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デザインが持つ価値と「本質的課題解決」を教えるデザイナー先生。なぜ今の世の中にデザイン教育が必要なのか?

「デザインの本来の価値と意味をしっかり伝えていかなければいけない」
そう語るのは大阪の高校でデザインを教えている芝田陽介さん。

芝田さんは、普段は企業でデザイナーとして働きながら、週に一日、「本質的課題解決のためのデザイン」という名前の授業をしている。

デザインと聞くと、テレビCMや雑誌や新聞の広告など、キラキラした世界を連想するかもしれないが、芝田さんが教えているのは、広告やチラシの作り方ではなく、世の中のあらゆる問題を解決するためのデザインの考え方だという。

問題を解決するためのデザインとは一体どんな内容なのか、また、なぜそれを高校生に向けて教えているのか。芝田さんに話を聞いた。

ここでは、問題と課題を以下のように定義しています。
<問題>
解決すべき障害や、本来あるべき理想の状況とのギャップのことで、既に今、相手や環境が抱えているものを指します。
<課題>
上記の問題を解決し、理想の未来にいくためにやるべきことを課題を呼びます。あくまでも今ある「問題」に対して設定するものになります。


NPOにおける課題と教育の必要性

ーーこれまでのキャリアヒストリーと、現在のお仕事についた経緯を教えてください。

大学はデザインとは全く関係ない工学部に入学したのですが、小さい頃から絵を描いたり工作することが好きだったこともあって、将来は何かを形にする仕事をしたいとぼんやり思っていました。でも当時は「デザイナー」という職業も知らないくらいでしたし、大学も専門外だったので、卒業後はまず印刷会社に入社してから、独学でデザインを学びながら、その後、デザイン関係の職場を転々としていました。

そんな中、転機になったのは、東日本大震災でした。それまでは暮らしを豊かにするためのいわゆる「商業デザイン」に携わっていましたが、震災の大変な状況の中で、いわゆる「豊かさ」を追い求めるデザインに違和感を抱くようになりました。

そこで「デザインの力を社会の課題解決のために使いたい」と考えるようになり、社会課題をデザインで解決することをミッションに掲げたNPOに転職しました。

そこで7年間働いた後、今は新しい教育の形を探究する教育メディアコミュニティ「先生の学校」を運営する株式会社スマイルバトンでデザイナーとして働きながら、大阪にある通信制高校でデザインを教えています。

お話を聞いた芝田陽介さん

ーー高校でデザインを教えることになったきっかけや、先生になる上での思いは何かありましたか?

もともとNPOで働いていたときに、いわゆる「デザインの考え方やノウハウを教育によって広めていくこと」の必要性は感じていたんです。教育によって皆がデザインの力やスキルを当たり前に使えるようになれば、社会の問題解決のスピードが上がるのではないかと思うからです。

このように考えたのは、NPOが抱える広報面での課題がきっかけでした。

そもそも、NPOの人たちは熱い思いを持って懸命に活動しているにも関わらず、扱う社会問題と縁遠い人々にはなかなか共感してもらいにくく、結果として寄付金や協力者が集まりにくいという側面があります。なので、広報やブランディングを外部のデザイン事務所に委託するのですが、資金に余裕があるときしか依頼できないため、状況次第では効果的な広報の継続性が担保できないということが生じてしまいます。

加えて、デザイナーは常にその社会問題に触れているわけではないので、どうしてもデザイナーとNPOの現場で働く人たちとの間に理解の差が生じてしまいます。もちろんデザイナーも社会問題についてしっかり勉強するのですが、最前線で問題解決に取り組んでいる人と同じ深さで理解するのはやはり難しいです。

なので、扱う社会問題を熟知したNPOの方々自身が、質の高いデザインの力で自ら広報し、ステークホルダーとの継続的な関係性を構築していけるようになることが一番良いのではないか?と考えるようになりました。

そういった問題意識があって、少しづつNPOで働く人たちにデザインを教える機会をいただくようになりました。これが、自分の中で「課題解決のためのデザイン教育」というキーワードが生まれたきっかけでした。

NPOや行政で働く人たちに向け、デザインを教えてきた芝田さん

ーーということは、芝田さんにとって「デザイン」とは、問題や課題感を社会に伝え、解決に向かうための手段であり、そして「教育」はその解決された状態を継続していくために必要なものということですね。

はい、社会貢献で周りの人を巻き込むために「デザイン」で伝える力はとても重要な要素です。でも、それ以上に、問題が解決されないとデザインの力が発揮されたことになりません。

