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【記事和訳】イラクの「シーア派」民兵勢力に加わるスンナ派―4. アンバール県における諸勢力/5. 奇妙な協力関係

原文:The Sunnis of Iraq’s “Shia” Paramilitary Powerhouse (Inna Rudolf, The Century Foundation)

目次

(和訳は仮)
0. 序文
1. スンナ派のPMU支持者:単なるプロパガンダなのか
2. スンナ派のPMU参加の根源
3. 互恵的な枠組み
4. アンバール県における諸勢力
5. 奇妙な協力関係
6. シーア派部隊のスンナ派隊員
7. PMUへの忠誠
8. 新しい同盟と賭け

アンバール県における諸勢力

イラクの複雑な安全保障の実態を理解するには、アンバール県の場合、政治力学の根底にある社会政治的・地政学的側面を考慮することが重要である。同県における安全保障は、深い利害関係を持つ当事者間の複雑な負担分担の上に成立している。アンバール作戦司令部、東アンバール・ラマディ司令部、国境警備隊、情報機関、連邦警察、地元警察といったイラク治安部隊に加えて、 6つ以上の部族PMUグループが現地に存在している。2019 年 7 月に導入された組織構造によると、これらの部族兵は他の構成員と同じ軍事行動規範が課せられている。また、部族兵には所在地の県作戦司令部との調整が求められている。現在、PMU指導層は、PMU内の正式な部族構成員の数についてきちんと把握していない。が、PMU担当者や治安当局者は聞き取り調査で、ニネベ県PMUが約18,000人、サラハディン県PMUが約3,000人、アンバール県PMUが約16,000人在籍していると述べている 。アンバール救世評議会の前会長ハイス氏は、アンバール県の在籍兵のうち1万人は民衆動員委員会を通じて給与を受け取っているが、残りの6,000人はいまだに「ボランティア」扱いされており、最低限の装備しか提供されていない、と述べている。

筆者とのインタビューの中で、ファルージャの部族PMU連隊の代表は、悲惨な装備調達・供給状況に不満を表明し、装備不足がアンバール県で活動する大半のスンナ派部隊の作戦能力に悪影響を及ぼしていると述べた。ただし、彼は人民動員委員会の責任への批判を控え、擁護した上で、中央政府と首都に住む「私腹を肥やすエリート」に矛先を向けていた。「最近、衛星放送に出演していたやつらが戻ってきやがった。解放作戦中にスンナ派を守るふりをして、ホテルやリゾート地を拠点にしていたやつらだ」と彼は不平を述べた。「この政治家どもは単に流れに乗りたいだけだ。(元イラク議会議長の)サリム・アル・ジャブーリは、PMUのボランティアは支援や給料に値しないと主張した。なぜだ?我々はモスルを解放し、バグダッドを守り、(ジャブーリが)帰還できるようにした。私たちは血の代償を払って奪回したのだ。1つの家につき少なくとも1人は殉教者がいる。」

特筆すべきは、彼が説明の中で、地元コミュニティとの信頼関係の再構築、重要な機密情報の獲得における、部族PMUの貢献を繰り返したことだ。「我々は協力している」と彼は言った。「部族のシーク(族長)や町のムフタール(長)と連携できている。我々には民間人の情報源や協力者がいる。ムフタールは電話番号をくれるし、毎週木曜日に打ち合わせしている。打ち合わせメンバーにはそれぞれ情報提供者がいる。知っていることを我々と共有してくれる提供者だ。」

ハイスと同様、彼は(超宗派的な)国民の団結を称賛し、彼が言うところの「イスラム国関係者とされる人々への人権侵害という特殊な事案」、その実、作戦初期から頻繁に発生していた問題から話を逸らした。「神と人民動員委員会を称えます。彼らのおかげでこの成果が達成できたのです」と彼は言った。「私たちは皆、イラクの旗の下にいます。私たちは皆、団結した動員戦線として、一つの国家機構の傘下で、国を守っています。私たちは権利を与えられるべきだし、武器を明け渡した者のせいで差別されてはならない。」

アンバール県では、様々なPMUのシーア派部隊が活動しているが、とりわけてスンナ派住民の支持獲得に成功した部隊がいつくかある。その中には、古参の米国指定「特殊グループ」が多く含まれており、カセム・ムスレー率いる民衆動員作戦西アンバール枢軸と協働している。特殊グループは典型的なイラン傘下のシーア派民兵組織であり、米軍とその同盟国に対する数千もの攻撃について声明を出してきた。米国の安全保障界で超シーア派主義戦闘員と認識されているにもかかわらず、このような部隊が奪還地域のスンナ派住民と同盟関係を結ぶことに成功してしまったのは、矛盾するように見える。一時的で、かつ共通の敵という前提条件付きであるにせよ。一例がある。これらのシーア派部隊の報道官は、公式には市街地都での活動を否定している。しかし、所属メンバーの多くが、都市部で情報を収集・伝達してくれる情報提供者・潜入者の大規模なネットワークを利用できると述べる。シーア派優勢のPMUへのスンナ派参加を議論する中、ハイスは、スンナ派・シーア派の分断が総じて人為的で、都合よく作られたことを強調した。「(スンナ派参加の)何がおかしいのか。―だって、私たちは皆イラク人だろう?」彼は言った。「私たちは同じ悪と戦っている。」

