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Official髭男dism『ミックスナッツのような多種多様な音楽の世界』人生を変えるJ-POP[第10回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今回はこの数年で圧倒的存在感を示すピアノポップバンド、Official髭男dism(オフィシャルヒゲダンディズム、以降ヒゲダン)を扱います。

音楽プロデューサー 蔦谷好位置の高評価から

ヒゲダンは、2012年、島根大学にいた藤原聡(ふじはらさとし)が、同大学軽音楽部の先輩と後輩の楢﨑誠(ならざきまこと)、松浦匡希(まつうらまさき)、さらに学外で懇意にしていた高専生の小笹大輔(おざきだいすけ)に声をかけて結成しました。

地元でバンド活動をしながら、藤原は大学卒業後、銀行に就職。銀行業務の傍らライブ活動も行うというハードな毎日を過ごしていました。また、楢﨑は警察署の嘱託職員として音楽隊でサックスを吹き、松浦は音楽で身を立てる決意をしてアルバイトなどをしていました。

2015年、1stミニアルバム『ラブとピースは君の中』でインディーズデビュー。その後、ライブ活動などの動画をYouTubeなどで配信して活動していたところを現在の事務所から声をかけられ、2016年に上京、ライブ活動を精力的に行なっていました。

彼らが注目を浴びたのは、2017年6月TV番組「関ジャム 完全燃SHOW」からです。『プロが選ぶ【2017年上半期ベストソング】』という企画の中で、音楽プロデューサーの蔦谷好位置氏がヒゲダンの楽曲『始まりの朝』を3位に紹介し、この曲におけるアレンジ力を高く評価したのが始まりです。

翌2018年1月の同番組の企画『売れっ子音楽Pが選ぶ2017年ベストソング10』では、再び、蔦谷氏が彼らの楽曲『Tell Me Baby』を2位に選出し大絶賛。3月にはヒゲダンは同番組に出演し、関ジャニ∞とコラボしたことが大きな反響を呼びました。

さらに同年4月の月9ドラマ『コンフィデンスマンJP』の主題歌アーティストを探していたプロデューサーの目に留まり、インディーズバンドでありながら大抜擢されることになったのです。

月9ドラマ史上初のインディーズバンドによる主題歌として書き下ろした『ノーダウト』によって、ヒゲダンはポニーキャニオンからメジャーデビューを果たしました。

 ヒゲダンの音楽はなぜ、これほどまでに人を惹きつけるのでしょうか。

 ブラックミュージック主体のポップス

ヒゲダンは、ピアノ・ボーカルの藤原、ベース・サックスの楢﨑、ドラムスの松浦、ギターの小笹の4人で構成されています。

主に楽曲を作るのはボーカルを担当している藤原で、編曲はヒゲダンのメンバー全員で行っているものが多いです(一部、蔦谷好位置のものがあります)。

彼らの楽曲の特徴は、ブラックミュージックを主体としたポップスと言えるでしょう。ブラックミュージックというのは、黒人音楽のことでアフリカの黒人音楽と西アフリカからアメリカ両大陸に渡った黒人の音楽を含みます。

これらの音楽はその場所や環境の影響を受けながら、ブルーズやゴスペルなどが生まれていき、ジャズやロック、R&B、ファンク、さらにはラップやヒップホップなどへと派生していきます。

このような見方からすれば、現代のありとあらゆる音楽の元となっているものがブラックミュージックとも言えますが、ヒゲダンが主流とする音楽はあくまでもポップな音楽です。特にピアノを主体としたバンド編成は、サウンド的にも独特の新鮮さを私達に感じさせます。