本来、デザインは「問題が解決されていない状態」と「問題が解決されている状態」をつなぐための設計です。

だから、その過程で生み出される、伝えるためのツール(例えばチラシやHPなどの広報物)はデザインの一部分でしかありません。いくら良いチラシやHPができても、問題が解決されなかったら、それは良いデザインとは言えません。

あと、もうひとつ大事なのが「本質的課題解決」の考え方です。問題がたとえ解決したとしても、それが一時的なものだったり、一部の人しか救えず、逆にその他の人を苦しめることになってしまっては意味がありません。

だからこそ、問題の「本質的な部分(そもそもなぜその問題が生じ、具体的に誰がどのように困っているのか)」をしっかり見極めた上で、新たに問題を生み出さないための道筋を設計する「本質的課題解決」の考え方が大事になってきます。

でも、そういったことは私たちは学校教育では教わってきませんでした。そんな思いで活動していたところ、その思いに共感してくださった、とある高校の先生に声をかけていただき、3年前から高校生にデザインを教えています。

デザイン教育の方法と「本質的課題解決」

ーー高校ではデザインで問題解決する方法をどのように教えているのでしょうか?

まず、問題解決とデザインの関係性や考え方を学んだあとに、具体的事象をもとに実際に解決のための設計を考え、なぜそのように設計したのかをプレゼンしてもらうまでを1セットにし、それを1年間の中で何回か繰り返しています。

具体的な設計の話をすると、目の前の事象を5つの段階(相手、目的、アクション、ゴール、未来)に分けて可視化し、それぞれの項目を具体的にしていくことで、本質的に事象を捉え、解決に導くための方法を教えています。

この5つのプロセスをまとめて「本質的課題解決のためのデザイン」と呼んでいます。

「本質的課題解決のためのデザイン」の5つのプロセス

ここで特に大切なのは、「相手」と「未来」です。

「相手」の段階で、そもそもなぜその問題が生じ、具体的に誰がどのように困っているのかを明らかにした上で、問題を定義します。問題定義がそもそもずれているとその下が全てずれるので、「本質的課題解決」はできません。

問題定義をするうえで重要なのが、視点の深さです。視点を深めるためには、まず自分がどれだけものごとの表面を見てしまっているかということに気づく必要があります。表面だけを見て設計をしてしまうと、結果も表面的で、問題の一部分しか解決できないということになってしまいます。

「未来」とはつまり、「問題が本質的に解決された状態」のことで、ゴール(最初に定義した問題が解決された状態)のさらにその先を見ます。ゴールまでは来たけれど、本当にこの先新たに問題は起きないのか、長い目線で見て未来はどうなっていくのだろうか?というところまでを含めて考えます。

このような感じで、5つの段階という「道具」を生徒に渡して、解決の道筋を考え、それを使いこなすための練習を1年かけてやっています。

高校での授業の様子

本質的課題解決のためのデザイン教育を、未来を担う学生たちに届けたい

ーーこれからどういう教育の形を実現したいと考えているか、挑戦したいことについてお聞きしたいです。

本質的課題解決のためのデザインの価値や意味を社会に広く伝えていきたいと思っています。

世の中を見ると、一部の人は救われても他の人は不利益を被っていたり、一時期は良くても後々大きな問題につながったりという状況は多くあるように思います。社会のさまざまな問題を本質的に解決するためにどういう設計が必要なのか、改めてそこに立ち戻る必要があると思います。

そのためには、まずは未来を担う高校生から、そしてその先に広くこの教育があらゆるセクターに浸透していくように活動していきたいです。

ーー最後に、教育業界に関わりたいと考えている人へのメッセージをお願いします。

今、高校生と向き合っていて、彼らが新しいことを学んだり自ら発見したりしたときに、「徐々に変化していく様子」や「生き生きと輝く瞬間」に出会えることがたくさんあります。感動の瞬間だけでなく、頭を抱えて悩んでいたり、それでも何かに向き合おうとしている姿に出会えることが何よりも素晴らしいなと。毎年クラスが変わっても、そんな生徒たちの真摯な姿に何度も立ち会えるんですよ。

私の場合、そんな「生徒が変わる瞬間」や「生徒が生き生きと輝く瞬間」に出会うことに感化されて、その度に、自分自身を原点に戻してもらっています。こういう人を救いたいとか、こういう社会にしていきたいという根本の思いや決意を新たにして、それを目の前の生徒にしっかり伝えたいなと感じさせられています。

何のためにこの仕事をしているんだろうという自分自身の原点に立ち戻らせてくれて、それを目の前の生徒に教える意味を感じながら、互いに成長の喜びを感じられる場所…そういう意味で、教育業界はすごくやりがいがありますよね。

高校生とのサークル対話の一コマ

取材・文:加藤 雅音 | 写真:ご本人提供