奇妙な協力関係

スンナ派アラブ人がシーア派支配のPMUと同盟を結んだ地域では、同盟が脅迫・強制のみによるものだと主張する政治家がいる。しかし、詳しく調べれば、この一見矛盾した協力関係に、もっと多様で複雑な要因があるとかる。

PMUやその他の敵への恐怖は、確かに理由の1つである。例えば、本報告書で既述した通り、アンバール県等の多くのスンナ派アラブ人が、様々の集団による苦難、特にイスラム国による暴力を受けた。さらに、アナリストのムハナド・セルームは、PMUの手をとったスンナ派アラブ人コミュニティは、歴史的に非常に脆弱な立場だった、と筆者との会話で強調した。彼によると、現地コミュニティが PMU と連携することを選択したのは、「生存のため」であった。

しかし恐怖心は、原因の1つに過ぎない。PMUは複数の取り込み戦術を組み合わせることで、スンナ派集団・戦闘員を動員している。イラク紛争地域における武装勢力の違いを巡る報告書の中で、マック・スケルトン、ズムカン・アリー・サリームは、バドル組織(以前はバドル旅団として知られていた)やアサイブ・アハル・アル・ハークなどのPMU民兵が、反スンナ派的な残虐行為に関与したにもかかわらず、地元スンナ派コミュニティの忠誠心獲得、スンナ派アラブ人戦闘員の採用に比較的成功している、と指摘する。特にアツ・サディヤや、住民構成が複雑なジャラワラの都市部が当てはまる。聞き取り調査からわかるのは、PMUが「飴と鞭」という高度な交渉術を用いていることである。その内容は、敵対集団からの保護や武器提供、果てには「立派な給料・土地・家」等の非常に即物的なものに及んでいる。採用活動の円滑化のため、アサイブ・アハル・アル・ハーク陣営は、追放されたスンナ派アラブ系住民に故郷へ「帰還する権利」を(入隊と引き換えに)与えているとも言われている。加えて、バドルやアサ イブ・アハル・アル・ハークの隊員になれば、高額な検問所の設置など、多くの収入獲得手段に便乗する機会が開かれる。イラク各地で、検問所権益には伝統的な政治主体に加え、政府機関との関係が希薄な組織外の治安関係者が混在している。アンバール県配置の旅団所属者が、聞き取りの中でこう強調していた。国境地域を筆頭に、検問所を守る通称「合同任務」が見受けられるが、「ここでは軍隊、PMU、警察、部族兵出身者が皆1つの組織のように動く」。

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2019年3・4月にアンバール県で行われた現地調査から、スンナ派アラブ人が同国のシーア派と共通利害を探そうとする側面が、イラク西部における超宗派的な共生というPMUのナラティブの中に、大幅に活用されていることがわかった(地理的に限定されている上、一時的で多くの条件付きで成立した状況にもかかわらず)。アンバール県の事例の詳細について、シーア派族長・元国会議員のシャハマニは、暴力的過激主義に対抗してきた同県の歴史の影響を指摘した。「アンバール県にはスンナ派覚醒評議会に端を発した、テロとの戦いの歴史がある。覚醒評議会はテロリズムを拒否し、国家に協力するという路線を辿ってきた。アルカイダに対峙した過去の経験が、ダーイシュ(イスラム国)に対抗する動員への道を開いた。この点において、アンバール県の事例は、同じダーイシュの手に落ちた他県と決定的に異なる。」バグダッド大学の政治学講師ムスタファ・アル・ナジは、覚醒評議会の影響について同様の指摘をしている。「アンバール県の(部族PMUの)DNAは、覚醒評議会の経験に遡ることができる。」ナジはまた、アンバール県の力学とは構造的・社会政治的に異なる点があることを強調しつつ、サラハディン県とニネベ県におけるスンナ派のPMU参加の性質についても詳述した。

アンバール県ハディサ地域のジュゲイファ部族は、政治的な野心なく当初から(イスラム国と)戦っていた。それに比べて、サラハディン県やニネベ県では、影響力のある有力者が、PMU参加で住民の多数派を獲得することで、出身都市・コミュニティを巡る政策への影響力保持、地域レベルにおける治安・公共サービスの供給安定化を狙っていた。ただし、既存政党の失敗を目の当たりにしていたため、有力者の多くが引き続き独立してPMUと協働することを好み、アサイブ・アル・ドゥルイーヤやアサイブ・アル・ラームなど、地域に根ざした形で勢力の組織化を行っている。

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