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その芍薬甘草湯、大丈夫ですか。【漢方医放浪記】

「足をつるから、コレ飲んでます。」

 彼女が鞄から取り出したのは、芍薬甘草湯しゃくやくかんぞうとうのエキス製剤でした。薬局でも簡単に手に入るソレは、一般に「こむらがえり」とか「筋肉の緊張」に特効する漢方薬として認知されています。

 足をつる頻度を伺うと、ほとんど毎晩で多いときは3回つると言います。それで芍薬甘草湯を毎日内服しているというのです。漢方薬なら安全かと思って2年以上、と言う彼女を前に、私は恐怖しました。

 芍薬甘草湯は素早く効きますが、症状の原因を解決する処方ではありません。漢方薬における対症療法の部類と考えたほうがよいでしょう。漫然と連用していると副作用を起こし、最悪の場合には難治性不整脈から死に至ります。

 私は彼女の診察を始めました。

 脈は沈・数・渋・大。
 腹は力が充実し、両側の胸脇苦満を少し感じます。問題は圧痛点の多さで、両側の臍傍と下腹部に散在し、左下腹部には索状の抵抗を触れました。

 陽明病位・実証。瘀血が主体です。

 私は芍薬甘草湯の中止を指示し、桃核承気湯とうかくじょうきとうを処方しました。病邪は消化管の表面にあって、これが便秘を引き起こして自律神経の失調に至り、その結果「足をつる」症状が出現したと解釈します。

 2週間後。

 彼女は晴れやかな表情で診察室を訪れると、すべての症状が軽快したと喜びました。受診後に1回だけ足をつったものの、それから二度と再発しなかったそうです。便秘も解消して全体的な体調が良くなってきたと、彼女は笑顔でした。
 

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 医師国家試験(旧・医術開業試験)と保険医療制度の導入による西洋医学の台頭は、明治初期以降の日本医療を激変させました。古代中国より伝来し高度な発展を遂げた漢方医学は絶滅の危機に瀕し、失われた技術ロスト・テクノロジーになりました。

 中医学と漢方医学は起源を同一するものの、全く異なる医学体系です。類似点は多く、しかし其々にカスタマイズされた理論と治療法があるもので、ほとんど中医と漢方医は話が噛み合いません。

 私は漢方医です。

 絶滅したように思われた漢方医は細々と継承され、戦後、大塚敬節先生を中心に再興を果たしました。諸派はありますが、傷寒・金匱を根本に古方派の流れを汲む系譜を私は好みます。敬節先生の弟子の弟子の弟子の弟子として、私は漢方医学を研究し実践しています。

 それが天命と悟り、私はこの道を進みます。

 師匠に託された「日本一の漢方医」という目標に向けて。


 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、病める人の体も心も癒やす医療が世に浸透していきますように。



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