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土着への処方箋——ルチャ・リブロの司書席から②

誰にも言えないけれど、誰かに聞いてほしい。そんな心の刺をこっそり打ち明けてみませんか。

この相談室ではあなたのお悩みにぴったりな本を、奈良県東吉野村で「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を開く本のプロ、キュレーター・青木真兵さんと司書・青木海青子さんが処方してくれます。さて、今月のお悩みは……?

〈今月のお悩み〉「婚活」を始めたけれど……。
はじめまして。日々悩むことがあり、お便りします。
最近新天地で仕事と生活をスタートさせたついでに、「婚活」を始めました。
絶対に結婚したい! というわけではないけれど、新しい土地に来て人間関係もまだ薄く、いろんな人と仕事以外で話したり、関係性を築いたりする機会があってもいいんじゃないかと思った次第です。 
話すと楽しいあるお相手に出会い、何度か一緒に出かけました。しかしお付き合いを始めようかというとき、急に自分にブレーキがかかりました。確かに頭の回転の早い楽しい方だけど、自分はその人に会うときいつも緊張し、その人が望む「元気で明るい私」像を演じようとしている気がしてきたのです。
振り返れば、はじめに顔を合わせたときから、「自分とは結構違うタイプだけど、楽しませようとしてくれているし、仕事も頑張ってるみたいだし…」と違和感を打ち消そうとしていた気がします。自分にとってはそれらの小さな違和感が、後になって効いてきたようです。もちろんこれはあくまで自分にとっての違和感なので、彼に合う女性はきっといると思います。
この経験から、ひとまず自分にはアクティブな人よりは、ほっと落ち着く人が合うのかな、と思ったのですが、自分が何を大事に思っていて、どこで違和感を持つのかに早めに気づく方法というか、そういうセンサーを磨く方法はないでしょうか?                                                  (H・M/30代女性)

処方書その1 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

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「猫町」『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』

萩原朔太郎著 ちくま文庫

異界を覗いて、新鮮な視点を取り戻そう

就活や婚活など、「○活」と名のつくものは、きれいに整理されて分類され、触れやすいよう、つながりやすいようになっています。だから自分の活動圏内だけで暮らしているより遭遇の可能性は格段に上がるし、効率も良いかもしれません。
問題は、履歴書や婚活用のプロフィールを書き続けていると、○活に対して「使える情報」「使えない情報」というのが見えてくることです。使える、使えないはあくまでその○活に限った狭い範囲でのことのはず。でもそればかりに触れていると、実生活や生身の自分までも縛ったり、過小評価したりする基準に思えてくることがあるのです。

例えば私の場合、履歴書に書ける資格といえば「司書」や「学芸員」なのですが、これが有効に作用する就職先はかなり限られています。学生の頃は、「もっと汎用性の高い資格を取ればよかった……。何をやっていたんだろう」と自分なりに取り組んだことさえ否定してしまったこともありました。
あなたの場合は、「ついでに婚活も始めた」とのことなので、そこまで思いつめる心配はなさそうですが、もし回を重ねて「ちょっと疲れたな」とか「どう判断すればいいかわからなくなってきた……」ということがあれば、萩原朔太郎の『猫町』を思い出してみてください。

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本作品は日常の中で、とある不思議な町に迷い込んだ「私」が主人公です。この経験によって「私」は、旅が単なる「同一空間における同一事物の移動」にすぎないことを悟ったといいます。
それは「私」が、北越地方のK温泉にしばらく滞留していたときに起きました。「私」は滞留中にしばしば、近くにある歓楽街・U町に遊びに出たり、散策を楽しんだりしていたのですが、ある日、いつもなら汽車に乗るところを歩いたせいで、道に迷ってしまいました。仕方なく元いたK温泉に戻ろうとしたそのとき、突如山間に、きらびやかな町が現れます。花樹が茂り閑雅な音楽が聴こえ、淑やかで美しい女たちのいるその町に「私」はしばし魅了されますが、ふと勘付きます。そこは、実は自分がよく出かけていたU町だということに。何のことはない、U町と反対方向に山を降りたと思ったのが、迷ったことでU町のほうに向かっていたのです。ただ一つ違ったのは、「私」がそこを「よく知っているU町」だと思わずに見ていたことだけでした。

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一つの世界にい続けると、見方が固まって身動きができなくなってしまうことが、ままあります。そんなときは、『猫町』のような身近な異界へのお出かけをおすすめします。不思議な世界ではなくとも、いつもとは違った道を使ってみたり、反対方向に歩いてみたり、立ち止まったときにそこにあるような場所のことです。そういう場所を自分の中に持っておくのも、当館がよく言う「彼岸と此岸を行き来すること」なのです。

そんなわけで、もし婚活に迷ったら、ぜひ猫町や当館のことを思い出してください。違った世界をのぞいてから婚活に戻れば、新鮮な目を取り戻せるかもしれません。結婚相手に限らず、新天地で素敵な出会いがありますように。

処方箋その2 青木真兵/人文系私設図書館ルチャ・リブロキュレーター

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『新編 東洋的な見方』

鈴木大拙著、上田閑照編、岩波文庫

あるべきところに人は収まる

違和感を持つためのセンサーを磨きたい。確かにこれは重要なテーマです。僕は好き嫌いが激しいと言われますが(笑)、実は僕の好き嫌いは「東洋的な見方」に基づいています。

