東京ネロ戦記⑤倫太郎
僕は途方に暮れていた。
ラマサミーがデータを持って帰った翌日から、あいつは仕事を1週間休んでいる。別に休みたかったら休んだって誰も文句は言えないし、誰だって休みたいときはある。
だけど、明日がユーザーテストだという日に休むのは有り得ない。
今までラマサミーにそんなことは無かったし、はっきり言って僕一人では準備が間に合わない。まだQRエンジニアへのテスト指示だって終わってないのに。
僕は午前中既に4通のメールをラマサミーに送り続けた。告白すると、この1週間で14通のメールを送った。最後の方はただの呪詛だ。
だが既読にすらならない。
ジェイクに相談に行ったら、
時間は充分に与えたつもりだと、有無を言わさずヘルプを断られた。
「明日テストだぞ。他に回せるわけないだろ」と、去り際に言われ、
そうだよ!僕もそう思うよ!と心の中で叫んだ。
ヒョングはそんな僕と目を合わせようとしない。
いいさ。やってやろうじゃないか。
と、キーボードに向かって8時間。僕の指と肩と目が限界を迎える中、
ジェイクがオフィス内で、大声でオーマイガーと叫んだ。
欧米だよ。といつもなら合いの手を入れるのだが、その日はもう何のリアクションも出来ず、ただひたすらキーボードを叩いていると、イントラネットに訃報が届いた。
(訃報)
残念なお知らせですが、当社の社員であったラマサミー・クマール氏の、突然の訃報を受け、深い悲しみに暮れております。
氏は、我々のチームで重要な役割を果たしており、その仕事への献身と優れたスキルにより、多くの同僚から尊敬されておりました。彼の突然の死は、私たち全員に大きな悲しみをもたらしております。
氏はヒンズー教徒であり、親族だけでの葬式が行われることとなります。死因については、遺族のプライバシーを尊重し、公表はいたしません。
彼の亡くなったことにより、私たちの会社は彼の貢献と記憶を永遠に大切にし、彼の家族と共に悲しみます。ご冥福をお祈り申し上げます。
葬儀の詳細については、遺族からの情報が入り次第、改めてお知らせいたします。
HR teamより/
おい、嘘だろ。
僕の困惑は完全に止まったキーボードで、皆が察知してくれた。
ヒョングとジェイクはすぐ僕の元に集まり、一緒に彼を悼んだ。ジェイクは僕の肩をさすってくれた。
「信じられないわ。あんなに元気だったのに。」ヒョングは鼻をすする。
「そうだよ、何かの冗談だよ。ラマサミーが今もうこの世にいないって?誰が信じられる?」
僕の声は意図せず上擦って、それがラマサミーの死を認めたみたいで辛くなった。
ジェイクは残念だ、と何度も繰り返した。
*
翌日の金曜日はあいにくの大雨。
僕は一晩かけてラマサミーの不在を認めて、憂鬱な気持ちでオフィスへ向かう。
テストの準備をアップロードしながら
ラマサミーの死因に思いを馳せる。
絶対に違うと誓えるが、自死の可能性もある。でも来月のフジロックのチケットを買っているやつが自殺するとは思えない。
持病の悪化だって有り得る。
あいつが持病を持ってるなんて聞いたことないけど。
心不全やくも膜下出血も捨てきれない。
だけど、ラマサミーはまだ28歳だ。そんなことってあるのだろうか?
だとしたら他にはなんだ?
あいつが普段と違ったこと。なんだ?考えろ。考えろ。
僕なら辿り着ける気がした。
頭を抱えること数分。
「あ、マンホールだ。」
ジェイクが僕をチラリと見るけど、作業は止めない。
僕は、確信めいたその考えを行動に移した。
メロ社のシステムの中で動くのは危ない。
XR(仮想現実)内なら、自分のPCで如何様にも動けるだろう。
僕は立ち上がり、自分のPCが入った鞄を持ち出し、オフィスを立ち去った。その背中にジェイクが何かを叫んでいた。
ファックと言う単語だけ聞き取れた。
雨の中、乃木坂を早足で歩き、目に付いたカフェに入った。
電源を入れるのももどかしく、マックを立ちあげると、例の、少し右にズレたマンホールのアイコンを探し、そのアカウントのDM機能を覗き、公開されていないことをまず確認した。
そして、そこから僕は僕の本領を発揮する。
まず、35分かけて7つのファイヤーウォールを突破し、44個のプロクシーサーバーを経由させた後、XR内に入り、自分で仕掛けておいた13個のバイパスを経由し、開発者階層へ飛び、20分で3つのアンリアルエンジンを書き換え、計70分でメロ社の開発者用のユーティリティパスポートを手に入れた。
「よし、これで会社のシステムと同じことが出来るぞ。」
僕はその時初めてコーヒーを頼んでないことに気づいて、バツの悪い顔でレジに並んだ。
並んでいる間に頭を整理する。
多分ラマサミーは、アイコンにかかっていたセキュリティを突破するために、自宅で作業をした。それが理由で何かが身に起きた。
だが、さっきあのアカウントを覗いた時、セキュリティは解除されていなかった。
つまり、ラマサミーはセキュリティを突破出来なかった。
ならば、なぜ彼だけが狙われたのか。あのアイコンデータをいじったのはそもそも僕だ。こう言い換えよう。
なぜ僕はまだ大丈夫なのか?
つまり僕はまだトリガーを引いてないということだ。あのときラマサミーは自分のPCへデータを送った。恐らくデータ保存したことが鍵なんだ。データを保存するという行為こそがトリガーで、誰かに報せが行くようにプログラムが組まれていたのだろう。
誰かって誰だ。多分メロ社だ。
だが、やはり疑問点が残る。
メロ社がデータ保存しただけで、ラマサミーを抹殺する?
一体あのアイコンの先に何があると言うんだ。
僕はもう一度PCの前に座りなおし、そのアイコンを眺め続けた。そして何気なくそのプロパティを調べてみると、そのデータ量に愕然とした。
64.2ゼタバイトだって!?
それは、地球一個分のデータと同じ量だった。
続
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