目の前に完璧な蒼穹を広げて 世界中の高原で花を咲かせて 両手を広げたら風を受けきれることが出来るだろうか 北極から遙か海原を越えてきた冷たい風は 眼前の咲き乱れる丘陵に思わず立ち竦んだんだ 花弁はいっせいに舞い散って 冷たい風は春風へと姿を変えた 蒼い空が一斉に色づく
亡霊よ そのあまりにもか細い指先で 一体私から何を掻き毟ろうというのか お前にやれるものは五万とあるが 満足な肉体さえ持たないお前に どれほどのものが持てるというのか 魂を持たぬお前が 私から掻き毟ろうとするその執念 どこから来ているのか 心臓をくれてやろうか 重すぎるだろう 血潮をくれてやろうか 冷え切った朧には熱すぎるだろう 憐憫を向けてやろうか 愛を分かち合いはできないか できないか
夜の川べりに 乳白色の建物が浮かび上がる 外廊下の明かりは各階から滔々と溢れ出した蜂蜜 だからその建物は夜の巨大な蜂の巣だ 眠りのドアの奥一つ一つに 真っ白くなでらかな胴体を蠢かす蜂の子ら ぎっしり詰まって蠢いている 金色の夢を見ながら 長い腹にも蕩けた蜜を満々と湛えながら
もう二度と会えないと聞くのは寂しいだろうか もはや顔を合わせることは出来ないという それは寂しいのだろうか 永別とはいったいなんなのだろうか 遠い世界の出来事だ 星を隔てた物語 銀河の向こうのおとぎ話だ それがこの身に降りかかろうとは
冬の朝に低く響くあの音は どこからやって来るのだろう この世界から一人 切り離された感覚だ 出所不明のあの音と、行方の定まらぬ私とで 冷え切った朝を温めるにはまだ遠い
ふしぎなもので 泣いている 形をグネグネと変え 身を捩って泣いている 哀れなほどに泣いている 黒い影 声も無く 影に涙が流せるとは 目もないくせに だからつい哀れに思って 手を差し伸ばしてしまったのだ
お呪い、だ のろおう 君の心を 私の生涯をかけて、のろおう お呪い、だ 簡単な事じゃない 優しいものでもない のろうのだから 私の生涯をかけてのろうのだから お呪い 言葉に魂を乗せて君に送ろう 私の魂の一部を君に捧げてしまうのだから 簡単な事じゃない 優しいものでもない お呪い 私の魂を削って君に幸あれと祝詞を捧げるのだ お呪い 君と私だけの約束だよ、と 引き剥がした魂を言葉に乗せて君に送ろう 内緒話をするかのように、二人きりの場所で、二人だけの約束で その瞬間その空間こ
白い腹蛇 無蓋の睡者 よ聞こえる か私はお前 の夢を見る ぞお前の柔 らかで脆弱 なはらわた を私は喜ん で這い蹲り 頬をお前の 血と湯気で ぬらりとあ つくしなが ら食む夢だ 眠りの爾余はうたかたに遠く 私の声もまた潮騒の如くなのだろう 寄せては返し寄せては返す波の音 私の声は間延びし、浅く遠く お前の頭を取り巻くのだろう この声は聞こえているのだろうか あの時の私の声は? 白い蛇よ 鬱金の眠りのなか 繰り返したお前の名前だけが 柔らかな地面にぽつんと響き渡る きざは
小さな弟は姉に酷いことをされて 幼さゆえに何も覚えていなくて だから私だけがいまだ罪悪感に悩まされているのです 泣き崩れる弟を見下ろしている私がかつていて 今では弟は素直に笑っていますが あの時の、悔しさと困惑が満ち溢れた涙となってこぼれ出した時の顔を 不意に胸の表面に露出させてしまっては それを一人必死になって、ひた隠そうとするのです お気に入りのおもちゃを捨てるよう強要した私 メタリックな汽車の玩具 精密に出来たそれは他の汽車よりも重く 手のひらをはみ出てずしりと響く
初めまして、鬼尾 聖来(おにお せいら)と申します。 詩を書くのが好きです。 今までは自分の書いた詩が人の目に触れることが気恥ずかしかったりまた怖く、一人で書いてきましたが「創作物は人の目に触れてこそ」という考えにようやく向き合えるようになり、今年になって初めて詩の投稿を始めてみました。 拙作ではございますが、皆様の目に留まり 心に波紋を描いたり、あるいは不思議に振るわせたり ざわめきだったり、時には小さな傷にもなって そこから何かが芽吹いたり そんな詩を書いていければと