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教育現場のワオキャリア | 先生のキャリア

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教育現場の多様なキャリアストーリーを紹介しています。
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#教育現場のワオキャリア

デザインが持つ価値と「本質的課題解決」を教えるデザイナー先生。なぜ今の世の中にデザイン教育が必要なのか?

「デザインの本来の価値と意味をしっかり伝えていかなければいけない」 そう語るのは大阪の高校でデザインを教えている芝田陽介さん。 芝田さんは、普段は企業でデザイナーとして働きながら、週に一日、「本質的課題解決のためのデザイン」という名前の授業をしている。 デザインと聞くと、テレビCMや雑誌や新聞の広告など、キラキラした世界を連想するかもしれないが、芝田さんが教えているのは、広告やチラシの作り方ではなく、世の中のあらゆる問題を解決するためのデザインの考え方だという。 問題を

教員は、最高の仕事!元ホテルマンが噛み締める、日々子どもたちの満面の笑みに触れ、成長を隣で見守れる幸せ

「教員の仕事は最高に楽しい」と語るのは、滋賀県にある立命館守山中学校・高等学校 英語科教諭の竹田健二朗さんだ。 竹田さんは教員になるまでに、ホテルマン(京都府、東京都、大阪府、シンガポール)、半導体営業、英語塾副校長と、バラエティあふれるキャリアを経験してきた。 中でもホテルマンとして順調にキャリアアップの階段を駆け上がっていた竹田さんが、なぜ教員という仕事に転職し、情熱を注いでいるのか。そのユニークなキャリア変遷と、教員という仕事のやりがいについて話を聞いた。 ホテル

必ず仲間がいるから、心配しないで。教員志望に不安を抱える人に、教員養成に従事する大学教授が伝えたいこと

中京大学で教員を志す学生たちのサポートに注力する教授の久野弘幸さん。 久野さんは教員を目指し教育大学に進学するも、教員の道を諦め一般企業に就職した。しかし企業勤めや海外の学校での勤務を通して、教育の魅力を再確認し、大学院に進学。教員になるために進学したはずだったが、研究にのめり込み博士号を取得。大学教員の道に進んだ。 さまざまなキャリアを経験した久野さんは、教員という仕事にどのような価値や魅力を感じているのだろうか。大学教員として日本の学校現場や教員を志す学生と多く関わっ

一人ひとりの名前を呼べる距離感で仕事がしたい。元広告プランナーが、たった1年半で教育現場に転職した理由とは?

新潟県糸魚川市では、市内にある県立の3高校へ「高校魅力化コーディネーター」という人材を派遣している。高校魅力化コーディネーターは、実際に高校に出向いて授業のサポートなどを行う。 2022年10月より糸魚川市の高校魅力化コーディネーターに着任したのが、齋藤希さんだ。新卒で入社した広告代理店を1年半で退職し、学校現場に飛び込んだという齋藤さんは、教育業界の魅力をどのように考えているのだろうか。詳しく話を聞いた。 高校生一人ひとりの名前を呼べる距離感の仕事がしたい —— 齋藤

子どもたちそれぞれのNo.1を一緒に見つけ、褒められる経験を。人生の針路に迷走した教育者がたどり着いた教育×デザイン

東京都の有明に2021年にオープンした、ひらめきをカタチにする企業ミュージアム「AkeruE(アケルエ)」。子どもたちの知的好奇心と「ひらめき力(ギリシャ語でEureka)」を育む場として、“学び”と“モノ・コトづくり”を体験できるユニークな施設だ。 ここAkeruEで、現在プログラムディレクターを務めているのが、小学校で非常勤講師の経験を持つ鈴木順平さん。 鈴木さんは教育学部を卒業するも、学校の先生にはならずにデザイン専門学校へ進学した。自分の強みは何かが分からず、ずっ

優しい先生って、ダメなの?小児精神科医との出会いを通して、「子どもの心を守る」ケア的な関わりのできる先生に変容したベテラン教員の今

大分県別府市の公立小学校で教員をしている松永さんは、その道一筋で子どもたちに向き合ってきたベテラン教員だ。 教員歴35年のキャリアを振り返ると、子どもたちが言うことを聞かない状態に対応できず、自身の心の健康を崩してしまったことや、職場における「先生とはこうあるべき」という価値観ギャップに悩み、葛藤する苦しい日々もあった。 それでもなお教員を続けてこられたのは、精神医学の「心を守る」理論に出会えたからだ。多様性あふれる中で、どの子も安心して学校に来られる教室を目指し実践する

民間企業から小学校教員への転職、そしてドイツでの暮らし。たくさんの寄り道をして感じた「自分を知る」ことの大切さ

幼い頃より小学校教員に憧れ、大学は迷わず教育学部に進学。将来は教員になることが既定路線だったにも関わらず、民間企業への就職を選んだ名越さん。 大学院まで学んだアートへの関心と刺激的な出会いを求めて、画材・オフィス事務用品を扱う民間企業などで約3年働いた後、小学校の先生の道へ。 さまざまなキャリアという寄り道を経験した名越さんは「ちがいは学び」をモットーに、「自分を知る」ことの大切さを子どもたちに伝えている。そんな名越さんのキャリアヒストリーについてお話を聞いた。 美術教

上下関係ではなく、対等に生徒と関わる先生でありたい。企業と中・高・大での勤務経験を経て辿り着いた生徒との向き合い方とは?

「教員は世間知らず」と認識されがちな風潮が嫌で、大学教員を辞めて民間企業を経験してから、再び教員の道に進んだ牛込紘太さん。 一言に「教員」といっても、中学校・高校・大学という校種の違いだけでなく、専任教諭・非常勤講師、全日制・通信制というさまざまな違いもある。 これらの全てを経験してきた牛込さんに、教育業界の魅力や民間企業からの転職を生かしたキャリア教育の実現、どんなときも変わらずに大切にしていることなどを聞いた。 「世間知らずな教員」になりたくなくて、企業勤めを経て教

目の前の子どもたちが成長するために、できることはやりたい。小学校教員を退職してもなお、教育に関わり続ける理由とは?

新卒で小学校教員というキャリアを選択した角田真優さん。「一人ひとりの子どもの意思を尊重する」ことを大切に公立小学校に勤務するも、自分の実現したい教室の姿と現実のギャップに違和感を感じ退職。 その後のキャリアについて悩んだ末に、教育プログラムなどを手掛ける民間企業へ転職し、5年目を迎える。 角田さんはなぜ学校現場を離れてもなお、教育業界に関わり続けているのだろうか。学校外から教育に関わる人として、教員とは異なる立場で子どもたちの学びや育ちを見つめ続けている角田さんに詳しくお