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『月の青猫』

黄色い頬っ被りをした青猫は跳躍した。
打ち上げ花火が上がるような急上昇だった。
夜陰に混じり易い青色と
ネオンと月に混じり易い黄色の頬っ被りとマフラー。
夜陰と月の迷彩で月泥棒に向かう青猫がいた。
作戦の実行も立案も青猫だ。
青猫がなにを賭しているのかは不明だ。
月面に接近する青猫は尻尾で器用にホバリングしていた。
「とう」と青猫は月面に立った。
青猫は武者震いをしていた。嫌、武者猫震いをしていた。
嫌、嫌。雌武者猫震いをしていたのだ。
爪を掻け、尻尾をしならせて一刀両断に月を割るような勢いが青猫にはあった。
一刀両断にできなくてもいい
月が「まいった」するまでは締め上げるつもりのようだ。
なぜ「まいった」させたいのかは、わからない。
うりうりと尻尾をのばし、月面を這うようにすすむ青い脈動が
月を流れる川のようだった。
なぜ、月に対して「一本」とりたくなったのかは、わからない。
青猫らしいといえば、青猫らしい行動だった。
人々は大胆不敵なそんな青猫を愛していた。
「それでこそ青猫だ」町の電気屋の前には人集りが出来ていた。
うりうりうりうりと青い川が月面を流れてゆく。
溶け出した氷河のような勢いだった。
マタタビを食べ過ぎたのかも知れない。
「気でも触れたのか」「宮崎駿のドキュメンタリーを見たんじゃないか」「青猫はかぐや姫だったのだ」
そんな声も囁かれていた。
月で爪を研ぎたかっただけかも知れない。
青猫の尻尾は、もうすぐ月を一回りするだろう。
なにが起こるのだろうか。世界中が固唾をのんで見守っていた。
アメリカ大統領は核のボタンに手をかけているだろう。

とうとう青猫の尻尾は月を一回りした。
すると、青猫はぎゅっと締め上げていた尻尾を緩めた。
するるるると青猫の尻尾は掃除機の電気コードのように
青猫の体内に収納されていく。
月面には、ぐるりと一回り尻尾の跡が穿たれていた。
青猫が穿った半円径の峡谷が月の地表に現れていた。
そして、青猫は後ろ片足をあげた。
青猫は自身で穿った半円径の峡谷に放尿した。
「おお」
世界中からどよめきが聴こえた。
アメリカ大統領は核のボタンから手を外して席を立った。
世界中の人々は思い出したようにトイレのドアを開けた。
青猫に触発され世界中の尿意は世界中に三日三晩の停電と水不足を招いた。
青猫は月面を尻尾で締め上げるようにして
地球に「まいった」させたのだった。地球は機能不全に陥った。
青猫の月面放尿と引き換えに、世界中の紛争と戦争は三日三晩の休戦協定を結んだ。


後の歴史家はこれを『青猫の三日休み』と言った。
この三日三晩の休戦協定は世界を変えた。
青猫の尿意と
世界中の尿意の力が世界を動かしたのだ。
月面を流れる青猫の『尿川』を見上げるたびに人々は平和の尊さと
戦争のくだらなさ思い出すのだ。

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