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小澤メモ|SENTIMENTAL JOURNEYMAN|おっさんの旅。

5 おっさんの旅  辺境編 野付半島。

根室まで55km、国後島まで16km。
北方領土と呼ばれる4島のひとつ国後島。そこに最も接近できるのは野付半島だ。網走から根室へ向かう途中、羅臼をもう一度経由した先にある別海町。この町にある28kmに及ぶ砂嘴(さし/砂嘴とは漂砂が堆積してできた地形のこと)を野付半島という。この半島のことは、それまでは桜木紫乃さんの小説『霧 ウラル』で読んだくらいで、まったく知らなかった。主人公のひとり、相羽重之が国後島から流れ着いた場所だ。(国後がすぐ近くに見えるらしいぞ)っていう気持ちで、半島へと続く1本道(道道950号)に入った瞬間だった。この旅の3人のオッサンは美しい風景に遭遇した。わずかな道幅の左側には流氷が押し寄せていてその向こうに国後島が見える。そして右側は地図上では野付湾となっているが、見渡すかぎり真っ白な氷原だった。

ボリビアのウユニ塩原。
なんでもすぐに例えてしまうのはよくない。目の前の景色や、たった今口に放り込んだウマイ!食べ物を、直接感じた自分自身の言葉(もしくは表情とか)で表現した方がいい。そうだけれども、インスタ的に撮るなら、世界の絶景のウユニ塩原のように写るだろうなと思った。それほど、果てしなく真っ白な世界が目の前にあった。それに振り返ると、北の海に春を告げる流氷がひしめきあっている。油断していたオッサンたちは、道幅10メートルもないような1本道の上で、真っ白な氷原と流氷の海とに挟まれて、ただただ感動していたのだった。あんぐりと。口をあけて。意味もなく誰からともなく笑い出して。それからは早かった。カメラを取り出し駆け出していた。すぐ近くには、行くに行けない、帰るに帰れない、ロシア沿岸警備隊が配置された北方領土があるのに、野付湾はあまりにも美しかった。「なんなんだろなー!」と、おたがい声を発しあいながら、シャッターを切っていった。羽田空港ではしゃいでいたオッサンのスニーカーは雪でびしょびしょになっていた。熊とも向き合ってきた真摯な写真家のオッサンの足元は、ゴアテックスの靴でまったく問題なかった。

エゾジカの群れ。
旅のメンバーのひとり、田附勝というオッサンは、過去に『kuragari(くらがり)』という写真集をリリースしていた。カバーは、東北の山奥の暗がりから、じっと彼を見ていた鹿の写真。人間様は、漆黒の森の中でサーチライトを当てた先にいた鹿を目にして、「いたぞ!」って言うけれど。そうではなくて、鹿やケモノたちは、暗がりの中で、こちらの足音や息遣いを感じ取って、ずっと前からじっと見つめていたのだ。田附勝はとっくに見られていたのだ。そんなことを突きつけてくれる写真を撮る彼の前を、このときエゾシカの群れが悠々と歩いていた。エゾシカたちが見ていたのは、オッサンたちのことか、それとも視界にある国後島の標高1822mの爺爺岳か。(東日本大震災直後、原発から20km圏内は強制避難地域と報道されていたけれど、それよりも近いところにあるのか……)。不謹慎なのだけれど、なぜだろう、同時にそんなことも感じた。オッサンたちは、このなんとも言えないポリティカルな部分を含んだ風景のコントラストを感じ、これはライブカメラで見ているのではないというのを痛感していたのだった。ここから、根室まで55km、国後島までは16kmだった。5
(写真は野付半島、野付湾にて/2019)

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