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あいみょん『新しいものと古き良きものの融合』人生を変えるJ-POP[第9回]

たったひとりのアーティスト、たったひとつの曲に出会うことで、人生が変わってしまうことがあります。まさにこの筆者は、たったひとりのアーティストに出会ったことで音楽評論家になりました。音楽には、それだけの力があるのです。歌手の歌声に特化した分析・評論を得意とする音楽評論家、久道りょうが、J-POPのアーティストを毎回取り上げながら、その声、曲、人となり等の魅力についてとことん語る連載です。

今、日本の若手女性シンガーの中でも多くの世代からの支持を集めるあいみょん。現代のJ-POP界で異色の存在とも言える彼女の持つ音楽の世界観と歌手としての魅力を紐解いていきたいと思います。

音楽好きの家庭でCDに囲まれて育った

彼女は1995年、兵庫県の西宮市で生まれました。姉と妹、弟3人という現代には珍しい大家族の中で育ちます。

父親の職業はPublic Addresエンジニアと言って、いわゆるライブハウスやコンサートで音響を担当する仕事です。

彼女は、音楽好きの父親と、歌手や女優になりたかったという祖母の影響を受けながら「TSUTAYA」と彼女が呼ぶ父親の部屋で大量のCDに囲まれて、自然と音楽に親しむ環境の中にいました。

そんな彼女がはじめて自分のギターを手にしたのは、中学生時代。アメリカに戻るAssistant Language Teacher(主に英会話を教える先生。出会いは中学2年生のとき)からもらったギターです。

自分で曲を作り始めたのは高校に入ってから。カバー曲や自作曲を歌った映像が、友人がYouTubeにアップしていた音楽番組で配信されていました。2014年、その映像を観た現在の事務所が彼女に声をかけたのです。

 才能を見出されて

彼女の才能を見抜いていた事務所は、じっくり育て長く愛されるアーティストにしたいという考えから、すぐにメジャーデビューさせるのではなく、まずはインディーズでテストマーケティングから始めることにしました。そして、ワーナーミュージック傘下のレーベルunBORDEで作詞、作曲などのトレーニングを受けさせます。

また、プロデューサーの星野純一氏に「事務所に正式に入る前に50曲作って出すように」と言われ、彼女はデビュー前に130曲ほどのデモ音源を作り上げたのでした。

2015年2月、ジャニーズWESTの3枚目シングル『ズンドコ パラダイス』に収録された『Time goes by』で作詞家としてデビュー。3月に『貴方解剖純愛歌〜死ね〜』でインディーズデビューを果たしました。

衝撃的なタイトルと共に愛する人をバラバラにするという内容の歌詞にもかかわらず、LINE画面による歌詞表記のMVの意外性もあって、10代、20代の女性の支持を集めると共に、音楽関係者の間で彼女の独創性は高い評価を受けることになります。

翌2016年11月に『生きていたんだよな』でunBORDEよりメジャーデビュー。この曲はたまたまニュースで流れてきた女子高校生の自殺をテーマにした楽曲で、彼女自身が女子高校生のことを感じたままに書いたと話しています。

このようにデビュー当時から彼女は自分の感じたままをそのまま言葉として表現していく独特の世界観を持っていました。

 「マリーゴールド」で紅白出場を果たす

彼女が広く知られるようになったのが、2018年にリリースされた5枚目シングル『マリーゴールド』です。

夏の風景をテーマに男女の恋愛模様を描いた楽曲なのですが、前年の『君はロックを聴かない』を超えるものを作りたかったという彼女は、この楽曲で夏特有のノスタルジーや恋愛の切なさなどを感じたままに描き出しています。

なぜ、タイトル名に夏の定番であるひまわりを選ばなかったのかといえば、最初にふと浮かんだサビの部分の歌詞に女の子が麦わら帽子をかぶっている情景が浮かび、その麦わら帽子の形がマリーゴールドに似ていると感じたことから、タイトル名にマリーゴールドをシンプルにつけたと話しています。

 彼女は、「マリーゴールドは一年草で花の色によって花言葉が違うことから、曲を聴いた人がそれぞれの捉え方をしてくれたらいい」と話していて、聴き手によっては悲しい恋愛の歌にも幸せな歌にもなり、その違いがマリーゴールドそのものを連想させるような楽曲になっています。

