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抜粋版デジタル教科書を用いた、反転学習的オンデマンド講義:遠藤明子先生(福島大学)

 福島大学の遠藤先生は、2冊の教科書を組み合わせた抜粋版デジタル教科書を用いたユニークな授業を行っています。学生がリラックスするための「AMラジオ」的なコツがとても興味深いです。

 このnoteでは、福島大学経済経営学類の専門科目である「マーケティング論」での取り組みをお話したいと思います。これは2年次後期(秋学期)から履修できる選択制の講義科目です。経営学コース(経済学コースとの2コース制)の学生はほぼ全員履修しており、履修者数は例年150名程度です(他学類生も3年次から履修可能)。

抜粋版デジタル教科書とオンデマンド講義の採用理由

 この講義では碩学舎の『1からのマーケティング[第4版]』『1からのデジタル・マーケティング』から私が独自に選んだ章で構成した、抜粋版デジタル教科書を使うことにしました。
 その理由は、学生の金銭的負担を抑えつつ、入門的内容と発展的な内容を組み合わせるためです。本学ではマーケティング系講義科目が「マーケティング論」と「消費者行動論」の2つしかないため、「マーケティング論」において入門的内容を外すことができません。その上で、近年のデジタル・マーケティングの進展も取り入れたかったのです。
 このような事情を碩学舎にご相談した結果、抜粋版デジタル教科書を特別にご用意いただけました。抜粋版は碩学舎としても初の試みとのことでしたが、こうした柔軟性も碩学舎のデジタル教科書の利点だと思います。
 また、この講義は2020年度からオンデマンドで行っています。コロナ禍により、大学の方針で「履修者100人以上の科目は全てオンデマンド」とせざるを得なくなったためです。そこで私も多くの皆さんと同様、期せずしてオンデマンド講義を始めることになったのです。

反転学習的オンデマンド講義の方法と成果

 この講義の最も大きな特徴は、完全オンデマンドで反転学習(反転授業)的な方法を取り入れたことです。「反転学習(Flip Teaching)」とは、受講生が予習で講義動画を視聴し、対面の教室では課題のフィードバックを教員から得たり受講生同士で議論する方法です。インプット活動とアウトプット活動を通常の授業と反転させるため、反転学習または反転授業と呼ばれています。
ただし、私の講義は完全オンデマンドなので、同時双方向でのフィードバックや受講生同士の議論を行うことができません。そこで次のような形で、反転学習「的」なオンデマンド講義を行うことにしました。

  1. 学生:教科書の指定範囲を読む。

  2. 学生:教科書の指定範囲の中で理解しづらかった箇所や興味を持った箇所を挙げ、その具体的な理由についても記述する。解答/回答はすべてLMS(学習管理システム:私の講義科目ではGoogle Classroom)上で行う。ここまでが予習。

  3. 教員:学生の解答/回答の中から、受講生全体にフィードバックすべき解答/回答を取り上げ、スライド(Google Slide、PowerPointなど)による解説動画を作成する(動画作成アプリはOBS Studio)。

  4. 教員:LMSで次回の教科書指定範囲と課題を提示するとともに、前回課題のフィードバック動画をYouTubeで受講生(大学ドメイン)限定で公開する。

 この方法によって、受講生が理解しづらかった箇所について丁寧に解説できたため、過去の講義方法に比べ受講生の内容理解度が高まる結果となりました。また、他の受講生の解答/回答を知ることができたことも、学生の参考になったようです。教員にとっても、受講生の解答/回答から多くの気づきを得ました。最終的に学期末の授業改善アンケートでは、従来通りの対面講義の頃と比べて受講生の評価平均がすべての項目で高いという結果となりました。
 成績評価方法は次のとおりです。まず配点は毎回の課題で計55点、最終課題で45点としました(60点以上で単位修得)。S評価(90-100点)やA評価(80-89点)を得るには、ほぼ毎回課題を提出した上で、最終課題で的確かつ独自性のある解答が必要です。採点よりもフィードバック動画作成を優先させるため、最終課題以外の課題では解答内容によって成績に差をつけることは基本的にしませんでした。それでも2割程度はしっかりと考えられた興味深い解答/回答でした。フィードバック動画で自分の解答/回答が取り上げられることが、講義へのモチベーションになったようです。

オンデマンドで受講生とのengagementをつくりだす工夫

 なお、完全オンデマンドでも受講生と教員の間でできるだけengagement(心理的なつながり)を作り出すため、受講生が任意で講義に関係しない気楽なコメントができる欄も設けました(成績には関係しない。講義に関する質問欄は別)。毎回、1割ぐらいの受講生が様々なコメントを寄せてくれ、フィードバック動画の最後で私がいくつか紹介し、コメントを返しました。私自身、思った以上にそれが楽しい作業であり、いつしか動画を作成する励みになっていました。また一部の学生からも、この部分が楽しみで毎週フィードバック動画を視聴していたというコメントがありました。
 ちなみに、学生の解答/回答やコメントをフィードバック動画で紹介するときには、学生が恥ずかしくならないように、学生自身が登録したペンネームで呼んでいました。結果的に、AMラジオのトーク番組のような雰囲気をつくることができたと思います。

図:フィードバック動画の一例。Netflix配信の韓国ドラマ「イカゲーム」が話題になり始めていた時期だったので、作中に登場する「ヨンヒちゃん人形」のアバターに扮して講義を行う筆者。

今後に向けて


 今後の課題を述べてこのエッセイを終えたいと思います。
 残念ながら、私はデジタル教科書ならではの使い方にはまだ習熟できていません。理由としては、(1)動画作成を含め反転学習的オンデマンド講義に慣れることを優先したかった、(2)デジタル教科書の受講生プレビューを教員が確認する方法がわからなかったためです。しかし、この2年間で遠隔授業にも慣れてきましたし、また、受講生プレビューの確認も碩学舎と販路である大学生協に事前相談すれば可能と後日わかりました。
 そこで、2022年度からはデジタル教科書内の機能も使っていきたいと思っています。デジタル教科書の機能を使うと学生のログデータを得ることができるため(例えば、どの時間帯に課題に取り組んでいる受講生が多いか)、講義改善にさらに役立つのではと期待しています。
 コロナ禍を機に始まった遠隔授業ですが、これを奇貨として、今後も学生と楽しみながら授業の質を高めていきたいと思います。


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