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本のエンドロール / 安藤祐介 (講談社)


 読書好きの人なら誰しも、作家や編集者という仕事に憧れたことがあると思います。けれど本が書店に並ぶまでの間に、どんな工程があり、どんな人たちが関わっているのか、詳しく知っている人はあまり多くないのではないでしょうか。

 『本のエンドロール』というこの作品は、とある印刷会社を舞台とする「お仕事小説」です。主人公の若い営業社員が、本造りの中で起きるさまざまなアクシデントを、先輩社員やさまざまな「職人技」を持った現場の人たちに助けられて乗り越えながら、社会人として成長していく姿を通じて「ものづくり」の現場の面白さを知ることができます。

読みやすさ

 章ごとに異なる作品が扱われ、癖のある作家や編集者のリクエストに翻弄されながらも「メーカー」としての誇りを持って出版不況の時代を生き残ろうとする人々の奮闘が描かれた群像劇で、基本的に一話完結のストーリーなので読みやすいです。

職場見学気分で

 出版社の編集者なら、入社時の研修などで一度は印刷所を訪れることがあると思いますが、一般の読者は憧れの作家さんの原稿がどうやって本の形になるのか、知らずに本を手に取る人がほとんどだと思います。作品の中にも売れっ子作家が初めて印刷工場を見学にくるシーンが描かれていますが、作品を通じて、読者もちょっとした「職場見学」気分を味わうことができます。

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あらゆるものが"大切"に見える

 一冊の本が書店に並ぶまでの間に、どれだけ多くの人たちが関わりバトンをつないでいるのかを知ると、世の中のものの見え方が少し違って見えてくると思います。作家さんの原稿を入力してデータにする人、組版をする人、紙を手配する人、インクの色をつくる職人、印刷機を動かす人…そして製本した本を書店に卸し、出版日までに書店に配送する業者さんまで、誰が欠けても今ここに「それ」はないんだなぁ…と思うと、あらゆるものが大切に見えてくる。

 世の中にはたくさんの仕事があるけれど、その中で「やっている人以外には知られていない仕事」というものは、たぶん皆さんが「知っている仕事」の何十倍もある。その一つ一つが社会を支えているんだなぁ、ということを実感できる作品です。就職先を選ぶときや、働き始めてから仕事の理想と現実のギャップにぶつかったりしたときに、読み返してみるのもいいかも知れません。

おすすめです

 出版業界にちょっと詳しい人にとっては「ああ、あそこ…」とわかる会社がいくつかモデルになっているので、楽屋オチ的な面白さもあります。某オンライン書店の電子書籍の著作権料に関する出版社とのトラブルなど、比較的新しい業界トピックもさり気なくおり込まれているので、登場する作家さんにもモデルがいたりして…?と想像するのも楽しいです。


八卒親の会:日向夏子

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