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たかが舌、されど舌

 貴婦人が診察室を訪れました。

 曰く、歯科治療に行ったら「舌が異常だ」と指摘されて口腔外科を紹介受診となったものの、そちらでは異常はないといわれて帰されたそうな。
 しかし異常なのか異常でないのか、なぜ異常といわれたのか気になって仕方ない。ここに不思議な医者がいるという噂を聞いて、わざわざ遠方から訪れたといいます。

 ひと通り経緯を伺ってから、では舌を見せてくださいといって診察をします。

 みますと、真っ白です。
 中心はひび割れています。
 外縁には歯の痕がうすくついていて、舌の裏の静脈は張っていました。

 ひどく疲れていませんか、と訊ねますと、実は…といって体調不良に困っている旨を教えてくださいました。疲れやすくて食欲もない、頭痛がひどくて生理痛も重い、手足は冷えて浮腫む感じがする…等々。

 これは西洋医学的には正常な舌ですが、東洋医学的には大きな不調を抱えている傍証です。歯科の先生は東洋の知識はなかったものの、たくさんの舌をみてきた経験から「何かおかしい」と感じたのでしょう。

 さて、ではどうすればいいでしょうか。


 帰脾湯きひとう当帰四逆加呉茱萸生姜湯とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとうあたりのオシャレな処方も脳裏をよぎりましたが、どちらも癖の強い風味があります。漢方を初めて内服する貴婦人には少しばかり刺激が強過ぎることでしょう。

 種々の診察結果を参考に味の好みも勘案して、補中益気湯ほちゅうえっきとう当帰芍薬散とうきしゃくやくさんを処方しました。

 数日すると身体が温まり食欲が戻り始め、二週間も経つと全ての不調が相当に改善し、その後も快方に向かいました。問題の舌の色も、少しずつ健康的なピンク色に近づいてきています。


 舌の異常をきっかけに、体質改善の道が開かれました。

 貴方の舌も、ひょっとしたら身体の不調の表れかもしれません。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の舌が素敵な色でありますように。


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