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音楽で先取り! 大注目作、スティーヴン・スピルバーグ監督の『ウエスト・サイド・ストーリー』

巨匠、スティーヴン・スピルバーグ監督がリメイクを手掛けたと話題のミュージカル映画『ウエスト・サイド・ストーリー』が2022年2月11日、いよいよ日本でも公開になります。オリジナルは1957年にブロードウェーで初演、1961年に映画化された『ウエスト・サイド物語』(邦題)。いわずと知れたミュージカル映画の金字塔です。

現時点で、オンラインで視聴可能な予告編や音源を駆使し、スピルバーグ版『ウエスト・サイド・ストーリー』の魅力に迫っていきたいと思います。案内役は音楽評論家、藤田正さんです。

※トップ画像はRachel Zegler, Ansel Elgort - Balcony Scene (Tonight)から引用しました。

――待ちに待った『ウエスト・サイド・ストーリー』が公開になります!

藤田 いやぁ、待ったねー。「スピルバーグが『ウエスト・サイド物語』をリメイク」っていう話を聞いてから、多くの人がそんな感じだったんじゃないかな? で、森さんはオリジナル(1961年版)は見たことはあるの?

――はい、2002年にニュープリント・デジタルリマスター・バージョンが公開されたときに観に行きました。そのときのチケットが手元にありますけど、「ダンス・音楽・永遠の青春……すべてのエンターテインメントの原点がここに!」とあります。知らず知らずに接していた歌がたくさんあって、「ああ、この曲もここがソースだったんだ!」と何度、思ったことか。藤田さんは1961年版の初公開時にご覧になられたんですよね?

藤田 んなわけ、ないでしょ! ぼくもそのころはちびっ子だった。でも、公開から何年か経って初めて劇場で観たとき、かっこいいな~と思った。

――この冒頭のダンスシーン(上のYouTube)からして、ノックアウトさせられますもんねぇ。この音楽を担当したのが、泣く子も黙る……

藤田 レナード・バーンスタイン。偉大なる指揮者であり、作曲家、ピアニスト……などマルチに活躍した人物です。

バーンスタイン自らの指揮による「ウエスト・サイド・ストーリー」

――作詞は、昨年亡くなったスティーヴン・ソンドハイム。『ウエスト・サイド物語』製作当時は若く、無名だったそうですが、これをきっかけにミュージカル界のトップに上り詰めた。この方は、ミュージカル『レント』で知られるジョナサン・ラーソンの自伝ミュージカルを映画化したNetflix『tick, tick... BOOM! : チック、チック…ブーン!』でも描かれています。

藤田 こういった人間関係って、ニューヨークのブロードウェイ・ミュージカルならではのダイナミクスだよね。森さんが言った『チック・チック・ブーン』だけど、監督は、2021年に公開されて映画版も話題になった『イン・ザ・ハイツ』の原作者かつ制作者、音楽担当の……。

――そうです、『ハミルトン』でも知られる現代ミュージカル界を代表するリン=マニュエル・ミランダなんですよ!『イン・ザ・ハイツ』は、舞台をマンハッタンの北に移して、『ウエスト・サイド物語』を現代に置き換えたともいえる作品です。

藤田 『ウエスト・サイド物語』が後世にどれほどの影響を及ぼしたかがわかるし、これがニューヨークの演劇・音楽文化の面白さだよね。

――ほんとですねぇ。リン=マニュエル・ミランダさんはプエルトリコにルーツをもつ人物。まわりまわって話を元に戻しますが、『ウエスト・サイド・ストーリー』は、1950年代のニューヨーク、マンハッタンのプエルトリコ系移民とポーランド(ヨーロッパ)系移民の若者たちの対立と、敵対するコミュニティにいながら互いにひかれあう男女の恋を描く物語です。

藤田 プエルトリコ系がシャークス、ポーランドなどの白人系がジェッツ。主人公、マリーアはシャークスのリーダーの妹で、彼女が恋するトニーはジェッツの元リーダーです。わかりやすくいえば、ニューヨークの下町に舞台を置き換えた『ロミオとジュリエット』です。

West Side Story (スピルバーグ版/オリジナル・サウンドトラック)

――スピルバーグ監督は、2021年(アメリカ公開)の観客に合わせて、多くを調整したと聞きました。

藤田 今回は、主人公マリーアを演じるレイチェル・ゼグラーをはじめ、プエルトリコ人のキャラクターを演じる俳優たちは全員ラテン系の血を引いているそうだからね。1961年版ではラテン系のキャラクターは、濃いメイクをした白人俳優が演じていた。マリーアの親友で、兄の恋人であるアニータを演じたリタ・モレーノ(スピルバーグ版のプロデューサーでもあり、本作にも出演)もプエルトリコ出身なのに、肌を黒くするために、意図的に強めの化粧をさせられていた。ちなみにマリーア(Maria)って、ラテンアメリカにおいては、日本の慈母観音のような存在だってことは、念頭に置いて映画をご覧ください。

