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9.2.6 宮廷文化 世界史の教科書を最初から最後まで

17〜18世紀のヨーロッパ文化は、各国君主の統一的支配強化を背景として、彼らのすごさを見せびらかすための、”ゴージャス“な美術・建築が流行した。


バロック様式の建築・美術

まず、17世紀のイタリア、スペインやフランスでは、バロック美術が栄える。バロックとは「ゆがんだ真珠」つまり「出来損ないの真珠」という意味で、もともとは悪口だ。ゴシック様式も「ゴート族のように野蛮な」という意味だったよね。様式の名称というのは、もとをたどると悪口であることが多いんだ。


バロック様式の建築は豪華でぐにゃぐにゃ!


一般的に建築におけるバロック様式はルネサンスとの対比から、次のように定義される。

「平面的かつ明瞭なルネッサンスにたいして、奥行きや深みがあるもの、不明瞭なもの」
「閉ざされた形式のルネッサンスにたいして、開放的な形式」

五十嵐太郎『現代建築に関する16章』講談社現代新書、2006年、26頁。

たとえば◯であれば、まんまるではなく、楕円になる。
こんなふうにね。

サン・カルロ・アッレ・クアットロ・フォンターネ聖堂の天上ドーム
「円形の中心はひとつですが、楕円は作図するときに焦点が二つ必要です。二つの焦点からの距離の合計がつねに一定になる点をたどると楕円になるからです。これは中心が分裂した状態だと解釈できます。当時の世界観でも、ヨーロッパだけの世界に、新大陸が発見されて、もうひとつの極が発見されています。ヨーロッパ中心だったものが、旧大陸と新大陸という二つの極に分裂する、といった世界観の変化とも対応している。」(五十嵐太郎『現代建築に関する16章』講談社現代新書、2006年、28頁)。

建物の形もぐにゃっと波打つ。


サン・カルロ・アッレ・クアットロ・フォンターネ聖堂の正面(ファサード)



スケールの大きく豪華な装飾がポイントで、宗教改革によって権威のダウンしたローマ=カトリック教会が「すごさ」を見せつけるために壮大な建築物をつくりだしている。

この時期のローマでは、教皇の指示により、ベルニーニ(1598〜1680年)をはじめとするアーティストによってさまざまなアート作品が制作されている。

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四大河の噴水

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サン=ピエトロ大聖堂の天蓋




このスタイルは、フランス王国のヴェルサイユ宮殿にも用いられた。
最盛期の国王ルイ14世が本格的に建てさせたもので、「鏡の間」はその後幾度となく歴史の重要な舞台ともなった。

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ドイツ皇帝の即位式(1871年)

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ヴェルサイユ条約の調印式(1919年)


なお、バロック建築によく見られる凹凸の組合せは、それまで内側にあった空間が外側に飛び出ているものとも考えられる。これまでの建築様式は、中のものは中で完結するつくりになっていたけれど、バロック建築には、建築の外側にある何もない空間も、広い意味での建築の対象と見なすところがあるのだ。
そういうところから、バロック建築はしばしば広場や都市も、デザインの対象となっていく(バロック都市)。



バロック様式の美術はダイナミック!


強大な王権や教会をパトロン(支援者)とするバロック様式は、絵の分野にもはっきりとした影響を与えている。


・躍動感があり、描かれる人物の動きが流動的(ダイナミック)
・明暗の対比がハッキリしている(コントラスト)
・宗教画だけでなく、ギリシア神話や聖人も題材になる。
・王侯貴族・教会の肖像画が多い




ネーデルラント生まれでフランドル派のルーベンス(1577〜1640年)、

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その門弟ファン=ダイク(ヴァン=ダイク、1599〜1640年。英王チャールズ1世の宮廷画家だった)は、ともにヨーロッパ各地の王侯貴族をパトロンにして国際的に活躍した。

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ほかに、スペインのエル=グレコ(1541〜1614年。フェリペ2世に仕えた)、

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ベラスケス(1599〜1660年)、

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ムリーリョ(1617〜1682年)らは、

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スペインのハプスブルク家につかえ、数々の肖像画や宗教画を残した。



文学

一方、ルイ14世時代のフランスで好まれたのは、バロック様式のように豪華で反正統派の演劇ではなく、古代ギリシアやローマのスタイルを踏襲した格調高い古典的な演劇だ。
悲劇作家コルネイユ(1606〜84年)、ラシーヌ(1639〜99年)、喜劇作家のモリエール(1622〜73年)が有名。
古典主義(規則と調和の重視)と呼ばれ、型どおりの“正統派”のシナリオが「良い演劇」とされたのだ。


フランス王国ルイ14世の宰相をつとめたリシュリュー(1585〜1642年)は、フランス語(国語)の統一と洗練に務めたことでも知られ、結果的にフランス語はヨーロッパ諸国の上流階級の共通語になっていった。



ロココ様式の美術・建築


一方、18世紀になるとバロック美術よりも、繊細で優美なロココ美術の人気が高まっていく。

・貴族階級によるを優先する価値観を反映している
・軽やかで優美な装飾が特徴


王侯貴族だけでなく、ビジネスに成功した上層の市民にもパトロン層が拡大。

テーマも宗教画よりも、フランスのワトー(ヴァトー)の《シテール島の宴》のように、田園風景の中で男女たちがラブラブデートをしているようなテーマが好まれるようになっていく。

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また、17世紀のオランダでは「風景」の部分も注目されるようになり、「風景画」として独立ジャンルを形作っていくようにもなるよ。

また、フラゴナール(1732〜1806年)の《ぶらんこ》には、注文主の浮わついた感じがよくにじみ出ているね。



建築分野としてはプロイセン王国のフリードリヒ2世が、現在のドイツの首都ベルリンの郊外にあるポツダムに建てたサン=スーシ宮殿がロココ様式の代表だ。


音楽のトレンド

17〜18世紀にかけての音楽のトレンドも見てみよう。

まず、17世紀初め〜18世紀半ばまでは「バロック音楽」の時代として区分されることが一般的だ。
メロディーの作り方は「対位法」が基本。
ざっくり言うと「主旋律」(メインのメロディー)の背景に「和音」があるというスタイルではなく、すべてのメロディーが“主人公”とする音楽の作り方だ。

ヨハン=セバスティアン=バッハ(1685〜1750年)、

ヘンデル(1685〜1759年)が、

王侯貴族をパトロン(支援者)にして活躍した。

18世紀前半から19世紀前半までのトレンドは「古典派音楽」とされるのが一般的だ。
対位法を発展させ「和声法」にもとづくメロディーが確立された。
バッハとモーツァルトを聴き比べてみれば、「主旋律」が、その背景の和音の流れによって引き立てられるような音楽の作りになっているのが、わかるはずだ。

破天荒な私生活で知られるモーツァルト(1756〜91年)が代表的なアーティストだ。

たとえば「J-POP」というカテゴリーで音楽のジャンルをくくることができないのと同じように、「◯◯音楽」というカテゴリーも万能なものではないことには注意しておこう。

このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