【書評】 短編アンソロジーなのに歩留まり率が高いぞ凄いぞ 『日本SFの臨界点[恋愛篇]』
ほぼ毎日読書をし、ほぼ毎日「読書ログ」を書いています。358冊目。
2019年も終わりの頃、本読み仲間から「今年のナンバーワンはどれだった?」と聞かれると、いつも伴名練の『なめらかな世界と、その敵』を上げていた。
去年の10月に note も書いていました。
『日本SFの臨界点』と題される本書は、そんな氏が『なめらかな世界と、その敵』のヒットによるご褒美で作らせてもらえるという事になった短編SFアンソロジーで、恋愛篇と怪奇篇の2冊にわけ刊行されている。コンセプトは「現在日の目をみていない知られざる名作を集める」だ。
編者(でいいのかな)の伴名練は、いろいろなところで「日本一SFを愛するもの」として紹介されている方。それだけのこはあって、本書、前書きから、各作品の冒頭に書かれる作品&著者の紹介から、あとがきから、ありとあらゆるところからSF作品への愛があふれている。
特にあとがきのSF作品ブックガイドとか熱の入りっぷりが凄まじいので、ここを読む為だけに買っても損は無い位。
短編アンソロジーって、誰かの思いが強かったり、商業的な思惑が強かったりで、読んでも1つか2つ位気に入るものが有れば良いかな、なんて思いながら手にすることが多いのだけど、本書はどれもこれも面白いので結局全部通して読んでしまった。歩留まり率が高い。
収録作品の感想は以下から。
『死んだ恋人からの手紙』(中井紀夫)
(恐らく)地球にいる、(恐らく)女性の元に届く、恋人からの何通もの手紙。恋人は、コミュニケーションの取れない異星人との戦いに投入されており、同僚の死や、異星でのバケーション、異星人の言語を研究する友人との出会いなどが綴られる。そして、タイトルの通りの事が起こる。
『奇跡の石』(藤田雅矢)
バブル時代、大企業が作ったエスパー研究所に配属された男性が主人公。彼は、超能力者の調査の為、東欧の小国ロベリア共和国に出向き、そこで不思議な姉妹と出会う。主人公と姉妹との交流を通し、旧ソ連邦を構成する共和国の薄暗くカサついた空気感が伝わってくる。ロベリアって花があったよなと思いググったら、姉妹を思わせるなんとも可憐な花でした。
『生まれくる者、死にゆく者』(和田毅)
子供が少しづつ生まれてきて、老人が少しづつ死んでいく世界。統計的な数を指しているのではなく、一人の子どもが、フォトショップでレイヤーの透明度を上げていくように、徐々にこの世界にあらわれ、老人は逆に透明度を下げていくように徐々にこの世から消えていく。そんな不思議な世界観をさらりと見せつつ、家族愛をくっきりと見せてくれる良作。いいなぁ。
『劇画・セカイ系』(大樹連司)
恥ずかしながら「セカイ系」というジャンルを理解していませんでした。そういったジャンルがあるのは聞いたことはあるのだけど、読んだことはなく、何処で読めるのかもわからず、薄ぼんやりと脳の片隅に追いやっていたのだけど、本作を読みなんとなく理解。セカイ系ラノベを書く主人公が実は…… というプロット。冒頭で突然始まるセカイ系ラノベのクライマックスシーンでは<イナガキ>の所で笑ってしまった。面白いやんけ。
『G線上のアリア』(高野史緒)
11世紀ごろに電話の技術がヨーロッパに伝えられていたという改変歴史ものの世界でのお話。カストラート(去勢歌手)であるミケーレは、恋人ウラニアと共にとある貴族の元に滞在。そこで見つけた奇妙な電話をきっかけに、怒涛の架空史が展開される。悪ふざけぎみに扱われるローマ教皇庁が面白おかしい。オチもなかなか。
『アトラクタの奏でる音楽』(扇智史)
編者曰く作者の扇智史氏は「百合SF」のベテランとのこと。百合とは女性同士の恋愛を指すのだけど、それとSFが融合したものが「百合SF」となり、根強いファンが居るらしい。ベテランも居るらしい。本作は実に爽やかなガール・ミーツ・ガールものなんだけど、舞台が近未来の京都で、常時ARによる生活が一般解した世界。リアルな場所にARのログを残していたストリートミュージシャンと、そのログに魅せられアイディアをふくらませる研究者が出会い二人の世界が動き出す。ちなみに「百合」の由来はジョン・ラスキンの『胡麻と百合』という本からだそうで、男性同士の恋愛を描いたものは「胡麻」と呼ぶらしいのだけど一般的ではない。ゴマって。開けゴマ。
『人生、信号待ち』(小田雅久仁)
日常x日常xマジックリアリズムといったかんじ? 編者は「ラテンアメリカ文学風」と紹介している。なんということもない、本当になんということもない日常から突然幻想世界にはまり込んでいくのだけど、とても自然でテンポも良いし微笑ましいし。初期の大友克洋あたりが漫画にしてそう。今回のなかでは一番好きかも。
『ムーンシャイン』(円城塔)
数字が人間に見える共感覚を持った女性の話。私は楽しめなかったな。
『月を買った御婦人』(新城カズマ)
話は要するに竹取物語。そして、白雪姫が欲しがったお宝は「月」だった。改変歴史もので、メキシコ帝国で一番の財と権力をもつ貴族の令嬢に、メキシコ中を探し回って集めたイケメン5人が求婚する。月に最初にたどり着いたものが権利を有するとルールが決まり、そこから怒涛の科学競争が始まる。奴隷を使って計算機を作るなんてエピソードが出てくるけど、これは三体作者の「円」よりも先んじて出てきたアイディアだそうですよ。
いやぁ、どれもおもしろかった。残念ながら円城塔の作品だけ肌が合わなかったけど、それ意外はばっちりおもしろかった。
好みから外れるものも有ると思うけど、SFファンであればどの作品も最後まで楽しみながら読めるでしょう。オススメ。
つぎは怪奇篇です。
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