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必ず仲間がいるから、心配しないで。教員志望に不安を抱える人に、教員養成に従事する大学教授が伝えたいこと

中京大学で教員を志す学生たちのサポートに注力する教授の久野弘幸さん。

久野さんは教員を目指し教育大学に進学するも、教員の道を諦め一般企業に就職した。しかし企業勤めや海外の学校での勤務を通して、教育の魅力を再確認し、大学院に進学。教員になるために進学したはずだったが、研究にのめり込み博士号を取得。大学教員の道に進んだ。

さまざまなキャリアを経験した久野さんは、教員という仕事にどのような価値や魅力を感じているのだろうか。大学教員として日本の学校現場や教員を志す学生と多く関わってきた経験から見えてきたことについて、話を聞いた。


やっぱり教員の道を進みたい

—— 大学教員として教員を目指す学生のサポートをされている久野さんも、もともとは教員志望だったそうですね。久野さんのキャリアヒストリーをお聞かせいただけますか?

はい。私は現在大学教授として先生になりたい学生たちのサポートをしていますが、実は中学生のときからずっと教員になりたいと思っていたため、高校卒業後は教員免許を取得できる教育大学に進学したんです。

在学中に世界の教育を見ておきたいと思い、奨学金をもらって1年間のドイツ留学もしました。当時は教員の採用数が少なかったので、海外経験も活かせるだろうと思ったからです。

ところが、帰国後に教育実習に行き、壁にぶつかったんです。やはり、ドイツの社会や学校は自由な部分があり、そういう世界に憧れていっぱい影響を受けて帰ってくると、当時の日本の教育に馴染めない部分が生じてしまって。

例えば「前にならえ」のような指示ができなかったんです。外の世界を見て別の社会があることに気づいてしまうと、なかなか既存の枠に収まりきれず、このまま教員になることはできないと思いました。

悩んだ末、国際的な学術会議を企画・運営をする会社に就職。20代の頃は、ほぼ毎年変化があり、20歳のときのドイツ留学、大阪での就職、そして再びドイツに渡航し、フランクフルトの日本人学校で1年間働きました。その後、元の会社で2年間の勤務。さらにこの期間で、結婚のために大阪から名古屋へ異動しました。

—— 20代の頃は、頻繁にキャリアを変えられたのですね。キャリアが変わることに不安はありませんでしたか?

今振り返ってみると、1年1年大きな変化があった時期でした。でも、不安よりもむしろ来年の自分はどうなっているだろうという、これからの自分に対するワクワク感を感じていたのを覚えています。

そこには「適切な場所に行けばちゃんと開花する」という自分に対する信頼があり、大きな視野で見れば、自分のやりたいことをできているという確信がありました。

大学教員になってからも
定期的に海外と交流をしている久野教授

結婚して子どもができたとき、私はもともと教員を志望していて「人が生きる」とか「成長する」ということに興味があり、そういう世界で生きていこうと思っていたと再び思い出しました。バブルやドイツ統一などの激動の時代を経験した後に、やっぱり教員の道に進みたいと思ったのです。

いろいろな人に相談する中で、大学院への進学という選択肢が浮かび上がってきました。進学当初は、2年間の修士課程が終わったら教員になろうと思っていたのですが、次第に研究がおもしろくなって、修士課程2年と博士課程4年の計6年間大学院で学び、教育の博士号を取得しました。

—— 大学院時代は、どのようなテーマを研究されていたのでしょうか?

修士課程から博士課程にかけて取り組んだテーマは、「ヨーロッパ統合の中の教育」です。

私が大学院に在籍していた時期は、ちょうどヨーロッパがECからEUになる頃で、ユーロ通貨ができる頃でした。修士課程でお世話になった指導教官が、国際教育やグローバル教育、地球市民教育などというグローバルマインドの形成について研究されていて、そこから一つの国や社会を超えた教育のあり方という発想をもらい、社会の変化・経済統合・文化交流を教育という観点から考える研究テーマに辿り着きました。

日本の教育と出会い直す

—— 大学院を修了されてからは、日本国内の教育現場にたくさん足を運ばれたそうですね。

博士号を取るところまではドイツの研究一色でしたが、博士論文が一区切りついたところでどっぷり日本の教育に浸ろうと決めていました。

たくさんの学校に足を運ぶ中で、日本の中にも、先進的な考え方に基づいて実践に取り組む学校がたくさんあることを知りました。「日本にこんな学校があるのか!」とすごく驚き、自分がやりたかったのはこういう教育だ、と日本の教育と出会い直したのです。

日本の教育から学んだことを大学の授業で学生に伝えている

学生時代は海外の教育に目が向いていたこともあり、日本の教育の良さに気がつきませんでした。でも大学院での学びを経て、改めて国内に目を向けてみることで、ようやく日本の教育の意味や価値が見えてくるようになりました。

—— 久野さんはこれまでに出会ってきた日本の教育の素晴らしさを、海外に伝える活動にも注力されてきたと聞きました。

そうなんです。ここ10年は、日本の教育が持つ価値を世界に伝え、国際的に広めていく仕事に力を入れてきました。

日本の傾向として、海外の教育から学ぼうとするところが多いですよね。もちろんまだまだ学ぶことはたくさんあるけれど、日本の中にも価値あるものがたくさんあるのだから、日本の教育と海外の教育が互いの良さを共有し学び合うことが大事だと思っています。

世界で開催される学会にも多数出席

日本の学校現場を多く訪問することで、宝のような日本の授業実践にたくさん出会ってきました。日本の教育現場で学んだことを世界に共有して、共感してもらえたときは、とてもうれしく感じました。

—— 国内の教育現場を知り尽くした久野さんだからこそ伝えられることですね。その一方で現場で働く先生たちは、自分たちの実践の価値を過小評価しているようにも感じるときはありませんか?