ヒゲダンの音楽は藤原が作るメロディーがバンドのサウンドの中で強調されることによって独特の魅力溢れた音楽の世界を作り出しているのが特徴です。

 ヒゲダンの誕生ストーリー

ヒゲダンの楽曲を主に作っている藤原は、幼稚園の頃からピアノを習っていました。

彼は小学校3,4年の頃に聴いたaikoの『カブトムシ』に大きな衝撃を受け、ワンコーラス聴いただけで耳から離れなくなったそうです。また、4年生の時に鼓笛隊に入り、そこでドラムと出会うのですが、その後、先生から教えられたカシオペアなどの音楽に触れ、中学1年の時にスリップノットの音楽に出逢います。

スリップノットは、アメリカの9人組のヘヴィメタルバンドで、彼はCDをプレイヤーに入れて音を出した瞬間、この世のものとは思えない音に衝撃を受け、その後、2週間程聴けなかったというぐらい怖かったと言っています。それまでクラシックピアノとヒュージョンをたしなんでいた彼には衝撃が大きすぎたのでしょう。

ですが、その後、やはり彼はヘヴィーメタルにハマっていきます。世代的にもX JAPANを聴き、激しさと美しさが調和しているメロディーに惹かれ、また、YOSHIKIがピアノとドラムをしていたことから個人的にシンパシーを感じたかもしれない、と話しています。

そして、もう一つ、彼の音楽に大きな影響を与えたのが米子東高校で出会ったドラマーの横田誓哉の存在です。

当時、地元に一つしかないライブハウスで、中学校の時、生まれて初めてPAを経由したドラムの音を聴き身体に強く響くサウンドを経験した藤原は、バンドをやってみたいと強く思うようになっていました。

既にドラマーとして名前を轟かせていた横田と吹奏楽部で仲良くなり、さまざまな音楽を教えられ、今のヒゲダンに通じるような音楽を聴くようになったと言います。

高2になり、メロディーが自然と頭の中に流れるようになった彼は、横田を通して地元のアマチュアバンドと知り合い、ピアノも弾けることからキーボードでバンド活動を手伝うようになり、その過程で彼はコード進行なども自然と覚えていきました。

その後、島根大学に入りバンド活動を続けていた彼は、大学3年の時に、今のメンバーである楢﨑、松浦、小笹に声をかけ、共に新たにバンドを結成して活動をスタートしたのがヒゲダンの始まりです。

 短期間での大ブレイク

ヒゲダンは、2018年に『ノーダウト』でメジャーデビューをした後、『Stand By You』の楽曲を経て、2019年5月には映画『コンフィデンスマンJPロマンス編』の主題歌『Pretender』を書き下ろし、同曲は6月3日付け週間ストリーミングランキング1位を獲得、あいみょんの『マリーゴールド』の連続記録を23週でストップさせました。

9月には『Billboard JAPANストリーミング・ソング・チャート』にて史上最速のチャートイン23週で1億回を突破し、大ブレイクしました。

また、7月31日には2019『ABC夏の高校野球応援ソング/熱闘甲子園』のテーマソングとして書き下ろした3rdシングル『宿命』をリリース。大会期間中、阪神電車の甲子園駅で列車接近メロディーとして採用されています。

さらに、この年に活躍した代表的なバンドとして年末の『第70回紅白歌合戦』に初出場を果たしました。

 耳に残る中毒性のあるメロディー「Pretender」

これほどの短期間に大ブレイクした彼らですが、音楽の特徴としてはブラックミュージックをベースとしたものです。また、ドラムを主体とした縦刻みの力強いリズムのベースの音楽に対して、ボーカルの藤原が歌うメロディーラインは綺麗なロングトーンを描くのが印象的です。

すなわち、楽曲の中に縦刻みの鋭いリズムと横に綺麗に流れていくフレーズという対比する2つのリズムが存在し、この2つの組み合わせによって、楽曲に緩急のリズムが与えられているのです。

彼らの代表曲ともいうべき『Pretender』のサビの部分は、繰り返される中毒性のある特徴的なリズムのフレーズが存在し、前半の小刻みで鋭い縦割りのリズムのフレーズに続いて、伸びやかなロングトーンのフレーズが組み合わさって、一度耳にすると忘れられないメロディーとしてリスナーの記憶に残っていきます。

