福島地裁

【福島原発】汚染農地回復訴訟「呆れた判決」の全容

 加害者責任棚上げの裁判所に憤る大玉村 農家

 大玉村の農家らが東京電力を相手取り「放射能で汚染された農地を原発事故前の状態に戻せ」と訴えた民事訴訟の判決が昨年10月15日、福島地方裁判所で出された。原発事故をめぐっては「加害者=東電、被害者=農家」という構図は疑う余地がないはず。ところが判決は、東電の責任を棚上げし、農家に〝後始末〟を促す信じられないものだった。


 「正直、判決を聞いたときは開いた口が塞がらなかった。オレたちは特別なことなんて何一つ求めていない。東電に『加害者として当たり前のことをやれ』と求めただけ。それなのに、そんな単純なことも分かってもらえないなんて……」

 肩を落としてそう語るのは、大玉村の農家・鈴木博之さん(69)。

 江戸時代から続く農家に生まれた鈴木さんは20代で家業を継ぎ、いま主流になりつつある大規模経営を早くから行ってきた。農家仲間と県内2番目となる農業生産法人・㈲農作業互助会を設立し社長に就任。鈴木さん個人で1・7㌶、法人で0・9㌶の農地を所有する一方、借地でコメをつくったり、農作業のみを請け負っている農地も含めると「秋作業は20㌶に及び、このほかコメの直売や団子の加工などもやっている」(鈴木さん)というから事業の手広さがうかがえる。

 そんな状況を一変させたのが、2011(平成23)年3月に起きた東京電力福島第一原発事故だった。

 大気中に大量放出された放射性物質により、鈴木さんの農地も汚染された。翌年、村による除染が行われたが、表土とその下の土を混ぜ合わせる反転耕にとどまり、

 「放射性物質の濃度はいくらか薄まったかもしれないが、完全に除去されたわけではない」(同)

 それは鈴木さんや法人、農家仲間の農地の汚染状況を見れば一目瞭然だ。除染前と後に行った土壌測定によると、低い地点で1㌔当たり二百数十ベクレル、高い地点で同1万6200ベクレルを検出。鈴木さんが言うように濃度が薄まった個所もあったが、放射性物質が土に付着した状況に変化はなかった。

 「そもそも原発事故前は農地に放射性物質なんてなかった。あっても50ベクレルくらい。オレたちはそこでつく

ったコメが美味いか、美味くないかで勝負してきた。それが3・11以降は安全という今まで意識したことのない尺度が入ってきた。原発事故前は自分のつくったコメの安全性を疑うことなんてなかったからね」(同)

 それまで高値で売れていたコメは原発事故で消費者離れを起こし、売上を大きく落とした。加工品の売上も低迷した。

 「オレたちがいくら『除染したので安全ですよ』とPRしたところで、それを安全と感じるかは消費者個人の問題だ。1㌔当たり100ベクレル未満なら食品衛生法上の基準を下回っているから大丈夫と感じる人もいれば、1ベクレルでも嫌という人もいる。『県産農産物が売れないのは風評被害の影響だ』と主張するお偉いさんがいるけど、そんなの間違っている。売れないのは風評被害のせいではなく、すべて原発事故に由来する実害なんだ」(同)

 そんな鈴木さんが注文をつけるのは、県をはじめ市町村が熱心に行っている風評被害対策だ。

 「内堀(雅雄)知事はよく海外に行って県産農産物の安全性をPRしているよね。あんなことやったって何の効果もない。あれをやったことで農産物の売上がこれくらい回復した、というデータでもあれば別だけど、そんなの検証のしようがないじゃないか。オレに言わせれば、高い旅費を税金から払って無駄なことをしているだけだよ」(同)

 さらに返す刀で、県や各種団体が行っている消費者アンケートも「恣意的だ」と切り捨てる。

 「あんな誰が答えたか分からないアンケートの数値を見せられたって信用できない。どうせやるなら、例えば主婦たちを1カ所に集め、顔の見える形で率直に意見を言ってもらった方がいい。そこから見えてくる傾向なら、十分信用に値するし、講じるべき対策も浮かび上がってくると思う」(同)

 この間、本誌が述べてきた内容とほとんど変わらない主張をする鈴木さんには正直驚かされたが、それはともかく、原発事故を境に消費者が抱くようになった安全への不信を取り除くには、中途半端な風評被害対策ではなく「根本的な問題を解決するしかない」と鈴木さんは考えた。

 根本的な問題とは、農地を原発事故前の状態に戻すことだった。

 「原発事故前の放射性物質がなか

った農地に戻れば安全云々を心配せず、単純に美味いか、美味くないかで勝負できる。そこで農家仲間と相談し、2014(平成26)年10月、東電に農地の原状回復を求める裁判を起こしたのです」(同)

