ゼロからはじめる世界史のまとめ㉑ 1870年~1920年の世界
今回は1870年~1920年の世界を見ていきましょう。
日本では明治時代から大正時代にかけての時代。
世界ではヨーロッパ諸国やアメリカが、イギリスを筆頭にこぞって植民地を増やそうとしています。
ヨーロッパ諸国やアメリカが本格的に植民地を拡大していく時代
―この時代は「帝国主義」の時代と呼ばれる。
帝国主義? 「帝国」って昔からありましたよね。広い国、たくさんの民族を支配している大きな国ってことで。
―たしかにそういう国は昔からあったんだけど、この時代の「帝国」の中身はそれとは違う。
まず、本拠地となる国がかなりガッチリと統一されているんだ。
たとえばイギリスだったら、「イギリスの国民」としての意識がかなり強い。
フランスだったら「フランスの国民」として一丸となっている。
さらに、そういった国では機械を使った「ものづくり」が発展し、その原材料と売り場が、国内だけでは足りない状態になっている。
機械の動力は、石炭を燃やして蒸気を発生させることで生み出すんでしたっけ。
―そうそう。
でも、この時代にはさらなる発明が進む。
石油を頑丈な筒のなかで燃やすことで動力を生み出す技術が発明されたんだ(注:内燃機関)。
さらに電気を動力に変える仕組みも発明されているよ。
科学の発達が、「便利な世の中」のためにすぐさま応用されていく時代になっているわけだ。
ついに石油と電気の時代がやって来たんですね! でも、石油を掘るのも、電気をつくるのも、施設をつくるのには莫大なお金がかかりそうですよね。
―そうだよね。
1億円投資して失敗でもしたら、それこそシャレにならない。
つまり、「普通の個人」がビジネスできる規模を、はるかに超えてしまっている。
でも、仮に成功すれば莫大な富を築くことができる。
そんなビジネスに手を出せるのは、お金が余って余って仕方がないくらいの大金持ちくらいだよね。
そんな人っているんですか?
―たとえば、余ったお金を貸して「利子」をとることで「もうけ」を出している銀行の経営者たちだ。
そういう人たちが、個人としてではなく会社として、「もうかりそうだけど、お金がものすごくかかる」ビジネスに投資をしていったわけだ(注:金融資本)。
個人として全額お金つっこんで失敗したら、立ち直れないからね。
そのためには資源も必要だし、つくったものを売る場所も必要だから、出資した人たちは政治家たちにお願いをする(注:ロビイスト)。
「自由に資源を取ったり、物を売ったりできる場所が国外にあったらうれしいんだけれど…」
政治家も票がほしいわけだし、「もうけ」が出たときの「お礼」も期待して彼らの協力をしていくことになるよ。
うわ…これって国がビジネスするために戦争することになりませんか?
―その通り。
これをいろんな国が同時にやるんだ。
みんな自分の国のことを一番に考えているから「衝突」も起きる。
当時のルールは基本的に「早いもの勝ち」(注:先占)
弱肉強食の世界だ。
どの地域がターゲットになったんですか?
―まずはアフリカだ。さらに、アジア。オセアニアの島々もだ。
この「とりあい」がエスカレートしていった結果、2つのチームに分かれた大戦争がはじまる。これが第一次世界大戦だ。
すぐに勝てると思っていたドイツチーム(注:同盟国)は、フランス・イギリス・ロシア連合(注:連合国)の「挟み撃ち」にあう形になり絶体絶命のピンチに立たされる。
でも、科学の進歩によって殺傷能力の高い新兵器(注:潜水艦、飛行機、毒ガス、戦車)が続々と改良・開発された結果、人はどんどん死んでいくのに、なかなか決着がつかずに4年の歳月が流れた…(アメリカの映画人チャップリンも第一次世界大戦の状況を映画で風刺している)。
一体、どのくらいの犠牲者が出たんですか?
―一説にはなんと、1000万人だ!(諸説あり)
1000万人!?