この方に限らず、現代人の悩みの根幹には、人と比較してしまう、相手が望んでいるであろう像に自分を当てはめてしまうということがあるように思います。それはまさに、「東洋的な見方」が足りないために起きているのではないでしょうか。
東洋的な見方とは、一言で言うと「分析してもよくわからない」ということです。AだからB、BだからCというふうに、一つひとつステップを登ってはいくわけではない。
鈴木大拙は本書で「自由の本質」について、「極めて卑近な例で言えば、松は竹にならず、竹は松にならず、各自にその位に従すること。これを松や竹の自由というのである。これを必然性だといい、そうならなくてはならぬのだというのが普通の人々および科学者などの考え方であろうが……」と書いています。

大拙は、普通の人々および科学者などが考える「必然性」は、比較の上に成り立っていると言います。比較を経ない必然性を得るためには、自分とぴったりの人を探したいとか、こういう人が自分には合っているのだ、などと意識を「外」に向けるのではなく、自分の「あるべきところ」を求めて「内」に意識を向けることが近道になります。

では、そのためには何をすればよいのか。まずは合う合わないとか好きと嫌いとといった選択を、比較によって行わないことが大切です。こちらよりあちらのほうがいいのではないかという比較の枠組みで考え始めると、「あるべきところ」からは遠ざかってしまいますし、他者や周りなどの「外」に意識を向けると、どうしても比較をしてしまいます。

ただ自分であるということ。それは他者を排除するものではなく、相手の存在を受け入れる余裕を持つことにつながります。

その人の隣が「あるべきところ」かどうかを判断する方法。
それは相手と一緒にいるときに「息を深く吸えるかどうか」で、見極めることができます。一時的な恋はドキドキして浅い呼吸も楽しめますが、長く続く関係を見定めるセンサーは、「深い呼吸」です。呼吸を意識してみると、自然と意識は内に向いていきますよ。ぜひやってみてください!

処方書その3 青木海青子/人文系私設図書館ルチャ・リブロ司書

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『フィオナの海』

ロザリー・K・フライ著、矢川澄子訳、集英社(品切れ)

自分の内側に潜む傾向を知る

質問者さんには、アイルランドを舞台にしたファンタジー『フィオナの海』もおすすめしたいです。主人公の少女フィオナ・マッコンヴィルとその一族は代々、小さな島「ロン・モル島」に暮らしていました。住み継いだロン・モルを離れることになった日、フィオナの弟ジェイミーが不可思議な事故に見舞われ、行方知れずになってしまいます。
物語は、フィオナが祖父母宅に預けられるところから始まります。祖父母の住む大きな島からは、遠くにロン・モルを望むことができました。無人になったロン・モルに、明かりが灯ったり、火を焚いた匂いがするという噂を聞いたフィオナは、ジェイミーがどこかで生きているのだと確信します。祖父は常識や経験に照らし合わせて信じようとしませんが、フィオナは諦めません。そのことが、後にある奇跡を起こします。

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ここで大切なことを一つ。
物事の兆候に気づいているのはフィオナだけではなく、祖父にも他の大人にも同じ兆候が見えている、ということです。それに素直に反応するか、「いやいや、そんなはずはない」と抑え込むかの違いなのです。
質問者さんの中には、フィオナと通じる部分と、祖父と通じる部分が、祖父強めで同居しているように思います。
常識にとらわれず小さな違和感を素直に見つめる目線と、それを「楽しませようとしてくれているし、仕事も頑張ってるみたいだし…」と制御する思慮深く常識的な目線。時には自分の中のフィオナを大きく育てて、兆しをそのまま受け取ってみるのもよいのではないでしょうか。

自分の内側に常識や社会規範に寄せる祖父志向があると気づくだけでも、人生の時々で、あなたの中のフィオナと祖父のどちらを前に出すか、判断がしやすくなるかもしれません。

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〈プロフィール〉
人文系私設図書館ルチャ・リブロ 
青木真兵
(あおき・しんぺい)
「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。1983年生まれ。埼玉県浦和市に育つ。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。関西大学大学院博士課程後期課程修了。博士(文学)。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信がライフワーク。障害者の就労支援を行いながら、大学等で講師を務める。著書に妻・海青子との共著『彼岸の図書館—ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』(エイチアンドエスカンパニー)がある。奈良県東吉野村在住。
青木海青子(あおき・みあこ)
「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」司書。1985年兵庫県神戸市生まれ。約7年の大学図書館勤務を経て、夫・真兵とともにルチャ・リブロを開設。2016年より図書館を営むかたわら、「Aokimiako」の屋号での刺繍等によるアクセサリーや雑貨製作、イラスト制作も行っている。本連載の写真も担当。奈良県東吉野村在住。

◉本連載は、毎月15日更新予定です。

◉この連載企画をライブで体験してみませんか? 2020年10月17日(土)の13:00-14:0015:00-16:00の2回、「オンラインわいわいまつり」のカルチャーイベントとしてオンラインイベント「あなたのお悩みに、選書でお答えします!」を開催します! お申し込みは10月14日(水)24:00まで。お悩みも募集中です。お待ちしております。

ルチャ・リブロのお2人の「本による処方箋」がほしい方は、お悩みをメールで info@sekishobo.com までどうぞお気軽にお送りください! お待ちしております。

◉奈良県大和郡山市の書店「とほん」とのコラボ企画「ルチャとほん往復書簡—手紙のお返事を、3冊の本で。」も実施中。あなたからのお手紙へのお返事として、ルチャ・リブロが選んだ本3冊が届きます。ぜひご利用ください。


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