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20歳のブラームスと56歳のブラームス 作曲家の人生に思いを馳せる夜 WoO4

個人的に5ヶ月半ぶり(!!!)となるコンサートホールでの演奏会まであと数日。

この上なく楽しみな7月18日(土)は、昼の部と夜の部合わせて4時間越えのプログラムをお送りするのですが、今日はその中から、ピアニストの反田恭平さんとスペシャルゲストのチェリスト宮田大さんと演奏する、ブラームスのピアノ三重奏曲第1番にスポットを当てて書いてみようと思います。


1833年にドイツ・ハンブルクで生まれたブラームスは、1853年、20歳の時にヨーゼフ・ヨアヒムやローベルト・シューマン、そしてクララ・シューマンといった、19世紀のドイツを代表する先達と出会います。
まさにその時期、左側の写真の頃に書かれたのが、このピアノ三重奏曲第1番。

しかし、今日よく演奏されるのは若き青年ブラームスが書いたピアノ三重奏曲第1番ではありません。

ブラームスは自分の作品に対してとてもシビアかつ慎重だったことで知られており、19歳以前の作品をほとんど全て破棄してしまったことや、着想から完成までに21年(!)を要した交響曲第1番は、その代表的な例と言えるでしょう。

1882年にピアノ三重奏曲第2番を、1886年に第3番を作曲した後、1889年、56歳になった右側の写真の頃のブラームスは、ピアノ三重奏曲第1番を改訂することを決意します。
あれから36年、作品番号が付いているものだけでも100曲以上を書き、数え切れないほどの名曲を残した彼は、何を思って20歳の時の作品に手を入れることにしたのでしょうか。

全4楽章のうち、第2楽章にはコーダ(終結部)以外ほとんど手を加えませんでしたが、ほかの3つの楽章は主題こそ同じものの全く違う作品と言っても良いほどです。
あえて例えるなら、そうですね、、元々の料理に違う食材を足したアレンジレシピ、というよりもはや、同じ食材を使って全く違う料理を作った、と形容する方が近いかもしれません。


ところで、過小評価されがちな1854年稿ですが、私にはとても魅力に溢れた作品に写ります。

1854年稿の第1楽章、ロ長調の幸せに満ち溢れた第1主題の後に、自問自答を繰り返すようなモティーフの反復、そしてそこから始まるフガートは、模索を続ける先に光を求めているかのよう。
第3楽章の2つ目の主題の爽やかな風が吹き抜けるような若々しい愛に溢れたロマンティシズム。
長調で始まった作品にも関わらず短調で書かれている最終楽章、第4楽章は、葛藤を抱えながらとてもドラマティックに。
途中、一瞬現れるチェロのモノローグは若者の抱える孤独そのもの。
そして、最後の終わり方は、1889年稿を聴き慣れてしまっている我々にとっては衝撃的とも言えるものです。

1889年稿では、第1楽章の堂々巡りな自問自答は減り、その代わりにクライマックスへの息の長い構築と充実した展開部が現れます。
テンポが速くなり追い立てられているようだったコーダは一転、テンポを落とし、昔を懐かしみ回想するかのように。
爽やかだった第3楽章の2つ目の主題は、葛藤し悩み、諦めと諦めきれなさが混在する仄暗い主題に書き換えられています。そしてそれがコラール風の主題の清らかさと良い対比を成していることは言うまでもありません。
第4楽章の途中の朗々と歌われる堂々たる2つ目の主題は、何かが吹っ切れたからこそ書けたのかもしれません。
そして、非常に良く練り上げられたコーダは流石のもの。嵐のように作品は締めくくられます。

今回7月18日に反田恭平さんと宮田大さんと共に演奏するのは1889年稿ですが、いつか近いうちに1854年稿もぜひ演奏会で弾きたいものです。
そうなると組み合わせるプログラムは....夢が膨らみます。。

先ほど書いた通り演奏機会の少ない1854年稿。
生演奏以外で聴いたもの以外(映像/音源として残っている演奏)で記憶にあるのは、2014年のヴェルビエ音楽祭でのSteven IsserlisとJoshua Bell、Marc-Andre Hamelinによる演奏などでしょうか。


大作曲家と一演奏家の自分を比較しようとしても比較になりませんが、自分ととことん向き合い、変化に敏感だった作曲家の36年間の内面の変化は、相当なものであっただろうと。
私自身、例えば20歳の時から今現在26歳になるまでの6年間で、感覚や考え方、内面に大きい変化を感じていますが、その比ではない変化がブラームスの36年間に起きていたであろうことは、想像に難くありません。


考えを巡らせているうちに、今回のプログラムの他の作品のことも気になり、作曲時の情報をまとめてみると、なかなかに興味深く。

<13:30公演>

バッハ(1685-1750):無伴奏ヴァイオリンソナタ第1番 ト短調 BWV1001 より アダージョ
・1720年前後にケーテン(Cöthen-Anhalt)(ライプツィヒ近郊)にて作曲
→35歳ごろ
ドレーゼケ(1835-1913):ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ホルンとピアノのための五重奏曲 Op.48より第1楽章
・1888年にライプツィヒにて作曲
→53歳
ブラームス(1833-1897):ピアノ三重奏曲 第1番 ロ長調 Op.8
・1854年に作曲、1889-90年に大幅な改訂 (ドイツ)
→第一稿20歳、第二稿57歳
モーツァルト(1756-1791):ファゴットとチェロのためのソナタ KV292
・1775年または1777年にミュンヘンにて作曲
→19または21歳
R.シュトラウス(1864-1949):メタモルフォーゼン(弦楽七重奏版)
・1944~45年にGarmisch-Partenkirchen(ミュンヘン、インスブルックの近郊)にて作曲
→80歳

<19:00公演>

ボッケリーニ(1743-1805):八重奏曲「ノットゥルノ」ト長調 Op.38-4(G470)
・1787年または1798年作曲 (イタリア)(スペインにて?)
→44歳または55歳?
チャイコフスキー(1840-1893):弦楽四重奏曲第1番より 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ
・1871年、モスクワにて作曲
→31歳
グリンカ(1804-1857):大六重奏曲
・1832年作曲 (ロシア)
→28歳
フィンジ(1901-1956):弦楽合奏のためのロマンス Op.11
・1928年作曲 (イギリス)
→27歳
ベートーヴェン(1770-1827):ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.19
・初稿...1786年(15歳)~1790年(19歳)ごろ、ボンにて
・第2稿...1793年(22歳)、ウィーンにて
・第3稿...1794年(23歳)~1795年(24歳)、ウィーンにて
・第4稿(決定稿)...1798年(27歳)、プラハにて


とはいえ、年齢自体はただの数字。
それぞれの作曲家がどのような人生を辿り、どのような状況でこれらの作品を書いたか、少し調べてみるだけでも聴いた時の深みがぐっと増すはずです。

今回はこのプログラムを全員が20代のMLMナショナル管弦楽団のメンバーでお送りいたします。
リハーサルもまもなく始まります。とても楽しみ。


7月18日(土)の配信チケットのご購入はこちらから!

もちろんリアルタイムでご視聴いただけますし、その後7月20日(月)23:59までオンデマンドで何度でも繰り返しご覧いただけます。
次の週末のお供に、是非!

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