―当然、戦争なんて「イヤだ」と言う人も出てくる。
ロシアではその動きが、「皇帝と経営者を倒そう!」という革命運動に発展した。
国づくりをめぐって、次第に過激な労働者グループの発言力がアップし、史上初めて労働者が指導者となる国が生まれるよ。
彼らは戦争から「いち抜けた!」と言って、ドイツと仲直り。
そして世界中にこう呼びかけた。
「もう「帝国主義」の時代はおしまいだ。これからは、支配を受けていた民族たちが立ち上がる番だ! われわれとともに「お金持ち」(経営者)とベッタリの政治家を倒し、平等な世界、国のない理想の世界をつくろうじゃないか!」
共感する人が多そうですね。とくにアジアやアフリカで。
―でしょ。
それを警戒したのがアメリカ合衆国だ。
アメリカはすでにイギリスを抜き、世界第一位の工業国にのし上がっていた。
まさに「経営者だましい」あふれる国だ。
ロシアのような労働者ランドが世界中に広まってしまっては「商売上がったり」だ。
そこでアメリカの大統領は決断した。
「もう「ヨーロッパ」の時代はおしまいだ。まず戦争を終わらせて、アメリカ主導の新しい世界をつくる番だ! そのために、国を持てないでいる民族を独立させてあげようじゃないか。 植民地なんて時代おくれなのだ!」
こちらもやっぱり「すごーい!」と共感する人が多そうですね(笑)
―アメリカ合衆国 vs 労働者が政権をとったロシア の対決が始まったわけだね。
でも、いきなりイギリスの天下が崩れたわけれはない。
物の流れ、世界標準時、郵便制度、英語。イギリスが生み出した仕組みが、イギリスの軍事力を背景に世界のあらゆる分野を支配し続けているよ。
アジアの国々では、商人たちがイギリスの張り巡らせた貿易のルールやネットワークを利用して、順調に発展していっている。
でも、最新の科学技術が生み出した地獄のような戦争を目の当たりにして、ヨーロッパ内外からヨーロッパの文明にたいする「疑いの目」も芽生えている。アジア、やアフリカでは、ヨーロッパの植民地から独立しようとする運動も、次第に盛り上がっていくことになるよ。
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◆1870年~1920年のアメリカ
この時代のアメリカはどんな感じですか?
―アメリカでは伝統的に、新しいことにどんどん挑戦してみようというムードがあった。「フロンティア・スピリッツ」ってやつだね。
この時代には、大きな会社が巨大な工場をつくってお金儲けするようになるよ。なかには大富豪も現れる。
会社の規模が大きくなるに従って、労働者の数も増えていった。
力仕事ですか?
―ううん。会社が大きくなると書類仕事が増えるよね。だから事務職に就く人が増えるんだ。
それに物を売り込むための営業職も大切になっていく。
オフィスで働く人のことを「ホワイトカラー」というよ。
つまり、物を直接つくるのではなく、物を売るための工夫をする人が増えていくわけだ。
こういう人たちは給料的にも優遇されたから、労働者の平均給与は上がっていった。給料をそこそこもらっている人のことを中産層というけど、アメリカではこの中産層の比率が増えていくんだ。
じゃあ力仕事はだれがやるんですか?
―ヨーロッパやアジアから受け入れた大量の移民たちだ。
でも、「新入り」が増えると、「古株」の住民との対立が深まる。
特に中国人移民を追い出せ!という運動が高まり、この時代に移住が禁止されている。
アメリカって意外と 「保守的」なんですね。
―内向きだよね。
ただ、この時代にはインディアンが絶滅し、アメリカは西の太平洋と南のカリブ海への拡大を目指すようになった。
石油や電気関連の大企業が巨大化し、投資先や売り場を求めたからだ。
でも、会社のスケールが大きくなればなるほど、「ブラック企業」も増える。
当時の政府は労働者を守ることに消極的だったからだ。
どうしてですか?
―民間のことは民間にまかせておく。ほうっておけばどうにかなる。
それが「自由の国だ」と考えられていたからだ。
でも、どうにもならなかった。
労働者の経営者に対する抗議運動も増えていき、社会が混乱した。
そこで大統領の中には、労働者の側に立って企業の不正を規制しようとする人も現れるよ。
中央アメリカやカリブ海の島々、南アメリカはどうなっていますか?
