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不安症と「さみしさ」について考えてみた話

この記事は「整体師のカラダとココロの話」のラジオ収録台本にもなってます。本編が気になる方は、下記のラジオをご視聴ください。
>>ラジオ「整体師のカラダとココロの話」

「旦那と一緒にいないと不安感がつよくて、安定剤を服用している」

「もし、今旦那がいなくなったらどうしようと不安でしょうがない」


不安症、パニック障害などで悩む方でこんなふうに感じる方は多いと思います。孤独感や寂しさに耐えきれず、自傷行為や安定剤を服用するなどの対処をしたくなる気持ちはとてもわかります。

でも、対処はあくまで対処。一時的に緩和はしたとしても不安症や孤独感の悩みは解決しません。どう対処するか?よりも、そもそも孤独感とは何か?を考えていくことの方が大切だと感じるので、本記事で考察してみたいと思います。


ぼくが何より孤独感のかたまり

偉そうな雰囲気で記事をスタートしましたが、ぶっちゃけぼく自身が寂しさや孤独感とともに生きてきました。

ぼくがなぜ「整体」という仕事をしようかと思ったのかというと、当時の心境で言えば「誰かの役に立ちたかったから」です。言い換えれば、誰かの役に立つことで自分の存在価値を認めて欲しかったのだと思います。

自分を振り返ると、学生時代は、勉強もできない、運動もできない、対してゲームも出来ない、とにかく全てに中途半端で人に必要とされるような人生ではありませんでした。だから、将来は「誰かの役に立って、人に認められたい」と思うようになったのでしょうね。

周囲に自分を頼ってくれる人がいると「人から頼られている」という安心感が芽生えます。でもこれはある種、麻薬に近いものがあります。この記事をかっこよく書くには、「ぼくはもうその状況を脱した」という立場で書いた方がいいのですが、残念ながらそうではないです。

今でも、この寂しさが常に自分にあることは自覚しています。こうして記事にすることも少なからず「人に認められたい」という思いがあるからでしょうし、ツイッターに載せて反応が気になってしまうのも、同様ですね。

それだけでなく、ぼくは強がって自分の人から認められたいのを隠すことで、平静を保っているようにみせかけていることもあります。

それでも、以前よりは「人に認められたい」という自分がいることを理解しているという点では成長したなとは感じていますが、寂しさや承認欲求がなくなることはないですね。


孤独を感じるのは、なぜ?

そもそも、なぜ人間は「寂しさ、孤独、人から認められたい承認欲求」があるのでしょう?

逆説的ですが、周りに人がいてもいなくても、ぼくたちは一人じゃないからなんだと思います。そもそも、生まれた瞬間から一人だとしたら、一人を寂しいとは感じないですよね。(その前に一人では大人になれないでしょうけど)

便利なものが出てきたから、今まで使っていたものを「不便」を感じるはずです。

洗濯板しかなかった時代に、洗濯板を不便だと感じる人はほぼいなかったはずで、洗濯機が出来たから「洗濯板なんて面倒だ」と思えるわけですよね。

人はそもそも一人ではないから「孤独」だと感じるのだとすれば、寂しさはある意味で「一人ではない」という裏返しでしかないのかもしれません。


実際の距離と心の距離のギャップ

とはいえ、実際自分の目の前に誰もいないと、さびしさを感じると思います。ましてやSNSで友人たちが楽しそうにしている姿をみかけるとより孤独感を感じることもありますよね。

でも本当の人の距離ってそこではないと思います。実際に人が目の前にいるかいないかより、その人を想う心の距離の方がよほど大切ではないかと思います。

SNSが普及して以来、友人や彼氏彼女を代行するサービスが人気なのは有名ですが、もし目の前に人がいたとしても、心の中ではなんのつながりもない人が大勢いても、余計に虚しくなるのは当然です。

でも遠く物理的に遠く離れて会えなかったとしても、その人に想いを馳せることができる人が一人でもいればそれは、とても温かみのあることだと思います。何よりその想いが相手を生かしている力にもなります。

寂しさを人や薬で紛らわそうとしても、余計にその寂しさは深くなるかもしれません。なぜ、寂しさを感じることができるの?ということを考えていくのが大切ですね。


ぼくは一人で生きていけない

「旦那がいないと不安に感じる」という悩みは、信頼できる人がそばにいてくれないと不安で不安で仕方がないという状況です。でも、誰かにそばにいてほしいというのは、決して悪い感情ではないです。

だって、ぼくたちは一人では生きていくことは出来ないですよね?

一人で生まれることもできないし、一人で死んでいくこともなかなかできない。例え、一人で死んでも、親族に多少の迷惑はかけることになるので、死んだ後も人に頼らなければいけません。

でも、誰かにそばにいて欲しいという感情を抑えようとしたり、薬でごまかそうとすればするほど、余計に孤独感や不安感は強くなり、問題がより大きな問題として感じるようになります。

ぼくも一人では生きていける気がしません。

でも、ぼくが生きていることだけでも、誰かのためになっていることが必ずあります。それは全ての人に言えることです。


まとめ

本記事では「不安、孤独」についてぼくの体験も交えつつお話しました。

孤独感を感じることと、孤独をダメなことだと認識するのは、区別して考える必要があって、それ自体は決して悪いことではないと思います。繰り返しになりますが、ぼくらは一人では生きていけません。

寂しさを紛らわそうとするあまり、自傷行為などで相手の気を引こうとして対処をしても、一時的に愛は感じられるかもしれませんがそれは長続きしませんし、むしろより大きな孤独感となって返ってくることはおそらく多くの方が経験済みではないでしょうか?

考えるべきは、孤独の解消方法ではなく「孤独を感じることができるのはなぜか?」を考えることが、遠回りに見える近道だと思います。

本記事は以上になります。

最後までお読みいただきありがとうございました。


記事執筆者紹介

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整体庵大空 下大前陽介(シモオオマエ ヨウスケ)

<プロフィール:整体師歴19年>

スポーツトレーナー、トレーニングコーチ、プロ野球選手のサポート歴

スポーツ整形外科、産婦人科での施術を経て、整骨院開業。

現在は保険診療を廃止し自費診療で整体院を夫婦で営んでいます。

ファスティング歴10年以上、-25kgのダイエット経験者

定期的にファスティング講座をオンラインで開催しています。

妻(美容鍼灸師)、子供2人、猫1匹の5人家族です。


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