先生方は謙虚なので、自分たちのことを過小評価しがちなのですが、どんな授業にも必ず素晴らしい場面がある。

学校を訪問する際には、必ず先生方の良いところを伝えます。仮に課題があったとしても伝えるのはその後です。

私なりの見方を伝えることで、先生自身の見方では見えなかったものが見える瞬間があります。ときには、先生たち一人ひとりの価値を確かめながら、先生が持っているものをさらに引き出していけるようなアドバイスをすることもあります。

いずれにしても、授業を見せてくださる先生方が「これからも元気に頑張ろう」という気持ちになってもらえたらと思って、学校に足を運んでいます。先生たちを支えることが、子どもたちの学びを支えることにつながると信じて、学校に外から風を吹かせられる存在でいたいと思っています。

一般企業を経験した強みは、社会に出た子どもの姿を想像できること

—— 現在は、教員を目指す学生たちのサポートに力を入れているそうですね。

今後の10年を見据えたときに、これからは教員を志す学生たちをしっかりサポートしたいと考えるようになりました。

大学の講義では折に触れて「教員という仕事を志すことを、メディアのニュースなどの影響で不安に感じている人も多いかもしれません。でも本当はやりがいがあって、きちんと自分の成長にもつながっていく仕事なんですよ」と伝えています。

学生たちがそれをちゃんと受け止めてくれていると感じる瞬間があります。教職の素晴らしさが伝わったと感じるとき、この仕事をやっていて良かったと本当に思います。

—— 教育現場のWow!WORKは、一般企業から教育界への転職を考えている方に向けたメディアなのですが、同様のキャリアをお持ちの久野さんから、読者の方に何かアドバイスはありますか?

仕事ができる旬の期間は短いです。もし人生の中で、人の喜びが自分の喜びになり、人の成長を見てうれしくなる、幸せを感じる人であるなら、教育というフィールドに飛び込んでみてください。不安にならなくても大丈夫です。

昨今は、教育関係のネガティブな声も多く聞かれますが、大事なことは、外の声を聞くか、自分の心の声を聞くかということ。ぜひ、自分の心の声に素直になってほしいと思います。

教員になると、目の前で日々いろいろなことが起きると思います。けれども、目を凝らして子ども一人ひとりの意識や思考を見てみると、何気ない1コマのなかに生徒の成長が見えてきます。そしてその見方や考え方が、自分自身を成長させることにもつながります。

教職という仕事は本当におもしろい。それが見えるようになるところまで、自分を成長させられるかどうか。そのカギは外の条件ではなくて、自分の中にあるものを信じるかどうかにあります。

社会人でそれなりにハードに仕事してきた人であれば、多少仕事の仕方や流儀が違ったとしても、学校の中でも十分に通用すると思います。

—— 一般企業での経験は、教員としての強みにもつながるということですね。

そうですね。クラスの中の子どもたちを見ても、その大部分が教員ではなく民間の企業に就職しますよね。一般企業にいる人には、一人ひとりがどのように社会に出て、自分の生きていく場所を見つけていくかを想像できるのが強みだと思います。

もちろん、教員になりたいと思ってそのまま教員になることも間違いではありません。どちらか一方が正しいのではありません。教員一筋で来た人が縦糸だとすると、社会の中でいろいろな立場を経験してきた学校以外の世界を知っている人が横糸として、教員の世界にも一定程度いた方が良いと思います。

働くことの尊さ、自分の考えをきちんと持つことの大切さ、自分は世の中の必要な1ピースであり、すべての人が意味のある命を持っていると伝えられるという意味では、一般企業での経験というのは大いに役に立つ。

今の学校にこそ必要な存在なのではないでしょうか。

—— 教育業界へ飛び込む勇気が湧いてくるようなメッセージをありがとうございます。

転職して、たとえ教員の仕事の大部分を大変だと感じたとしても、残りの部分で子どもの笑顔や成長を喜び幸せを感じられるなら、乗り越えられると思います。

子どもの姿を見て、「この子は今日はいい顔してるな」と喜べたり、手のかかった生徒の成長を感じられたり、一人ひとりの心の中に入って指導ができ、子どもたちと心がつながることを人生の柱と感じられる人なら大丈夫。

そして何より、皆さんは一人じゃない。人の喜びを喜びにして、悲しみを悲しめる。教育という業界は、そういった感性を持つ仲間たちがいる場所です。「必ず仲間はいるから、心配しないで」と伝えたいです。

取材・文:小松 麻美 | 写真:ご本人提供