―イギリスに代わってアメリカ合衆国の進出が強まっているよ。
アメリカ合衆国は、すぐ南側のカリブ海をまるで「裏庭のプール」のように独占しようとした(注:カリブ海政策)。もともと領土を持っていたスペインを追い出すために戦争まで仕掛けているよ(注:米西戦争)。
また、有刺鉄線と冷凍船の発明により、この地域はますますヨーロッパに利用される立場となっていく。
「有刺鉄線」と「冷凍船」ってどういうことですか?
―有刺鉄線は牧場の柵(さく)に使う。トゲがあるから、少ない人数でたくさんの牛を管理することが可能になる。
冷凍船は、そこで育てた牛をお肉にしてヨーロッパに送るのに使われた。
これによって、新鮮な肉が大量にヨーロッパ人のおなかに届けられることになったわけだ。
ヨーロッパに運ばれたのは牛肉だけですか?
―ほかには、小麦、コーヒー、砂糖、綿、天然ゴム(→自動車のタイヤのために引っ張りだこ!)、硝石(→肥料や火薬の原料!)、銅、石油、銀などが運ばれたよ。
資源をヨーロッパに運び出すのに協力すれば莫大な利益が得られる。だから、その利益を自分のものにしようとして、力の強い人が政治家になることが多くなっていくよ。
力ずくで政治のトップに立った人たちは、イギリスやアメリカをバックに付け、国内の人たちの言うことを聞かせようとした。しかし、しだいに国内でも労働者や先住民の反感も高まっていくことになる。
中央アメリカではどんな人が政治家に上り詰めていったんですか?
―イギリスやアメリカと協力して、国内のお金になる資源を輸出して荒稼ぎした人が多いね。
イギリスやアメリカにとっては、国内をまとめることのできる力をもっている人のほうが、安心してビジネスができるからね。まさに「飼い犬」だ。
国内に反対グループはなかったんですか?
―さすがに反対意見も出てくるよ。
代表例はメキシコだ。
外国の力をバックにいばっていた大統領を、反対グループが追放したんだ。
でも、敵がいる間は一致団結していても、敵がいなくなると意見は割れるもの。
結局、「これ以上の改革はやめるべきだ」というグループと「もっともっと改革をするべきだ」というグループに分かれて仲間割れが始まってしまった。
農民の味方についた政治家もいたよ。
結局、「土地をみんなにあげる政策」(土地改革)を含む、弱い者を守る内容の憲法がつくられて、決着がつくことになった。
みんなが納得する着地点をみつけるのって、難しいね。
ほかの地域ではどうですか?
―アメリカ合衆国がパナマに運河(下の地図)を建設しようとしているよ。
パナマは、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸をつなぐ細いエリアに位置する。
もしここを船で通ることができれば、アメリカはニューヨークから船に乗ったまま太平洋のハワイに行くことができるようになる。
この大西洋と太平洋をつなぐ重要ポイントであるパナマを、アメリカ合衆国は喉から手が出るほど欲しがったんだ。
でも当時のパナマはコロンビアの領土の一部。
アメリカ合衆国はコロンビアから力ずくでパナマを独立させて、船の通れる水路(パナマ運河)の建設を始めるよ。
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◆1870年~1920年のオセアニア
―この時代の植民地の「取り合い」合戦は、オセアニアの島々にもおよぶよ。
どうしてオセアニアなんかに? 小さい島ばかりじゃないですか。
―アメリカにとってら、巨大な“売り場”である中国に行く「途中」に位置するよね。
当時は「海を制する国が世界を制する」という時代。
イギリスもフランスもできるかぎりたくさんの拠点を海に置こうと必死なんだ。
ひと足はやくイギリスの植民地となったオーストラリアやニュージーランドはどうなっていますか?
―先住民がほとんどやられてしまって、白人の天下だ。
身分にとらわれない社会が建設されていった結果、自由な気風にあふれている。
自治が認められているけど、あくまでイギリスグループの一員というポジションだ。
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◆1870年~1920年の中央ユーラシア
―中央ユーラシアの草原地帯はどうなっていますか?
