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「足が痛い」と息子は、

 その夜、泣きながら言いました。

「足?」

 怪我をしたわけではありません。見た目にはなんともなっていない様子です。どこが痛いのだろうと診察をしますと、関節も筋肉も、特に不調があるようには見えませんでした。

「成長痛じゃない?」

 妻がそう言って息子の足を摩ります。4歳児。身長は伸びてきています。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。私は診察を続けます。

 経絡を触れてみると、痛む部位が足の陽明胃経に沿っていることが分かりました。不自然にそこだけ痛み、他の場所はなんともありません。

「胃腸の具合が悪いみたいだね、治療しよう。」

 私は何種類かの鍉鍼ていしん(注:刺さない鍼。小里式と柳下を愛用します。)を取り出して、施術を始めます。それから置き鍼を足三里と三陰交に貼って、処置を終えました。息子は「楽になった…」といって笑いました。


 翌朝。

 暑い、と起きてきた息子は明らかに高熱でした。体温は39℃を超えています。しまったそっちだったかと脈をみると、やはり数大渋です。浮沈はありません。発汗や悪寒はみられず、身体が暑くてだるいと言います。

 自宅で抗原検査を行いCOVID-19と診断しました。昨日の経絡異常は発症の前兆だったのでしょう。太陽病合陽明病位の実証と考え、治療を組み立てます。

 麻黄と石膏の効果に期待して越婢湯えっぴとうを中心に、陽明病の治療には五苓散ごれいさんを使いましょう。承気湯じょうきとう類で下すべきかどうか悩むところですが、表証が強く出ているので其方の治療を優先します。そうして越婢湯合五苓散を成人の1/2量で與えます。6時間後に解熱していないことを確認して、追加で1回内服しましたが、発汗がありません。発熱のピークを過ぎて38℃台になりましたが、2回目の内服から4時間後にも未だ発汗がみられず、脈をみると随分と浮いています。浮数渋大で肝が実し脾が虚しています。これは陽明病が鍼と五苓散で落ち着いて、太陽病合少陽病位に変じたのだろうと私は考えました。然らば柴胡越婢加朮湯さいこえっぴかじゅつとうにいたしましょう。内服して2時間後、大量に排尿があって息子はすうっと眠りにつきました。

 翌日6時に起床した息子は、お腹が痛いと言いますが、37℃に解熱しています。夜のうちに発汗して解表できたのでしょう。この腹痛を下せば治ることは分かりますが、しかし大黄を使うには若干の躊躇いが生まれます。麻黄でいける気がする。それで私は柴胡越婢加朮湯をもう1回飲んでもらうことにしました。

 果たして1時間後、息子は大量に排便し、腹痛は消失しそれっきり熱も上がりませんでした。脈は浮弦渋。少陽病位です。その日の昼と夜に小柴胡湯を1/2包ずつ内服してもらって、治療を終了することができました。


 こうして息子のCOVID-19は2日間で完治しました。娘と妻と私は其々の不調に応じた漢方治療を行い、発症を回避出来ました。

 だいぶ風邪に近付いてきましたが、まだインフルエンザよりも厄介な感染症であるように感じます。やはりウイルスの振る舞いが奇妙で、息子の場合も太陽病と陽明病の同時発症でしたし、解表しても少陽病に突入していましたから。


 4月も下旬になりました。新年度の疲労が蓄積されてくる頃合いですから、どうか皆様ご自愛くださいませ。



 拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方と貴方の大切な人の健康が守られますように。




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