この年の暮れ、彼女はこの楽曲で「紅白歌合戦」に出演を果たしました。

ストリーミング再生回数1億回を突破

また、2019年6月にはストリーミング再生累計回数1億回を突破。Billboard JAPANが集計を開始して以来、日本国内アーティスト初の達成となりました。2022年7月現在4億回を記録しています。また、Billboard Japan Streaming Songsでは2019年1月9日付以降5月末まで20週連続1位を記録するなど彼女の代表曲となっています。

 このように彼女の曲が広く支持される理由に、独特の言葉の世界観と共に楽曲のノスタルジー感があると考えられます。

 「両親が非常に歌謡曲が好きで幼い頃より歌謡曲をたくさん聴いて育った」「私自身も歌謡曲が好き」という彼女の作る楽曲には、どこか懐かしさが感じられ、どこかで聴いたことのあるような既視感を覚えます。

「父親が浜田省吾の大ファンだった」と話し、影響を受けたアーティストに浜田省吾、平井堅、原田真二、スピッツ、ユーミンなど、いわゆるJ-POPの王道を行くシンガーソングライターの名前が挙がり、さらには岡本太郎の名前も。

「岡本太郎は太陽の塔に衝撃を受けて、そこからのめり込んでいって。絵とか彫刻もすごいんですけど、常識から外れた生き方とか、その生き方から出てくる言葉がすごく面白いんですね。超影響を受けてます」と話す彼女は、岡本太郎をテーマにした『tower of the sun』『今日の芸術』という曲を作るほど傾倒しています。

世代を超えて支持を集める理由

このように彼女の音楽には、どこか懐かしさを覚える昭和感と、平成、令和を感じさせる新しさがあり、だからこそ世代を超えた多くの人の支持が集まるのではないでしょうか。

また、現代の日本で主流の楽曲のテンポは、今まで日本人の耳に馴染んできたテンポより少し速いものになっているのに対し、彼女の曲は比較的ゆっくりとした耳に馴染みやすいテンポの楽曲が多いです。

彼女のプロデューサーは、彼女の楽曲のアレンジに意識的に80年代や90年代のニューミュージックや歌謡曲のテイストを入れてテンポ感をレイドバックさせていると言います。この手法が彼女の楽曲に既視感を与え、誰もが口ずさみたくなるような楽曲に仕上がっているとも言えるのです。

また、日本人のDNAに刷り込まれてきた歌謡曲の要素が彼女自身の歌謡曲好きとあいまって、J-POPとの融合による新鮮さを私たちに感じさせているようにも思えます。

自分の感じたものをそのまま言葉にする、という感覚と、既視感に溢れた楽曲によって、10代から中高年の男女に幅広く支持されていると言えるでしょう。

彼女のクリエイターとしての特色は、祖母の影響や甥姪が8人もいるような大家族の中で育まれた昭和感が、ノスタルジーとなって楽曲の中に強く刷り込まれていることにあると言えるかもしれません。

楽曲によって色彩が変わる歌声

楽曲のストックが400曲以上あるというほどクリエイターとしての才能を持つ彼女ですが、歌手としても非常に魅力のある存在と言えます。

彼女の歌声の特徴は、少し鼻にかかった甘い音色にあります。

音域的には、それほど高いタイプではなく、中音域が中心のメロディーラインで作られている楽曲が多いのも、彼女の持ち声が中音域に主体を持つことによると考えられます。これがハイトーンボイスに慣らされた私達には心地良い響きとなって耳に残るのです。これも彼女の楽曲を魅力的にしている要素の一つと言えるでしょう。

 メジャーデビューしてまだ7年目の彼女ですが、インディーズでデビューした頃の歌声と、現在の歌声では明らかに音色に違いが見られます。

インディーズの頃の歌声は、全体的に今より鼻声気味でストレートな響きで、単一色という印象を受けます。いわゆる地声(チェストボイス)の要素が強い響きの歌声で自分の元々の持ち声で歌っていて、歌手としては未完成と感じます。

ところが、メジャーデビューした1年後から印象が変わってくるのです。一番感じるのは、楽曲によって歌声の色彩が変わるということです。

 たとえば、メジャーデビュー曲『生きていたんだよな』では、まだ鼻にかかった響きが主流で、語りのフレーズの話し声と歌のフレーズの声には差異がほとんど感じられません。短く現れるファルセットのフレーズの音色は、明らかに他のフレーズの歌声に比べてボリュームダウンを感じさせます。