南に拡大しようとするロシアと、沿岸部に来ないようにブロックするイギリスのせめぎ合いが続いている。
でもユーラシア大陸は広大だ。
完全に防ぐことはできない。
そんな中、中国では皇帝が倒され、中華民国という皇帝のいない国が建設された。するとモンゴル人たちの中には中国の支配から独立する人たちも現れた。
チベットでも独立宣言が出されている。こちらはヨーロッパ諸国によってスルーされてしまったけどね。
内陸の砂漠地帯はどうですか?
―ここには伝統的にトルコ系の言葉を話すイスラーム教徒がいたよね。
彼らの王国は混乱の中、次々にロシアによって飲み込まれてしまっていた。
彼らは中国の皇帝が倒された時点で独立を宣言したけど、結局は漢人の軍人によって支配されることになっているよ。
あれだけ強かった遊牧民の勇姿は、見る影もありませんね・・・
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◆1870年~1920年のアジア
◇1870年~1920年のアジア 東アジア
東アジアにもヨーロッパ諸国やアメリカは進出を進めていますね?
―進出が激しくなっている。
ヨーロッパは、「科学技術」と「国民の結束」と「産業の発展」を武器に、東アジアに押し寄せてきたんだ。
日本では、九州や四国の勢力が中心となって、天皇を「君主」にしてドイツを見習った「ヨーロッパ型の国」を急いでつくることに、まがりなりにも成功した。
じゃあ、アジアの国々にとっては、日本のやり方が「目標」になりそうですね。
―そうだね、どうすれば日本みたいに急速に「ヨーロッパ化」できるのか、各国で話題となったんだ。
でも、なんでもかんでも完全にヨーロッパみたい国を変えるのには、どの国でも「抵抗」があったわけだ。
日本の場合は、あたかも昔からそれが「伝統」であったかのように、うま~くいろんなことを変えていったわけだけど、たとえば中国ではそれがスムーズにはいかなかった。
ヨーロッパ風の軍隊や教育を導入しようとしたけど、「肝心なところ」には手がなかなかつけられなかったんだ。
「肝心なところ」?
―神様のような皇帝をトップとする、国のあり方だ。
ヨーロッパでは、国を運営するメンバーに国民も参加させていき、「一体感」を高める工夫をしていった。
「気まぐれ」で政治が動かないように、国の「取扱説明書」となる憲法をつくり、支配者が「できること」と「できないこと」をしっかり明記した。
そうすれば国が不安定になりにくいので、経済も安定する。
こうした新しい形の“正義”は、ヨーロッパで起こった数々の革命の中で積み上げられていった価値観だ。
「ヨーロッパ化」に成功した日本は、その後どうなっていくのですか?
―ユーラシア大陸への進出をねらうよ。
まず、「中国との戦争」に勝って朝鮮を独立させ、さらに「ロシアとの戦い」にも勝って、朝鮮半島の植民地化に成功した。
どうしてロシアに勝つことができたんですか?
―もちろん今までの「ヨーロッパ化」の成果ではあるけれど、イギリスとアメリカ合衆国が「バックアップ」してくれたことが大きいね。
同じ時期にイギリスは南アフリカでの戦争で忙しかったし、アメリカもそんな遠いところで戦争するのは大変だ。だけどロシアが南下してくるのも困る。
だから、イギリスは日本と同盟を結んで、「ロシアは頼む」と日本にまかせたんだ。
なるほど、でもその後のロシアは日本と「仲直り」していますね。
―イギリスにとってはロシアよりも、ドイツが急拡大するのを止めたかったんだ。
だから、イギリスはロシアと仲直り。だから日本もそれに従った。
だけど、日本とイギリスとの同盟はそのまま残った。
そこで、ヨーロッパで「大戦争」がはじまると、日本はイギリス側について、中国にあったドイツの基地を占領し、中国に進出するための「足がかり」としているよ。
ちなみに中国はどうなっちゃっているんですか?
