続・時代劇レヴュー㉞:宮本武蔵(1984~1985年)

タイトル:宮本武蔵

放送時期:1984年4月~1985年3月(全四十五回)

放送局など:NHK

主演(役名):役所広司(宮本武蔵)

原作:吉川英治

脚本:杉山義法


NHKの所謂「大河ドラマ」が一時的に現代劇路線に移行した時期に、旧来の大河ドラマファンを取り込む目的で製作された「新大型時代劇」の第一弾で、原作は吉川英治の代表作と言うべき同名小説である。

吉川英治の『宮本武蔵』は、それ以前にも度々映像化されていた人気作であるが、本作は全四十五回という長い時間をかけて放送されただけに、単発作品などでは省略されがちなエピソードも網羅しており、2020年12月現在、おそらく原作に最も忠実な映像化作品である(2003年の大河ドラマ「MUSASI」も、吉川英治『宮本武蔵』を原作としており、放送回数はそちらの方が多いが、同作は原作のラストエピソードである巌流島の決闘以降にも話数を割いており、原作に忠実な映像化という点では本作に及ばない)。

特に、多くの映像作品が省略する傾向にある、原作中盤の「木曽編」や「江戸編」についてもかなりの話数が割かれている。

そのため、現在に至るまで東映製作の「宮本武蔵」五部作(中村錦之助主演、「続・時代劇レヴュー③」参照)と並んで、吉川『宮本武蔵』映像化の決定版と押す声も多い。

とはいえ、単に原作に忠実なだけではなく、脚本を担当する杉山義法の個性がかなり作品に反映されており、特に武蔵が「たけぞう」から「むさし」の名乗りに改めるまでの展開が原作の分量に比して異様に長く(これは、武蔵の青春編をじっくり描きたいという杉山自身の意図によるものであるが)、また原作とは異なる設定になっている人物や(例えば、佐々木小次郎の恋人であるお光が、原作では小野忠明の姪であるが、本作では小幡景憲の娘と言う設定に変わっている)、柳生宗矩のように原作以上に登場シーンが多い人物もいる(杉山は個人的に宗矩が好きらしく、また彼が脚本を担当した1971年の大河ドラマで、宗矩を主人公にした『春の坂道』の映像が当時全く失われていたことが影響していたらしい)。

個人的な印象を言えば、こうした杉山によるオリジナルの脚色は、成功している所もある反面、原作の良さを損なっている所もある気がする。

杉山は確かに原作小説にオリジナルのアレンジを加えるのが得意であり、例えば、1992年の日本テレビ年末時代劇「風林火山」(井上靖原作、「続・時代劇レヴュー⑨」参照)では、それがうまく作用していたが、『風林火山』のような元々短い作品を原作にしている場合と異なり、吉川『宮本武蔵』は原作の分量がかなりあるため、杉山がアレンジを加えたことで却って原作にあったエピソードが省略・改変されてしまうと言う妙なちぐはぐが起こっており、中には「原作を変えない方が良かったのでは」と思える箇所もある。

個人的に引っかかったのは、杉山なりの意図があったにせよ、武蔵の青春編と巌流島の決闘に至るまでの話に飽きるほど時間を割く割に、三十三間堂の決闘や一乗寺下り松の決闘、あるいは般若坂の決闘などは意外とあっさりとしていると言うバランスの悪さであったり、後はこれは他の映像作品でも見られるが、柳生石舟斎と武蔵が対面するシーンがある点などである(これに関しては完全に私の好みなのであるが、原作通り石舟斎が武蔵に会わない方が良いと思う)。

とは言え、流石にヴェテランの杉山義法だけに、全体的に見た場合は作品としての精度は高く、最後まで見る側を飽きさせない作りになっていた。

キャストの印象を述べれば、まず主役の武蔵を演じる役所広司は、役所自身のフレッシュさの影響もあって(本作は、1983年の大河ドラマ「徳川家康」で織田信長役を演じたことで、当時まだ無名であった役所広司の人気・知名度が一気に上がった直後の作品である)、荒くれ者の「たけぞう」から剣豪「武蔵」に成長していく姿がよくマッチしていた。

そのせいか、本作の武蔵は、他の作品が「たけぞう」から「むさし」への変化を機に、がらっと求道者的なキャラクタに変わるのに比して、最後までどこか未熟な部分を残す「悩める武蔵」の印象があった。

ライヴァルの佐々木小次郎演じる中康次も、当時まだ知名度が低い中で準主人公的な役どころへの大抜擢であったが、こちらも「冷たい二枚目」である小次郎がかなりはまっており、中自身が非常に長身なこともあって存在感のある小次郎であった(個人的には、過去に小次郎を演じた俳優の中でも村上弘明に次ぐはまりぶりだったと思う)。

本作では小次郎の恋愛エピソードにも比較的力が入れられていて(と言うか、原作では小次郎は美男子と言う設定の割に、あまり女性との色恋のエピソードが出てこないので、他の映像作品でも小次郎の恋愛エピソードは創作が多い)、原作以上に小次郎の妻・お光の役割が大きくなっていた。

お光を演じた小林麻美は、独特の雰囲気のある美人で、個人的には本作に登場する女優陣の中では一番魅力的である。

ヒロイン・お通を演じたのは若かりし頃の古手川祐子で、原作通りの可憐なお通を違和感なく演じているとは思うが、どうも後年時代劇で気性の激しい役を演じることの多い彼女のイメージが先行してしまい、個人的には何となく馴染めなかった(これは全く私の責任であり、古手川自身の演技が悪いわけでは決してないが)。

その他の主要登場人物も、池上季実子演じる朱美や、河原崎建三演じる祇園藤次など、原作のイメージに適している配役が多く、キャスティングについては総じてうまい。

ただ、演じる鈴木光枝のキャラクタのせいか、杉山の意図かわからないが、お杉婆だけは原作よりも若干憎たらしさがマイルドになっており、ちょっと憎めない部分が付加されているようにも思えた(なお、本作における終盤でのお杉の扱いは、原作とは大きく異なるアレンジがなされている)。

沢庵役の津川雅彦、柳生石舟斎役の西村晃、本阿弥光悦役の石坂浩二、柳生宗矩役の竹脇無我、長岡佐渡役の田村高廣、平田無二斎役の丹波哲郎など、要所要所で登場し、武蔵の人生に影響を与える人物に、豪華な配役を当てているのも非常に良い(無二斎だけは原作にはほとんど登場しないキャラクタ。なお、本作での長岡佐渡は原作よりもだいぶ老獪さのある人物に描かれていた)。

個人的に強く印象に残ったのは奥田瑛二演じる又八で、原作以上に本作では又八が「クズ」に描かれているが、奥田瑛二は「クズ」を演じさせると抜群にうまく、本当に見ていて腹が立つようであった(笑)。

細かい部分では不満もあるが、原作を網羅的に映像化した作品と言う点では評価が高いし、作品としての精度も高く、原作ファンであれば一見の価値のある作品と言える。


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