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私的推薦盤~TETSUJINO『Double Trouble』

 自称ベーシストである私が若い時のベース・ヒーローといったらやっぱり櫻井哲夫だった。高校一年生の時にCASIOPEAでフュージョンの洗礼を受けた私だが、そこまでの私は「ベースって指二本で四本の弦を弾くんだろ?」という固定観念を持ち、弦がギターより二本少ない分だけ簡単だという周囲のベースに対する考えをそのまま受け入れていた。ところがCASIOPEAを聴いてそれを根底から覆されることになったのである。そう、スラップ奏法というものを初めて知ったわけだ。

 もっともスラップについては、もとをたどればラリー・グラハムに行きつく(諸説あり)のはそんなに難しいことではないし、日本のスラップの第一人者は誰か、ということになるといろんな人がいろんなことを言うわけなので、その辺についてはこれまた他の人に譲りたい。だが初めてスラップのすごさを私に見せつけた存在となるとそれは櫻井哲夫になるわけで、コピーしようと思ったらその譜面の「黒さ」に唖然としたわけだ(だって16分音符がめちゃくちゃあるから……)。その後いろんなベーシストを知ることになるわけだが、今に至るまで私の中で櫻井哲夫の存在が小さくなるということはない。50を過ぎた年齢になっても、櫻井哲夫は私の中のベース・ヒーローの一人なのである。

 私と同じように、あるいはそれ以上に櫻井哲夫をベース・ヒーローに位置づけたミュージシャンがいる。それがJINOこと日野賢二。日野皓正を父に持ち、日本に活動の拠点を移してからは、セッション、プロデュース、アーティストのバックはもちろんのこと、リーダー作も発表している腕利きのベーシストとして確固たる地位を築いているわけだけれども、そんな彼の熱烈オファーを櫻井哲夫が受ける形で実現したのがこの「TETSUJINO(哲+JINO)」の『Double Trouble』(2008)なのである。バカリズムのネタである「トツギーノ」を思い出した方、大丈夫。私も思い出したから……。

 実は私はJINOが櫻井哲夫のファンだったなんて全然知らなくて、まったく違うところで、彼の使うAtelier Zのベースから飛び出すサウンドがすごいのでファンになっていた。イベントなどでも彼の姿を見ることがあって、明るいキャラクターに魅了されていた。そんな彼が私のヒーローとユニットを組むとなると、当然注目せずにはいられない。

 とはいえ、ベースが二人である。「ベース二人って大丈夫なの?」と思う人もいるだろうけど、これが全然大丈夫だったりする。なにせベースのキャラが全然違う。櫻井哲夫と言えばCASIOPEA時代はヤマハしか使っていなかったような気がするわけで、「んペッ!」という感じのアタック音が印象的なのだが、JINOだと「んビャッ」とうい感じだから(例え方の不手際はお許しいただきたい)、二人のベースの音の違いがはっきりわかるのである。加えて、櫻井哲夫はCASIOPEAを離れてからはヤマハにこだわらずFoderaとかFender、Warwickを使っていて、JINOとのキャラの違いは明確なのである。おまけにこのアルバムではヴィンテージのFenderを積極的に使っていることもあってその違いが際立ち、二人のベースが心地よい「掛け合い」のようになっている。
 曲別にみると、オープニングの「BROTHA」が何ともゴキゲンだ。「マーカスっぽくね?」という指摘も多数ありそうだが、それでいいのだ。だってJINOのサウンドの根底はニューヨークサウンドだろうし、マーカスなんてまんまそうなんだから。3曲目の「SOME SKUNK FUNK」は定番のカバー曲。なんとまぁリズムの難しい曲だこと。私個人としては、9曲目の「YOU MAKE ME FEEL BRAND NEW」がすごく好きである。スローな曲で、メロディーをベースで弾かれてなんかジーンときちゃうのだ。

 タワーレコードのインストア・イベントの時に初めて二人の競演を生で見たが、JINOの目がヤバい。もうなんか恋しちゃってる目をしてた。まぁ自分のヒーローがそばにいるわけだから無理もないのだろうけど……。でも奔放なJINOを櫻井が暖かく見守るような感じのプレイ(時にはガチでやりあうけど)は見ていてすごく楽しかった。勢いあまって今はもうないSTB139でのライブにも行ってみたが、実に楽しかった。

 それにしても、二人とも外見が全然変わらない。若々しいのだ。櫻井哲夫は、かつての盟友である神保彰いわく「エッチな髭」が無くなって久しいけど、エッチな髭が無くなってからはホント変わらない。JINOもなんかもうますます元気でムキムキ。聴いている私だけが衰えを感じてしまうのもなんだかなぁ、という感じである。とはいえ、このアルバムを聴くと、私は彼らから元気をいただくのである。このアルバム発表からずいぶん経つが、2作目の企画は無いのだろうか……。

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