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東京ネロ戦記⑫ダンサーインザダーク

突然全てが闇の中に落ちた。
ドームの電源が一斉に落ち、全ての電気系統にエラーが出て、カメラも防犯センサーも機能停止となった。

「非常用電源に切り替わるまでだ。
多分3分もない。」

タイコはそう言った倫太郎の声を思い出していた。

3分もありゃ充分だろ。

タイコの目は既に闇になれていた。
ドームの正面入口へは階段で上がる道しかない。警戒度は高いだろう。
少し遠回りになるが、地下の倉庫らしき施設から忍び込む。

タイコは冷徹な職業人に戻っていた。無駄のない動きで周りを警戒しながら確実に進む。タイコは静かに笑っていた。正直に告白するとタイコは愉快だった。この先は、自分の全てを受け止めてくれる領域だと身体が理解していた。


ドームと倉庫を繋ぐ傾斜のある通路を進むと、マグライトの光が3本遠くに見える。

タイコは迷わず、そちらへ向かう。

3人の軍服が目視できる距離まで詰め、身をかがめる。タイコの方が闇に慣れていた分早く動けた。

1人目を後ろからナイフで首を切って倒し、2人目の腕をとり、後ろに捻じる。3人目が銃を向けるが既にタイコが投げたナイフが額に刺さっていた。

何語か分からないが、呪いの言葉を浴びながら、2人目の腕を折り、その頭を、腰に差していた鉈で切り落とす。

そして、その男達の死体から使えそうな銃や弾薬を奪う。

廊下の向こうから新手が来る。

タイコは、落ちた首を拾って、奪った手榴弾を口に突っ込み、向かってくる足音の方へ投げる。

脳漿と爆風が、辺りを破壊尽して、1人に致命傷を与えた。

タイコはまだ立っている他の男達に、両手に持った銃でありったけの弾丸をぶち込んだ。

銃のマガジンを替え、無残に散ったその死体を避け、上へと続く階段を上る。

上からは更に3人の兵が、一斉に
狭い階段の上からタイコに飛びかかる。

タイコはその衝撃になんとか耐えた。

3人分の体重を階下から負けずに押し返した。

そして、唸りとともに、距離をとり、
素早く銃で3人を葬る。

その3つの死体を越え、階段を昇り切る頃、腹に痛みが走った。

アドレナリンのせいで気づかなかったが、
さっきの体当たりのとき、ナイフで刺されたらしい。墓標のように2本ナイフが腹に刺さっていた。


この痛みもデータなのか、そもそも感情や痛みはデータで表せるのか。

そんなどうでもいいことを考えながら、先を進む。

ドアノブを掴もうとするが、掴めない。
タイコは自分の視界がぼやけていることに気づいた。

腹は血塗れだ。


もう一度ドアノブをしっかり掴んで廻す。


リングサイズの部屋に入ると、
その中央にオフィス様のデスクがあり、
その上に律子のPCが置かれてある 。


タイコはふらふらとその机に近づいて、
その手前で力尽きる。

うつ伏せに倒れたら、その背中に痛みが走る。

誰かに銃弾を撃たれている。

1発。2発。3発。
タイコは口から血を吐きながら振り向いて、
銃を放つ。

1発。2発。3発。
相手が倒れる。

辺りは急に静かになった。

タイコの口からは血の塊がゴボゴボと落ちてくる。肺を撃たれたのだろう。もう助からない。

タイコは自分の体温が下がっていくのを感じた。
散々殺してきたのだ。死に方としては別に悪くない。
特にやり残したこともないし、もうやりたいことも無い。


                                     *
   タイコは刑務所を出てから、数ヶ月間、先に出ていた仲間のところで暮らした。

タイコを刑務所で襲った朴哲の住んでいたマンションだった。

朴は、その後きっちりとタイコに半殺しにあい、その後タイコが刑務所の中でのし上がっていくのを真横で見ながら、タイコを神聖化し、いつしかタイコの一番の取り巻きになっていった。

タイコの面倒は塀の中でも嫌な顔一つせずやり、タイコが出所してからも、それは続いた。

 朴は、同じ年代の少年たちのグルーブに属しており、その連中ともタイコはよくつるんだ。

連中は、特殊詐欺を働き荒稼ぎをしていたが、タイコはその仕事には興味を示さなかった。ただ夜になると毎晩連中と飲み歩き、界隈でよく喧嘩をした。

タイコがメロ社の暗殺の仕事に就いたのも、元はそこに出入りしていた、ロシア人の斡旋があったからだ。

朴はタイコに毎日金を渡して、
タイコはそれを持って夜の街へ繰り出す。トラブルがあれば後処理を朴がする。

「テツ、お前切腹な」
と言ったら朴は喜んで腹を切っただろう。

朴は、タイコのその暴力の芸術性に魅せられた人間で、タイコが、トラブルに巻き込まれたときは、止めるのではなく、なるべくタイコが思うままに暴れて欲しいと願っていたし、その芸術的な暴力を間近で見続けたいと切望していた。

「あなたが死ぬ時は、俺も死にます。」

朴は酔っ払ったら、皆の前で必ずそう言った。そして誰もがそれが言葉のあやではなく、真実そのときは朴が笑顔で腹を切るところが容易に想像できた。
                                

                                   *
 タイコは息を引き取る間際、朴のその言葉を思い出した。朴はタイコにとって唯一の親友だった。

だが、タイコが息を引き取る間際に出た言葉は、母の名だった。




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