 鈴木さんらが東電に求めたのは、

 ①所有する農地の表面から30㌢以上の土を除去し、そこに厚さ10㌢の耕盤層(湛水透水性が日減水深2~3㌢)を造成・整地し、さらにその上に厚さ20㌢以上の客土・整地を行え。

 ②放射性セシウム137の土壌含有率は1㌔当たり50ベクレル未満とする。

 ③田面の高さは客土工事の以前と以後で同じとし、客土工事によって元来位置した畦畔、水路、道路の各機能を阻害してはならない。

 ④東電が各土地の所有権を福島第一原発から放出させた放射性物質によって違法に妨害していることを確認する。

 というもの。損害賠償を請求することは一切せず、ただひたすら「原発事故前の農地に戻すこと」のみを求めた訴訟(農地所有権に基づく放射性物質除去請求事件)だった。

的外れなアドバイス

 そして昨年10月15日、福島地方裁判所(遠藤東路裁判長)で判決が言い渡されたが、そこに書かれていたのは鈴木さんらが思わず目を疑ってしまうような内容だった。

 以下、判決文中の「当裁判所の判断」から抜粋する。

 《事故由来放射性物質(放射性セシウム等)は、本件事故により本件原子力発電所から大気中に放出され、その一部が本件各土地の土壌に付着したところ、当該付着した事故由来放射性物質のみを本件各土地の土壌から分離して除去することは、現時点の技術では事実上不可能であり、被告がこれを管理することができる状態にあるとはいえない(この点は、原告らが被告に対し本件各土地への立入りや除去作業を認めた場合であっても同様である)。このため、当該付着した事故由来放射性物質は、それが本件原子力発電所から放出されたものであるとしても、被告が支配しているとは認められず、むしろ、客観的には、本件各土地と完全に同化してその構成部分となり、原告らの土地所有権による排他的支配が及んでいる。そして、原告らとしては、仮に本件各土地の所有権の内容を実現するため、本件客土工事を行う必要があるとしても、それは被告でなければすることができない性質の作業ではなく、原告らが自ら又は業者に委託して行うことが可能であり(本件でかかる認定を妨げる事情は見当たらない)、しかも、他人の支配を何ら侵すことなく、自らで権利の実現が可能である以上、禁止された自力救済にも当たらない。また、その費用等については、別途、原子力損害の賠償に関する法律等に基づき、損害賠償等の請求をする余地もあり得るところであり、所有権に基づく妨害排除請求を認めなければ原告らの救済の途がないともいえない。

 したがって、原告らは、被告に対し、本件各土地の所有権に基づく妨害排除請求として、予備的請求2を請求することはできない。

 なお、原告らは、汚染物質の管理者が負う排出者責任と同様に、放射性物質を排出し、妨害状態を作出した者が原状回復責任を負うのは当然であるとも主張する。確かに、廃棄物の処理及び清掃に関する法律は、事業者の廃棄物の適正処理の責任を明記した上(同法3条)、市町村長等が廃棄物の処分者等に対し除去等の措置を講ずべきことを命ずることができるとしている(同法19条の4以下)が、この措置命令による原状回復は、行政処分によって実現できる結果であり、私人間の物権的請求権の議論において当然に援用できるものではない。そもそも所有権に基づく妨害排除請求に関しては、前記のように解する以上、原告らの主張は採用することができない》

 《予備的請求4は、被告が本件各土地の所有権を事故由来放射性物質によって違法に妨害していることの確認を求める訴えであるところ、原告らが主張するように本件各土地における事故由来放射性物質の低減等に関し、被告らに何らかの作為義務を肯定し得るというのであれば、原告らは、その作為を求める給付の訴えを提起すればよいのであるから、この場合、予備的請求4に確認の利益があるとはいえない。

 (中略)

 さらに、原告らは、予備的請求4の確認の訴え以外に本件の紛争解決方法がないから、予備的請求4には確認の利益があるとも主張する。

 しかしながら、前記2のとおり、所有権に基づく妨害排除請求として予備的請求2及び3を求めることには理由がないが、原告らは、本件各土地について自ら又は業者に委託して本件客土工事を行うことが可能である上、その費用について、別途、原子力損害の賠償に関する法律等に基づき、損害賠償等の請求をする余地もあり得ることなどに鑑みると、確認の訴え以外に本件の紛争解決方法がないとはいえず、予備的請求4の確認の利益を基礎付けるに足りない。

 他に、本件で確認の利益を基礎付けるに足りる事情は認められないから、予備的請求4は、確認の利益があると認められない不適法な訴えである》

裁判所が国・東電に忖度!?

