマとなりました。このままだと、高校生にとっては少し遠いものに思えますよね。これを高校生にとって分かりやすく、探究したくなるようなものにするために「なりたい職業ランキング1位を目指せ!」と、テーマをキャッチーな言葉に編集しました。また授業を実施する際は、キャッチフレーズに合わせて、高校生の興味が沸くような画像を作成し、生徒たちに提示しました。

するとある日、生徒たちの反応が私がこれまで見てきた生徒の様子と違ったように感じることがあって。この探究に協力してくださった地域の企業の方にも「おもしろそうな学習だね」と声をかけてもらえたんです。

校内の先生方からの反応も良く、とてもうれしく感じました。私ひとりではなく、同じコーディネーターの同僚と疑問やアイデアを出し合うことで個々の力を発揮できていると感じます。

—— 齋藤さんがすごくやりがいを感じて仕事をしている様子が伝わってきます。

前職もすごくおもしろかったのですが、高校生にとってより良い情報を届けたいのに納品した後の様子を知ることがなかなかできず、もどかしさを感じていました。

今の仕事では、自分が生み出したものに対して、生徒や先生方からリアクションがもらえるところが、とてもうれしくて、やりがいにつながっています。やっぱり目の前の生徒の反応が見られることが、何よりうれしいことなんですよね。

生徒と一緒に成長するスタンスを大切に

—— 齋藤さんがこれから挑戦したいことはありますか?

デザインやキャッチコピーを考えるのがすごく好きなので、それらの力を使って先生方の力になりたいです。生徒に届けたいことを、デザインやコピーの力を借りて伝えることでより伝わりやすくなるのではないかと思うんです。

例えば、小学校の中の「廊下を走るな」という張り紙を「走るならグラウンドが1番いいよ」という言葉に変えてみる。今思いついたので、いいコピーというわけではないんですが、こんなイメージです(笑)。

マイナスな視点ではなくて「廊下では走らない方がいいかもな、グラウンドに行って走ろう」と視点が変わるような言葉を学校の中に散りばめていけば、「あれもダメ、これもダメ」と窮屈ではない、肩の力がふっと緩む優しい空間が作れるのではないかなと思います。

—— 齋藤さんの活躍によって、糸魚川市の教育が盛り上がるといいですね。最後に、教育業界への転職を悩んでいる人に向けて何かメッセージをいただけますか?

じっくりものごとを楽しめる人だったら、教育業界にはすごくピッタリだと働いてみて感じています。

教育業界の仕事は人の変容に関わる営みの為、生徒の変容が目に見えることはなかなかありません。3年後、10年後、15年後と、じっくり時間をかけて育てていくものなのだと、実際に高校生と接してみて改めて感じています。

1歩進んだと思ったら2歩下がるような毎日ですが、ふとした瞬間に生徒の目の輝きを見つけたり授業がほんの少しうまくいったりするなどと、手応えを感じる瞬間がたくさんあって、本当にやりがいのある仕事だと思っています。

教育の成果は数値だけでは測りきれず、すぐに結果が出るものではないからこそ、生徒と一緒に自分自身もじっくり成長していくスタンスでいたいと思っています。

取材・文:小林 由芽 | 写真:ご本人提供

糸魚川市の高校魅力化コーディネーターの最新の活動については、Instagramで見ることができます
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齋藤希さん