日本に負けた後の中国は、次々にイギリス、フランス、ロシア、ドイツ、日本によって領土をもぎ取られている。
中国は、特定の場所を長期間、外国に「レンタル」することを認めたり、特定のエリアでビジネスや政治的な口出しができる権利を外国に与えたりしたんだ。
賠償金で手一杯になっていった中国の皇帝にはむかう勢力も、外国人留学生やビジネスマンの間に生まれていった。そもそも中国の皇帝は北のほうの女直人という少数派だ。「漢人の皇帝を復活させて、ヨーロッパに立ち向かおう!」という運動が起きたわけだ。
ほどなくして中国各地で反乱が起き、軍隊にも裏切られた中国の皇帝は退位し、2000年以上にわたる皇帝の歴史はあっけなく幕を閉じた。
最後の皇帝はそのまま王宮に残ることが許された。Photo by Tom Winckels on Unsplash
じゃあこれで中国もヨーロッパに立ち向かえますね!
―そうはいかないんだ・・・。
中国にはすでにヨーロッパや日本の勢力が進出している(地図:中国分割)。
せっかく手にした権利を手放したくないわけだよね。
だから、「統一した国」があるよりは「バラバラになっている状態」のほうが都合がいいわけだ。
というわけで結局、皇帝を倒した指導者の思惑に反し、軍人の“子分”たち(注:軍閥)が各地を牛耳り、外国と手を結ぶ「バラバラ状態」となってしまったよ。
なんだかもったいないですね・・・。
―皇帝を倒したグループのリーダーは、外国に身を潜め、再起を狙っている。
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◇1870年~1920年のアジア 東南アジア
―東南アジアは、ほとんどの範囲がヨーロッパ諸国の植民地になっている。
住民たちを直接支配し、そこにあった資源を運びだしていった。
でも、反発は起きなかったんですか?
―うまくやらないと起きるよね。
だからまずはじめは、もともとの支配層を「ひいき」するやり方をとったんだ。支配者の息子をヨーロッパに留学させてあげて、帰国したら現地の役所で高いポストを与える。そうすることで満足させようとした。
直接、全員を支配するよりも効率がよさそうですね。
―でしょ。
でも、ヨーロッパの学問を学んだエリートたちの中には「その手にはのらない。ヨーロッパの支配から独立するんだ!」という人たちも現れるよ。
ヨーロッパにとってみれば飼い犬に手を噛まれる形だ。
ただ、独立するにしても「どの範囲の人でまとまるのか?」というのは、考えても難しい問題だよね。
植民地の境界線はヨーロッパ人がかってに引いたものだから。
それに、東南アジアにはたくさんの中国人もいるよね。
彼らのほとんどが商人で、日本や中国、インドをまたにかけて商売をしている。
「一体感」を高めるにはまずは「国語」づくりからというわけで、各地で言葉の統一運動も起きていく。なかなか難しいわけだけどね。
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◇1870年~1920年のアジア 西アジア
オスマン帝国って、まだ有るんですか?
―ぎりぎり息をしているよ。
ヨーロッパから借りた資金が莫大な借金となってのしかかり、よろよろ状態だ。
それを見た皇帝につかえた官僚が、「皇帝・・・もはや「核心部分」に手をつけなければなりません・・・」と判断。
皇帝はそれを飲んで、ヨーロッパ風の国づくりを始めることを決意。
憲法まで定めた。
でもそんな中、ロシアとの戦争が始まってしまう。
皇帝はこれを理由に憲法を停止。
戦争には敗北。
ヨーロッパ側の領土の多くを失った。
「もう皇帝にはまかせておけない」と若手の軍人が反乱を起こし、「ヨーロッパ風」の国づくりをはじめたものの、時すでに遅し。
パートナーとしてドイツを選んだことが、最悪の選択となる。
オスマン帝国は「世界大戦」の敗戦国になってしまったんですね?
―その通り。
戦争中にはアラブ人の反乱も起き、国家分裂の危機に立たされている。
アラビア半島では、今のサウジアラビアにつながる国づくりも活発化しているよ。
さまざまな民族をゆる~く抱え込んだオスマン帝国の支配方式は、「ひとつの国にはひとつの民族」というヨーロッパ風の国づくりの影響を前に、急速に崩れていくことになったんだ。
いろんな民族が「自分たちの国をつくりたい!」と主張し、そこにヨーロッパ諸国が介入してつけ込んだことが、「世界大戦」の原因でもあるよ。
イランはどうですか?
