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西洋と東洋の境界/外来診療の話

 この30年の間に気管支喘息の治療は飛躍的に発展しました。
 ひとつの転換期は1990年代、吸入ステロイドの開発と普及です。これにより喘息を患う人の症状は目覚ましく改善し、死亡率も減少していきました。
 もうひとつのブレイクスルーは、やはり「抗体製剤」の開発でしょう。吸入ステロイドをはじめとする様々な治療を組み合わせてもなお重症であった、難治性喘息と呼ばれる5〜10%ほどの患者さんにとって、これは僥倖でありました。

 先日、紹介受診された貴婦人がおりました。紹介状をみますと、これでもかとばかりに気管支喘息の薬が盛られています。しかし本人をみると、いかにも喘息の呼吸といった様相で苦しそうにしています。聞くと、普段からずっとこのような呼吸であって、特に今ひどい発作がでているわけではないと言います。
 これは由々しき事態です。これだけの治療をしても治らないならば、そもそも「気管支喘息」という診断が間違っているか、治療しても改善しない「難治性喘息」かの二択です。
 「喘息と信じて治療を続けていたら、実は気管結核だった」という症例を聞いたことがありましたから、こういう場合は特に慎重にならねばなりません。胸部単純X線(レントゲン)、CT、血液検査など、必要な検査をすすめます。普段ならここで呼吸機能検査を行いたいところですが、感染状況を鑑みて断念しました。

 どうやら純粋な気管支喘息らしいと結論に至り、さてどうするかと相談します。吸入薬も内服も最大限使用していますから、次の一手は「抗体製剤」です。

 費用はかかりますが、と前置きした上で、説明を試みます。すると貴婦人、よほど苦しい状態が続いていたのか、なんでもいいから良くなる可能性があるなら全部受けます、と間髪入れずにOKでした。

 早速、ある抗体製剤を注射して、その日はご帰宅いただきました。


 調子が悪かったらすぐ受診するように、と伝えておりましたが、次にその貴婦人にお会いしたのは1ヶ月後の再診予約日でした。 

「何をやっても良くならなかった30年来の喘息が、たった1回の注射で数日のうちに劇的に改善しました。」

 そう言って笑う貴婦人の呼吸は、すっかり綺麗な音になっていました。およそ月に1回毎の注射での治療は継続する必要があるものの、貴婦人の生活は劇的な変化を迎えたようです。

 

 自然への回帰がひとつのブームになっていますが、これを手放しに受け入れることは危険です。たしかに西洋医学には限界も弊害もありますが、それはひとつの側面に過ぎません。キャッチーなフレーズで西洋医学を悪のように糾弾する文章を見かけますが、これは人類の歴史に対する冒涜です。西洋医学の恩恵を享受しておきながら、無知から発せられる誤解を、私は悲しく思います。

 なぜ、極端に走るのか。

 江戸時代の伝統医学は世界的にみても非常に優れたものでした。
 しかし開国を経て西洋医学が主流になり、「医術開業試験(現在の医師国家試験の母体)」が課されたとき、それは完全に西洋医学の知識を問うものでした。以来、日本という国は「東洋医学(伝統医学・漢方)は古いもの」で「西洋医学こそ優れている」という思想が定着していきました。最近の「自然派」への回帰ムーブメントは、ちょうど反動のようなものなのかもしれません。

 しかし、なぜ、極端に走るのか。

 東洋医学、西洋医学、どちらかに寄りすぎるのは勿体無いことです。それぞれの得意とするところが違います。両方取り入れて、より高みを目指せばいい。気管支喘息も西洋医学では病因の根本や体質までは治せません。私は必要に応じて漢方薬や鍼治療も併用します。(鍼灸治療の併用が望ましい場合には専門家へ紹介します。)

 私の目標は「西洋医学と東洋医学の融合」です。

 患者さんを前にしたら、「西洋医学の視点」と「東洋医学の視点」で異常を見極め、解決方法を探します。西洋医学的な異常がなくて、東洋医学的な異常もなかったら、精神科領域の問題でしょうか。

 いいえ。次に霊障でないかを視ます。

 霊障でもなければ、精神科領域の問題と考え、専門科の受診を勧めます。
 
 なるべく「気のせい」「ストレス」「精神的な問題」と言わないようにしたいのです。
 病院を受診する以上は、何かに困っていらっしゃるはずですから、気のせいなわけないでしょう。ストレスの結果起きていることに医学的にアプローチするか、ストレスがあるというならその解決策まで提示できなければ問題は解決しません。心理学でも哲学でも持ち出して、せめてヒントくらいは提案できるよう努めています。

 セクショナリズムは病院にも及び、「それはウチの科じゃないよ」が蔓延しています。細分化し専門化する科学も重要ですが、どこかに忘れられた「人を診ること」を、私は大切に思います。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の体調不良がすっきり爽やかに解決していきますように。


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