――当時は、アメリカ黒人ばかりでなく、ラテン系でもブラックフェイス的演出が行われていたんですね。スペイン語の会話にも字幕がついていたとか。それらが現代の価値観に合わせて修正された。音楽を見ても、スポティファイから引用したサウンドトラックの2曲目には1961年版にはない「La Borinqueña(Sharks Version)/ラ・ボリンケーニャ」があります。

藤田 これは、プエルトリコの「国歌」です。正確にはプエルトリコはアメリカの自治連邦区だから、自分たちのアイデンティティを示す大切な歌の一つなんです。それのシャークス・バージョンということなんだろう。「ボリンケン」というのは、スペイン人が同地を征服する前に、もともと住み侵略者に滅ぼされたタイノ族が呼んだ島の名前です。日本を「やまと」などと言うように、「ボリンケン」って文学的な世界での、いわば「雅語」なんです。

――ニューヨークにやってきたけれど、プエルトリコ人としての誇りを失わないことを、この曲で表明しているってことですね。

藤田 どんなシーンで使われるかが分からないからなんとも言えないけど、大きなポイントであることに間違いないだろうね。

――藤田さんが予告編や宣材写真を見て、真っ先に驚いたことがあるそうですね。

藤田 そう! マリーアとトニーが互いを見初める有名な体育館でのダンスシーンがあるんだけど、舞台上にバンドが見える!

――確かに、びしっとキメた、オルケスタが見えます。

藤田 これだけで感動ものだよね~。やっぱり、ダンスは生バンドで踊らなくちゃ!

冒頭にチラッとバンドが見えます ↓

――で、体育館でのダンス・シーンで印象深いのはやっぱり「Mambo」なわけですけど、そもそも「マンボとはどういうものか」、また、「Mambo」のバーンスタイン流解釈について、説明してもらっていいですか?

藤田 マンボって、戦後の日本でも最も有名なダンス・ナンバーの一つでした。森さんにとっては祖父祖母の時代の、最新流行の音楽だった。その原点となるのがキューバ系の黒人音楽なんだけど、大衆文化の集積地であるニューヨークではさらに洗練されて、マンボ(の時代のアフロ・ラテン)と仲間のモダン・ジャズは、1950年代のアメリカ大衆音楽のカナメとなった。この後に登場するのがロックンロールでありサルサ、なのね。マンボは大オーケストラで、フロントには素晴らしい歌手とダンサーがいて、当然のように華麗! 今回の映画も、この時代のニューヨークがベースになっている。

舞台と映画のオリジナル・スコアを書いたバーンスタインの凄いところは、アフロ・ラテン音楽の特質をきっちりと理解しながら、ヨーロッパ・クラシック音楽の中へ見事に取り込んだことです。彼の「America」や「Mambo」などは特に、なんて上手なんだろうと思う。もちろんラテン好きの視点からすれば「こんなんじゃ踊れないよ!」という批判もあるだろうけど、それはあまりに画一的。今回、公開されるニュー・バージョンの映画は、バーンスタイン音楽の素晴らしさを活かしながらも、アフロ・ラテンのリアルなダイナミクスを今に展開させようとしている作品だと、ぼくは信じています。

ベルリン・フィルによる「Mambo」

マンボ時代から大活躍したバンマス、ティト・プエンテ!
映画に描かれた時代から、ニューヨーク・ラテン音楽界のボスとして君臨してきたプエルトリコ系の誇り!

――ダンス・シーンでは先のスピルバーグ監督のインタビューがあるYouTubeにも登場し、さきほど名前の挙がった「America」がもっとも激しく、観客を魅了しそうです。

藤田 アニータ役のアリアナ・デボウズ、いいよね~。彼女、アフロ・ラティーナなんだってね。Netflix映画の『ザ・プロム』(2020年)にもでてたよね。

――「Maria」とか「Cool」とか、名曲が目白押しで語り切れませんので、マリーアとトニーがバルコニーで歌う「Tonight」を貼り付けておきましょう。

藤田 映画館で、「密」を避けながらだけど、大騒ぎしたいね!!

――聞いたところによると、トニーは今回、ニューヨーク市の北に隣接するウエストチェスター郡オシニングのシンシン刑務所から帰ってきた前科者だそうですよ。

藤田 え、まじで!? シンシンといえば……前々回、紹介したエディ・パルミエリ師がライブをやった歴史的刑務所ですよ!

――ですね。主人公たちの背景がよりリアルになった『ウエスト・サイド・ストーリー』に期待が高まります。心して待ちましょう!

1961年版『ウエスト・サイド物語』のサウンド・トラック はこちら


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