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かゆみを治す話 【漢方医放浪記】

 全身かゆくて、眠れないんです。

 そう言って俯いた妙齢の女性の肌は、真っ赤に腫れていました。大小不同の紅斑が全身を覆い、ところどころ癒合傾向のある膨疹になっています。腕や背中に掻爬痕があって、かゆみの強さを窺い知ることができました。

 他院で精密検査を受けても原因不明といわれ、皮膚科医から内服薬と外用薬の処方を受けて使っているものの、まったく良くならないどころか湿疹の範囲とかゆみの程度が悪化し続けているといいます。

 皮膚のことだから皮膚科を受診するのがスジじゃあないか、と其方に紹介してしまう内科医が多いかもしれません。しかしながら、皮膚症状の原因に内科疾患が隠れていることも多々ありますから、サラッと流してはいけません。

 みますと、太陽光のあたる部分の湿疹が特に荒れています。以前から日光過敏のような症状がないか伺うと、身に覚えがある様子。これは膠原病圏の疾患を除外しておかねばなりません。幾つか考えうる疾患を鑑別するための検査をオーダーしながら私は考えます。

 このかゆみ、早くなんとかしないと。

 かゆみは非常に不快でつらい症状です。かゆみで眠れない経験をした方は激しく頷いてくださるかと存じますが、ほんとつらいんです。痛みもつらいけど、かゆみもつらい。鎮痛薬は色々ありますが、かゆみに効く薬は種類が限られます。すでに皮膚科医から相当数の薬が処方されていますから、それで治らないとなると一筋縄ではいきません。

 漢方診察をしましょう。

 脈は沈、数、弦、細、渋。脾虚が目立ち、かなり独特な雰囲気を醸しています。腹診では腹力3/5、心下痞鞕が著しく、胸脇苦満もそれなりにあって、腹直筋は緊張し、下腹部に圧痛点が散在しています。

 陽明病位を主体に病邪が少陽病位にも響いているのでしょう。裏熱虚証。瘀血も相応にあって血熱に至り、末梢側は血虚です。腹部の毒を除かねば、このかゆみは治りません。ステロイド剤で表面を抑えても、いいえ、抑えるほどに炎が燃え上がるようにかゆみが強くなるのは道理です。

 黄連解毒湯が良いでしょう。しかしそれだけでは不十分。冷やすことばかりに躍起になって血の治療をしなければ、病の根本が解決しません。こんなときには四物湯が役に立ちます。黄連解毒湯合四物湯、すなわち温清飲です。
 問題は少陽病位に病邪が及び食欲不振と倦怠感をきたしていることで、免疫調整作用も期待して柴胡に登場いただきましょう。素直に補中益気湯を加えます。

 ところで「毒」が西洋医学的な診断名をもつこともありますから、現代医療の検査も有用です。分野によっては漢方医学を凌駕する治療法が確立されていますから、自分は漢方医だから西洋薬は使わない…のようなポリシーは早々に棄てるのがよいと私は考えます。自分の医術を総動員することは勿論、効くものは何でも取り入れて、目の前にいる人を治療することこそ医者の本分です。


 結果、この女性には自己免疫疾患を含む西洋病名はつかず、西洋医学的には「原因不明の湿疹」の分類となりました。
 
 漢方治療の効果が絶大で、わずか数日のうちに湿疹は消退し、内服を始めて6日目には全てのかゆみが消失したそうです。再診の折、赤みの消えた綺麗な肌で、彼女は「よく眠れます」と嬉しそうでした。

 症状は消えたものの病の根幹が残存している状態でしたから、体質改善を目標に治療継続が必要と考えました。症状が出る前の、いわゆる「未病」の治療です。処方を調整しておりますが、以前よりも体力がついてきた様子で、湿疹の再燃もありません。


 高度に細分化された医学は卓越した専門家を数多く生み出しました。一方で臓器単位を超えて包括的に「からだ」を診ることのできる医師はどんどん減っています。江戸時代には当たり前だった医療が、今やロストテクノロジーのように語られます。復興と継承が必要です。我こそは、という方がいらっしゃいましたら、ぜひ共に漢方医学の道を歩みましょう。医師免許など飾りです。資格不問、経験不問。学ぶ意志ひとつで道は拓けます。


 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、先人たちの経験と知恵が甦り、実践の中で継承されていきますように。




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