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キロメートル・ゼロってなに?

私たちは食べ物を口にする時、食材の生産地や生産者、調理した人などそのコンテクストについてどこまで考えているだろうか。近いようで遠い、知っているようで知らないーーサプライチェーンが複雑化したことにより、食にはそのようなある種の二律背反性がつきまとっているのではないか。

そんな中、今ヨーロッパを中心に新たな食のトレンドが盛り上がりを見せているという。

外務省勤務時代に、100カ国以上もの国を訪れ、仕事をしてきた経験を持つ、ORIGINAL Inc.のシニアコンサルタント 高橋政司が、今話題のインバウンド用語をピックアップし、世界目線で詳しく、やさしく解説する本連載。

第13回では『キロメートル・ゼロ (Km0)』について取りあげる。世界目線チームの若手筆頭、ヒナタが素朴な疑問をぶつけてみた。

ーーキロメートル・ゼロとは何でしょうか

「まず、地産地消ではありません。よく混同されがちですが似て非なるものなんです。キロメートル・ゼロの取り組みには、生産者・料理人・消費者の3つのグループの参加が不可欠となります。

●生産者:野菜や肉、あるいは加工食品も含めて食材を作っている人たち
●料理人:生産者から提供された食材に付加価値を与え、サービスとして提供する人たち
●消費者:料理を実際に食べたり、サービスを受ける人たち

キロメートル・ゼロとはこれら3つのグループの人たちが紡(つむ)ぎ出す一つの大きな物語であるといえるでしょう。

生産者と消費者、そしてその両者を繋ぐ仲人としての料理人が、それぞれの立場で持っている物語・哲学を一つのテーブルを囲んで共有し、交流することにより、食の文化や持続可能性についての理解を促進し、お互いの存在感や共感性も高めることができる注目すべき取り組みなんです。特にこのコロナ禍においてはその重要性が増してくると思います。

前回のガストロノミーツーリズムの記事でも触れましたが、日本でも昔から『四里四方に病なし』という言葉があります。これは四里(約16キロメートル)以内で採れるものを食べていれば病知らずで健康に過ごせるという意味です。

キロメートル・ゼロでは、単に地元の食材を食べるのではなく、育つ場所やその理由といった食材の特性を知り、栄養豊富な旬の食材を十分に生かす調理方法は何か、といったことを工夫しつついただきます」

ーーどういった国・地域で起こっている運動なのでしょうか

「イタリアやスペイン、ポルトガルなど、食文化が成熟し、注目度も高いヨーロッパ諸国で盛り上がりを見せています。

私が思うに、多様な食文化を持った場所で芽生える取り組みなのだと思います。そういう意味で、日本は世界に誇る多様な食文化を抱えているので土壌としては不足ありません

ーー多様性があり、いろいろな食文化があるからこそ、その違いについて知る必要性が出てくるということでしょうか

「そうですね。コロナ禍において、遠くへ行くことが困難な中、三密を避けながら自分の住んでいる地域とその周辺を再発見しようというのが『マイクロツーリズム 』でしたよね。

このキロメートル・ゼロは自分の住んでいる地域で採れた食材にどんな特徴があり、生産者がどんな想いを込め、そしてそれを受けた料理人がどのように地域の風習や文化、歴史を取り入れた方法で調理したのか、そういった背景・物語を知りながら食べることで、自分が住む地域を再発見できるんです。

これこそがキロメートル・ゼロの醍醐味であり、今だからこそ必要な理由です」

ーー「食を通じたローカル再発見」という表現では少し雑でしょうか

「そうですね。例えば海に近いところに行き、お寿司を食べたとしましょう。海が近く、魚が新鮮なので、お寿司も美味しい、という話にしてしまいがちですが、そうしてしまってはダメなんです。キロメートル・ゼロはそのもっと奥を探っていく必要があります。

例えば、食べている魚がスズキだとしましょう。これはアル・ケッチァーノの奥田政行シェフが説明してくれたことなのですが、自分の地域で獲れたスズキが全て同じかというと実はそうではないんです。川を遡った場所で獲れたスズキ、河口近くで獲れたスズキ、海で獲れたスズキではそれぞれに性質が違うんです。

奥田シェフはそういったことを漁師から教えてもらい、魚それぞれの特性を見極め、それに最もふさわしい料理方法を考えているんです。

客がレストランを訪れ、そういった背景について、丁寧に、面白おかしく説明を受けながら食べ、感じたことをその場で伝えることで、生産者や料理人はモチベーションを高めたり、インスピレーションを得たりすることができるんです。

このように三者が相乗効果で、楽しい食の体験を近場でできるのがキロメートル・ゼロであり、コロナ禍における『新しい行動様式』の中でも効果を発揮するのではないかと思います」

ーーなんだかとても情緒的な気もしました

「そうですね。例えばその地域に伝わる神話だとか、アニミズムといったスピリチュアルな話も出てくるかもしれませんし、そのような目に見えない、無形の価値がこのキロメートル・ゼロにおける柱となるでしょう」

ーーSDGsとも親和性は高いのでしょうか

「はい。まず、フードマイレージ(食べ物の量 × 食べ物を運んだ距離)が高いと、排出されるCO2も高くなります。例えば、牛肉100gあたりの二酸化炭素排出量は、岩手県産だと120g、アメリカ産だと1340g、そして一般的な国産牛だとそれより多い1670gになるんです。

これはなぜかというと牛自体は日本で飼育されていても、飼料が海外生産だからなんです。岩手県産の牛肉は飼料も国産となっています。

逆にいうと、牛も、牛が食べる飼料も近場で、肉の輸送にも時間がかからなければフードマイレージはもっと減らせます。これがキロメートル・ゼロのもう一つの大きなメリットであるといえます。

フードロス(食べ物の廃棄)の削減にもなりますよね。日本では年間1,500万トン以上もの食糧が廃棄され、そのうちの643万トンはフードロスだと言われています。食べられるのにも関わらずです。

ここでキロメートル・ゼロの観点でいうと、近場からとってくるということは客に出す量をコントロールしやすいということなんです。客にその日の食べたい量や、好みの味を聞いておいて、その場で必要な分だけ調達すればいいんです。これは星野リゾートがやっている『星のや』の結婚式でも実施されています。

参加者一人一人に提供する料理をカスタマイズするのはとても大変なことですが、そのような手間ひまをかけてでもフードロスをなくそうという志はすばらしいですよね」

ーー日本でも今後より多くの人が実践していくべきことだと思えたのですが、日本での認知・理解が不足しているように感じます。今後普及していくためにはどのような取り組みが必要なのでしょうか

「まず、この取り組みの奥にある価値やミッションがもっと可視化されてくるといいですよね。これは以前から言っていることですが、グリーンリカバリーといったSDGsの活動において、我慢して何かを抑え込もうとするのは良くないんです。キロメートル・ゼロも普段知らないものを教えてくれる楽しい取り組みでなくてはなりません

高橋政司
ORIGINAL Inc. 執行役員 シニアコンサルタント1989年 外務省入省。日本大使館、総領事館において、主に日本を海外に紹介する文化・広報、日系企業支援などを担当。2009年以降、UNESCO業務を担当。「世界文化遺産」「世界自然遺産」「世界無形文化遺産」など様々な遺産の登録に携わる。2018年10月より現職。2019年、観光庁最先端観光コンテンツ インキュベーター事業専属有識者。2020年、宗像環境国際会議 実行委員会アドバイザー、伊勢TOKOWAKA協議会委員。

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