ヘヴィーメタルのような強いサウンドのリズムを持ちながら、非常に綺麗なメロディーラインを乗せてくるという手法は、バンドのサウンドを作るメンバー達それぞれが、パンクだったりヘヴィーだったり、様々な音楽を経験してきたことに依ります。

それらを加味したヒゲダンならではの強いサウンドの上に藤原の作り出すポップなフレーズのメロディーが乗ってくることで独特の世界を作り上げているのがヒゲダンの音楽の特徴と言えるでしょう。

このような音楽を構成する中で重要なのが、藤原のボーカリストとしての優れた表現力です。


藤原のボーカリストとしての表現力

インディーズの頃の彼の歌声を聴くと、現在の歌声よりも全体に細く、また高音のメロディーが多いせいか、それほどの力強さは感じられません。

細めの綺麗な響きの歌声が主流で、ハイトーンボイスの歌声という印象を持ちます。ところが、メジャーデビューをした2018年以降の楽曲では、彼の歌声は全体にパワフルで幅も少し太くなっています。

また、声の音色が中・低音域では幅のあるソフトで少し濁りのある響きなのに対し、高音域になると濁りが消え、明るく細い響きに変わるのが特徴です。伸びやかな歌声は、彼の作り出すロングトーンを多用したメロディーラインにピッタリ嵌まり、バンドのサウンドに溶け込むように存在していきます。

 藤原のボーカリストとしての優れた能力は『I LOVE...』の楽曲によく表れています。

この楽曲では、メロディーが低音域から高音域まで自由に行き来するラインであるにもかかわらず、彼の歌声は安定した響きの中で非常に伸びやかに存在しています。

また、バンドのリズムの刻みと異なるメロディーのリズムの刻みが組み合わされており、スローなテンポになる後半のサビの部分では、実際に歌うとなるとロングトーンと短い刻みの組み合わせの中でのカウント取りが非常に難しいのを感じます。

ファルセットを組み合わせながら高音域を歌う彼の歌声はのびのびとしており、雄大な自由さを感じさせるスケールの大きい楽曲になっています。

 これに対し、新曲『ミックスナッツ』では、緩急の複雑なリズムを組み合わせた疾走感のある楽曲になっており、高速テンポの中でも決して歌声が飛んでしまわないだけのしっかりとした存在感を示している歌声と言えます。

彼の歌声もまた、ヒゲダンのサウンドを構成する重要なアイテムの一つとなっているのがわかるのです。すなわち、ヒゲダンのサウンドは藤原のボーカルなくしては存在せず、さらに時折挟み込まれるコーラスもヒゲダンのサウンドを彩る重要なアイテムと言えるでしょう。

歌声の重なりによる音の厚みがサウンド自体をさらに分厚いものに仕上げていきます。このように幾重にもなった様々な種類の音によるサウンドの世界がヒゲダンの世界と言えるかもしれません。

 ヒゲダンの楽曲を聴くとき、彼らの持つリズム感の良さは群を抜いていると感じます。それは様々な音楽を経験する中で培ってきたしっかりとした土台の上に成り立っているものです。

その確かさが一曲の中でどのようにリズムに緩急の変化をつけてもビクともしないサウンドを作り上げていける個々のメンバーの能力の高さを示しているとも言えます。

グループ名は公式HPに拠ると、「髭が似合う歳になっても誰もがワクワクするような音楽をこのメンバーでずっと続けていきたい」という意思を込めてつけたと言います(実は結成当時はそこまでの深い意味も考えずにつけたというエピソードもあります)。

彼らが今後の日本のポップス界を牽引していく存在になることは間違いありません。

様々な音楽を組み合わせた新しい彼らならではのJ-POPの世界を今後も私達は堪能することができるでしょう。

 久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