綿帽子 第四十七話
突然不動産屋から電話が入る。
どうしたのだろう?
予定よりだいぶ早い。
もしかして気に入らなかったのだろうか?そんな考えが頭をよぎる。
「先方さん気に入られたそうで、他の方に取られても困るので決めたそうです」
「私も〇〇不動産の事務所に伺いますので、契約を纏めたいと思います。急ですが今週の土曜日は如何でしょう?」
良かった、想像とは真逆の答えが返ってきた。
「大丈夫ですよ、そこで直ぐに契約するんですか?」
「いえ、その場でまた説明をさせていただいて、納得されましたらになります」
「分かりました、母にもそう伝えます。一緒に伺いますのでよろしくお願いします」
電話を切る。
ほっとした反面、不動産屋に対する不信感も益々高まる。
この話を纏めないと明日を生きられない。
それは解っているが、あまりにも早く話が纏まり過ぎておかしいとしか思えないのだ。
確かに見学しに来た時には気に入っていた様子だったが、他にも見学者があっても良かったんじゃないのか?そういった疑惑が頭から離れない。
ひとまずお袋に伝えることにする。
内容を告げると、お袋は安堵した表情を浮かべた。
「そうか、これで一安心やな」
「ああ、そうだな」
「でもな」
「うん?」
「いや、何でもない」
「やっぱり安易な道を選んだのではないか?」
「もっと他に良い方法があったのではないか?」
「もっとうまく立ち回れれば、この家をもう少し良い値段で売り払うことができたのではないか?」
そんな思いが浮かんでは消えて行く。
今朝もお袋と一緒に散歩に出た。
お袋は歳のわりには歩くのは早い。
早いが、早いと言ったって衰えはくるもので、歩いている後ろ姿も年寄りそのものだ。
「私は山の中を歩くと早いんだ」
そう言って年齢からは考えられないようなスピードでどんどんと歩いて行くのだが、一年前に比べれば明らかに脚も関節が歪み不恰好になっている。
丁度一年前の今頃、お袋と山の中を抜けて散歩をした。
その時も「私は山を歩く時は早いんだ」と言ってお袋は俺のだいぶ先を歩いていた。
心臓が悪いお袋と散歩するのは毎回心配になる。
頼むからそんな息を切らしながら歩くなよと思いながら後をついて行く。
周りを見渡しながら、これはジャスミンだとか山藤だとか、散歩をしながら草花の説明をするのが好きなのだ。
年明けから極度の体調不良に悩まされていた俺は、この時もう既に死を意識していた。
意識していたというよりも体感していたと言った方が正しいのかもしれない。
この日は一段と体調が優れず、お袋について行くのもやっとな状態。
そんな俺を尻目にお袋はどんどんと進んで行く。
そして突然パタリと立ち止まる。
ようやく追いついた俺は声をかけた。
「どうしたお袋、こんなとこで立ち止まって」
「お前携帯あるやろ?写真を撮ってくれ」
「え?ここでか?」
「そうや、ここでええんや」
「私の遺影に出来る写真にするから撮ってくれ」
「え?縁起でもないこと言うなよ、そういうことを言うのはやめろって」
「ええから、花の真ん中で撮ってくれ」
見渡すと、周りには綺麗な黄色の花がたくさん咲いている。
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