 要するに福島地裁(遠藤東路裁判長)は、農地を汚染させた東電の加害者責任を棚上げする一方、被害者である鈴木さんらに放射性物質の除去を促し「かかった費用は損害賠償請求する方法もある」などと〝的外れなアドバイス〟をしたわけ。

大玉村の農家・鈴木博之さん

鈴木博之さん。後ろの段ボールは裁判のために集めた資料の一部


 鈴木さんの怒りは当然収まるはずがない。

 「オレたちは土そのものを取り替えろと言っているのに、判決は『放射性物質のみを土壌から除去することは事実上不可能で、東電がこれを管理することはできない』と論点をすり替えるような指摘をしている。呆れて言葉も出ないよ」(同)

 この判決の問題点は、誰が加害者で、誰が被害者であるかを全く考慮していないことだ。もしその構図をきちんと理解していれば、東電が犯した罪に一切触れず、農家に「あなたたちで除染することも可能だ」「かかった費用は後から請求できる」などと言い放つことはなかったはずだ。

 「加害者の罪が一切問われないなんて、どう考えてもおかしい。でもそれは刑事裁判で扱うべき問題だから、民事裁判としては、東電が農地に実害を及ぼしたのは明白なので、まずは原状回復してもらい、その後のことは別途話し合うのが筋だと考えた」(同)

 それにしても、福島地裁はなぜ、鈴木さんらの農地を放射性物質が違法に妨害していることすら認めようとしないのか。

 「不特定多数の人が利用する公園や学校は徹底除染したのに、その隣にある農地はなぜ除染しないのか。日中に数人が作業するだけだから、やらなくていいということなのか。例えば公園と農地の境目に高い壁があり、それが放射性物質の進入を完全に防ぐというなら除染しなくても構わない。でもそんなことは絶対になくて、福島県と接する他県も、詳細な測定はしていないがおそらく高い放射線量が示されると思う」(同)

 東電が農地を汚染させたことを法的に認めてしまうと、隣県をはじめとするあらゆる土が「福島第一原発から放出された放射性物質」によって汚染されていると正式に認めることにつながる可能性がある(そんなことは裁判でシロクロつけるまでもなく、その通りなのだが)。そうなると、賠償に際限がなくなり、東電の経営が行き詰まる恐れがあるから、福島地裁は国や東電に忖度して的外れな判決を出した――とは考えられないだろうか。

 だから国は実害から目を背け、それを風評被害とすり替え、「基準値を下回っているので安全だ」と農産物の売上回復に努めることで、賠償が少なく済むようにしているのではないか、と。

 「要するに、原発は一度事故を起こせば〝後始末〟にカネがかかることを国も東電も裁判所も認めたくないんだと思う」(同)

許し難い東電の主張

 そもそも腹立たしいのは、東電に加害者意識が全くないことだ。以下は同訴訟において、被告の東電が言い放った許し難い主張だ。

 《本件各土地には、自然由来の放射性物質のほかに、かつて行われた大気圏内核実験やチェルノブイリ原子力発電所の事故によって放出された放射性物質も存在するところ、本件各土地における事故由来放射性物質の具体的な状況及び数量は明らかではない。また、事故由来放射性物質のみを本件各土地から分離して除去することは、そのような方法が確立されておらず、不可能である。以上のことからすれば、被告が、本件各土地に付着した事故由来放射性物質を事故の支配内で管理しているとはいえない》

 《本件各土地が所在する市町村においては、実際にも、米について、平成26年産以降の作付制限や出荷制限がされていないことはもとより、全量生産出荷管理の対象地域にも該当せず、野菜について出荷制限はされていない》

 《除染特措法の枠組み等に基づく農地の除染方法は、専門技術的観点からも社会通念上も有効かつ適切な除染の方法として広く受け入れられており、そもそも除染を要しない場合はもとより、除染を行った場合に本件各土地の土壌中に放射性物質が存在するとしても、その程度は、農地としての耕作・使用・農作物の出荷を妨げるものとはいえず、社会通念上違法な所有権侵害が本件各土地に生じているとはいえない》

 原発事故に対する反省は一切うかがえず、加害者が主張すべき内容とは到底思えないが、読者の皆さんはどう感じられるだろうか。

 地裁判決を受け、当然控訴した鈴木さん。最後に「農家」としてではなく「福島県民の一人」として強い思いを口にした。

 「県民はなぜ怒らないのか。被害者ならもっと声を出すべきだが、多くの人は経済的実害がないから被害者意識がないんだろうね。典型的なのは役人だ。人事異動で担当が代わると、何も分からずにアタフタする役人は少なくない。オレたち被害者はずっと被害者で、代わってくれる人なんていないんだ。役人にはもっと勉強しろと言いたい。だいいち、内堀知事は怒りが足りないよ。自分の〝庭〟を汚されたんだよ。この手の裁判はオレたち農家ではなく、県民を代表して知事が原告になるべきだと思うけどね」(同)

 あまりに率直すぎるが、しかし何一つ間違っていない鈴木さんの意見が、内堀知事をはじめ多くの県民に共感されることを願う。


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