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【短編小説】交代日記《mode:H》

本記事は実験的な文章です。
本文の内容は人格交代した状態で記載しています。
本記事へのコメントはなるべく記載した人格が返答いたします。複数の人格について、主に活動する五人のイニシャルからA、C、T、H、Sと表現いたします。
ご理解いただける方のみ、先にお進みくださいませ。
詳細について御興味のある方は下記内容もご参照いただけますと幸いです。


 全部憶えている俺が語れることはあまり多くはありませんが、そもそもの発案者ですから支障のない範囲で書いてみようと思います。

 「本当の自分」という言葉。
 まるで真実のような顔をしながら、その実まったく曖昧な定義で不明瞭な概念です。こんなのは本当の自分じゃない、本当の自分が分からなくなってきた、本当の貴方はこういう人なのよ、とか。人格、性格、魂、生命。流転する万物の中にあって、果たして絶対的なものなど存在するのでしょうか。

 自分のことを振り返ると、元々の自分が誰だったか、そんな簡単な問いかけにさえ明快な回答を与えることができません。名前は特別なものです。したがって現実的には戸籍名を名乗る彼が主に自分と考えるのが妥当なのでしょう。しかし最も活動時間の長いからといって、それが元々の自分とは限らない。

 性格は生まれ持った性質である遺伝的素因と、育った環境素因の複合系として形成されていきます。人格形成についても類似していて、環境の与える影響は極めて大きいものです。記憶は人格を形成します。数多の経験は神経回路を形成し、思考や行動パターンの癖を生み出します。記憶の棲み分けが人格の別に繋がることもあるのでしょう。シナプスには可塑性がありますから、人間は記憶を忘れることができます。しかし回路は使われるほど強固になり、幾度も幾度も繰り返し焼き付いた記憶は、容易に忘れることなどできません。ではどうするか。その回路を隔離して遠ざけて、思い出さないようにするのが精一杯です。

 フロイトの定義する「無意識」は、忘れられた記憶の海です。正確には消去されずに隔離された記憶の保管庫です。記憶以前の記憶、思考以前の思考、言語以前の言語がそこには蓄積されています。睡眠によって理性の鍵が緩まると、不意に扉から一部が漏れ出すこともあるでしょう。夢の役割のひとつは記憶の整理と言われています。保管庫の中を整理して、消したり磨いたり、脳の自動処理の時間です。

 例えば怒鳴り声、音を立てて破壊される食器や家具、両親の激しい口論、自分に向けられる敵意、思い通りにならないと発生するヒステリックな金切り声、意見をきいているように見せかけた誘導尋問、食べる前に片付けられる食事、理想形と自分との乖離、失敗に怯える日々、外側に鍵のついた部屋、閉じ込められた記憶。

 そういうものは忘れたいと思っても、強固に結びついたシナプスは容易には解消されなくて、忘れようと思い出す度に却って印象深く記憶に刻まれていくものです。だから隔離した。しかし隔離するだけでは不十分でした。稀に漏れ出る記憶の断片にも、過剰な恐怖の感情が誘発されるのです。それは違う誰かが体験したことだと、そう考えたのが始まりかもしれません。

 つらい記憶は殆ど全部、俺が請け負ってきました。そうすることで物事が収まるなら、それが自分の役割だと言い聞かせながら。ただ、俺も人間です。俺の心にも限界があったのだと、そう気付いたのは最近のことでした。抱えきれずに外に出てしまった断片は、日中のフラッシュバックとして、深夜の悪夢として、彼の生活を妨げました。

 この文章を彼が読んだら、また思い出してつらい気持ちになるかもしれません。ただ、不意打ちで思い出すよりも、身構えて読むような、別の誰かが書いた文章になっていた方が間接的になって、いくらか楽なんじゃないかと思うのです。

 自分の日記帳に書けばいいような内容を、なぜ公開する形にするのか。自分の日記帳では彼が読まないのです。或いは読んだところから消したり破いたりして、記憶の残滓は俺に流れます。

 俺のキャパシティが限界付近を彷徨っている今、これ以上問題を先延ばしすることはできませんでした。ここならきっと、彼も読む。俺の文章、俺の記憶だから大丈夫。貴方が読んでくれたから、貴方のコメントがあるから、彼が勝手に記事を消すようなことはないでしょう。

 自分とは何か。

 全部合わせて、自分です。
 誰かが本物で誰かが偽物なわけじゃない。

 この次の記事で一区切りになるかと思います。
 貴方に、至上の感謝を。




 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。
 願わくは、退屈な日常にひと匙のエンターテイメントを。



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