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漢方少女

 2歳になった娘は漢方薬を好みます。

 家に漢方医が一人いますと、大抵の不調を漢方薬と鍼灸治療で解決することができます。小児も例外ではありませんから、必要な場面では小児科を受診することもありますが、先ずは私が診断と治療を試みます。

 漢方薬はマズいから子どもが飲むのは難しい、という先入観は医療者の中にも蔓延っています。いつかの東洋医学会の演題で「どうやって漢方薬を子どもに飲ませるか」というテーマの発表があったくらいには、問題になることの多い領域であることがわかります。

 勿論、風味のキツい生薬や飲みにくい処方もありますが、多くの場合、適した薬は飲みやすいものです。身体がソレを求めている、といいましょうか。大人の場合もそうですが、子どもであっても病態にピッタリ一致する漢方薬は、むしろ好んで飲むことを頻繁に経験します。


 例えば鼻水の垂れる夜。
 トテトテと小走りで駆け寄ってきた娘が「かんぽーのむ、かんぽー。」と私に声を掛けました。漢方のむ?と訊き返すと、娘はニコッと笑って、

「うん!かんぽー!けいしとう、かな!」

と言いました。虚証の風邪の引き始め。桂枝湯は、すべての漢方薬の祖とも云われる基本的な処方です。脈をみて腹を診察して、私は桂枝湯を用意しました。小さなコップに拍手をした娘は、おいし、と嬉しそうに薬を飲み干しました。


 例えば兄妹喧嘩の夜。
 ぎゃーと泣きながら駆け寄ってきた娘が「かんぽーのむ、かんぽー。」と私に声を掛けました。え、漢方のむ?と訊き返すと、娘は泣くのを堪えて、

「うん。かんぽー。どれにしよっか?」

と言いました。桂枝湯とソレ以外を認識しています。診察を促すと、両手を前に差し出して脈診を受け、次いでゴロンと寝転がって「次は腹診よ」と言わんばかりにお腹をポンポンしています。診ますと、脈は浮数弦やや虚、腹は妙にくすぐったがります。これは肝が暴れている証拠です。臍上悸も少し触れます。

 四逆散証や柴胡加竜骨牡蛎湯証にもみえるけれど、彼女の平生の体質を考慮すると少し異なるアプローチがよいでしょう。いずれにしても強いストレスを感じている身体所見です。最近夜泣きが再燃して、寝言で「ちがう、ちがう」とか「それぼくのー!」とか叫んでいるのは、きっとそういうことでしょう。2歳児にもストレスはあります。

 考え得る処方は、抑肝散加陳皮半夏か、桂枝加竜骨牡蠣湯でしょう。どちらも家にありますから、テイスティングをしてもらうことにしました。柴胡が入ってたほうがいいと思うんだよね…と呟いた私を見ながら娘は「さいこ?そうそう。さいこ。」と嬉しそうです。

 けいしとう、りゅーこつ、ぼれい?と言いながら薬を一口含んだ娘は険しい顔で、次いで試した抑肝散には笑顔で「おいし」と言いました。ならば抑肝散にしようとコップを渡すと、グイグイ飲み干して満足そうにしています。

 その夜、彼女は一切の夜泣きをせず、朝まで穏やかな寝室でした。



 私には親子関係というものがよく分かりません。自分の幼少期体験や親子関係が些か特殊であったためか、善し悪しの判断に悩むのです。善しも悪しもないのかもしれませんが、其処にも自信がありません。ただ以前の私に比べたら、子どもたちとの関わり方は随分と自然に、私らしくなってきたように思います。

 その背景には、noteでの交流があります。様々な人生経験から紡がれる言葉たちに触れていると、ふとした拍子に新しい発見があったり、思わぬ一言に癒されたりします。だから私は今日も縁に感謝しながら、貴方に御礼を言いたいのです。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、この場所が永く居心地の良い環境でありますように。




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