この楽曲では、話し声と歌声の音色から、彼女の歌声にはチェストボイス(地声)の要素が強いことがうかがえ、これが歌詞の内容の強さとあいまってインパクトの強い歌声になっています。

ところが3枚目の『君はロックを聴かない』になると、明らかに彼女の歌声は響きが統一され、ミックスボイスになっていることを感じさせるのです。

この楽曲では全体に綺麗に響いた女性の低音域のアルト色の強い伸びやかな歌声になっています。また、中音域の歌声は響きが内にこもった声にならず、パンと通りの良い声になっており、綺麗に統一された歌声になっています。いわゆる混じり気のない若い女性の歌声という印象になるのです。

この声がその後の彼女の主流の歌声になって、伸びやかで若々しく清純な音色の印象を持ち、現在も多く使われていると言えます。

ところが弾き語りで歌われる『恋をしたから』では、少し違った歌声が見られます。

訥々と一つひとつの言葉を大事に置いていくような歌い方で進められるこの歌では、彼女の歌声は全体にいつもより細めで響きは明るく混じり気のない綺麗な色になるのです。

また、『裸の心』では、少し扁平的な響きの優しい歌声が披露されています。サビの前の高音部のフレーズでは、伸びやかで細い綺麗な音色になり、サビの部分では、響きを少し抜いたハスキー気味の声も聴くことが出来ます。またさらに後半のサビの部分になると、明るく真っ直ぐに伸びた安定した響きの歌声になるのです。

このように、彼女は、楽曲の世界観によって響きが変わる色彩感を持っており、声の音色を多種多様に表現できるようになってきていると言えるでしょう。

 昭和の既視感を与える、そのノスタルジーの世界

彼女の歌を聴くとき、一番感じるのは、楽曲との距離感です。

「死」や「愛」など感情が強く揺さぶられる世界観の歌詞が多いにもかかわらず、実際の彼女の歌は非常に冷静で淡々とした歌い方の曲が多いです。

それは彼女自身が歌手でありクリエイターであるということから、自分の楽曲を歌う“あいみょん”という歌手を冷静に捉えて作っているという部分があるのかもしれません。

非常に思い入れの強い内容の歌詞ですが、彼女の歌は楽曲との間に一定の距離感があり、クリエイターとしては主観的であるのに対して、アーティストとしては客観的という相反する表現の中での均衡を感じさせます。

強い思い入れや表現したいことは、歌詞の言葉に込め、実際に歌うときにはその感情に引っ張られないように冷静に表現する、ということが彼女の中で無意識に行われているのかもしれません。

客観的に世界観を作り上げていく冷静さが、彼女の歌の魅力のひとつとも言えます。

 多くの人が彼女の歌に惹かれるのは、歌謡曲とJ-POPの融合という世界の中に古きものを大切にしながら新しいものを果敢に取り込みオリジナルのものを作り上げていく日本人の特性を楽曲の中にノスタルジーとして感じるからでしょう。

多くの世代から支持される彼女はまさに“和”のDNAを持つ日本人そのものと言えるかもしれません。

あいみょん「瞳へ落ちるよレコード」 提供:ワーナーミュージック・ジャパン

久道りょう
J-POP音楽評論家。堺市出身。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン元理事、日本ポピュラー音楽学会会員。大阪音楽大学声楽学部卒、大阪文学学校専科修了。大学在学中より、ボーカルグループに所属し、クラシックからポップス、歌謡曲、シャンソン、映画音楽などあらゆる分野の楽曲を歌う。
結婚を機に演奏活動から指導活動へシフトし、歌の指導実績は延べ約1万人以上。ある歌手のファンになり、人生で初めて書いたレビューが、コンテストで一位を獲得したことがきっかけで文筆活動に入る。作家を目指して大阪文学学校に入学し、文章表現の基礎を徹底的に学ぶ。その後、本格的に書き始めたJ-POP音楽レビューは、自らのステージ経験から、歌手の歌声の分析と評論を得意としている。また声を聴くだけで、その人の性格や性質、思考・行動パターンなどまで視えてしまうという特技の「声鑑定」は500人以上を鑑定して、好評を博している。
[受賞歴]
2010年10月 韓国におけるレビューコンテスト第一位
同年11月 中国Baidu主催レビューコンテスト優秀作品受賞