―イランも同様に、イギリスとロシアの板挟みの進出にあって苦しい状況だ。
「イスラーム教徒みんな」で団結して、ヨーロッパに立ち向かおうという運動も各地で起きるけど、なかなかまとまらなかったよ。
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◆1870年~1920年のアフリカ
アフリカもヨーロッパ諸国の「ターゲット」になりますか?
―そうだね。
熱帯特有の病気やジャングルや砂漠・サバンナが、アフリカへの進出の大きな障害だったわけだけど、この時期に特効薬の開発や鉄道の建設がすすんで、一気にアフリカへの進出が加速した。
「早い者勝ち」の原則が定められたために、短期間で少数のヨーロッパ諸国が、住民の言葉や文化はガン無視で、ほとんどすべてのエリアが植民地化されてしまったんだ。
はじめはイギリスとフランスが中心に植民地の境界線を引っ張っていって、タテに植民地を広げるイギリスと、ヨコに広げようとするフランスとの間に深刻な対立も起きた(注:アフリカの植民地化の地図)。
たけど、あとからドイツの皇帝が「先取りはずるい!自分にも植民地よこせ!」と強く主張してきたため、イギリスとフランスは協力してドイツに立ち向かうことに決めた。
そのまま「世界大戦」へとなだれ込んでいくよ。
現地の人たちは協力してヨーロッパ諸国の進出に立ち向かうけど、科学技術を前にして、抵抗は鎮圧されていってしまう。現地の人たちの言葉や文化は失われてしまったわけではないけど、なかには取り返しの付かないことも起きている。
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◆1870年~1920年のヨーロッパ
この時代のヨーロッパはどんな感じですか?
―う~ん、ひとことで言えば「明るい」ね。
えっ…植民地を取りに行ったり、とっても「暗い」イメージがありますが…。
―それは国外のこと。
国内は、年々生活が豊かになり、ヨーロッパが「世界の中心」になっていくことへの楽観があるね。
「人類はどんどん良い方向に向かっているんだ」っていう考えだ。
まだ多くの人は宗教を大切な価値観としていたけど、特に都市部では「神様なんていない」とか、科学的に考えることが善いことだと考える人も増えていくよ。
今まではイギリスをはじめとする西ヨーロッパが「トップランナー」だったけど、この時期にはドイツが急速に追いついている。
でもなかなか追いつけないのがロシアだ。
ロシアはどうして追いつけなかったのですか?
―まだ領主に支配されている農民が多かったんだ。
農民に教育をほどこしてロシアを西ヨーロッパのような「進んだ」国にしようとする運動(注:ナロードニキ)も起きたけど、なかなかうまくいかない。
流行していたドイツ人の経済学者の考え方(注:マルクス主義)を取り入れて、皇帝の支配を武力でぶっ壊そうという動きも起きた(注:ボリシェヴィキ)。
一度目は部分的にしかうまくいかなかかったけど、二度目で成功し、皇帝ではなく「労働者がリーダーとなる」国が世界で初めてつくられることになるよ。
「労働者の国」ですか!?
―各国の政治家や経営者は、当然ながらこの動きを警戒した。
「経営者と労働者の対立が激しくなると、ろくなことがない。そうならないように、「みんなおんなじ◯◯国民」という意識を育てよう!」と、各国で教育に力が入れられ始めた。
国が団結するためには、政治に参加できるメンバーを増やして「仲間意識」をつくることも大切だ。
こうして、宗教や王様に代わって、「国」が人々の“結束”を高める重要な要素になっていくわけなんだ。
「国」としてのまとまりができていくと、ケンカも起きそうですね。
―そのとおり。
国と国との対立が、結局「ヨーロッパの大戦争」につながってしまったんだ。
前に見たようにこの戦争は、人類史上最悪の犠牲者を出すこととなった。
ヨーロッパの人たちの中からは、「自分たちのやり方や考え方は、正しかったんだろうか」と自問自答する人も現れるようになるよ。
このたびはお読みくださり、どうもありがとうございます😊