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柔らかく光る

恋人が夏休みを少し残して、大学へ戻ることになった。

春休みの終わりから約4か月間会えないまま過ごし、約3週間の夏休みで幾度か会って、遠出のできない夏を一緒に過ごした。それでも近くの海辺へ行ったり、映画を見に出かけたり、ささやかなデートをした。

そしてついさっき、夜ご飯を私の家で一緒に食べたあと、「また明日ね」と言ってさよならをした。車まで彼を見送るとき、離れたくないなあと思いながら手を繋いで歩いた。

夜風はもう秋のそれだった。私たちの脇をすり抜けて向こうへ吹いていった。蝉ではない涼しげな声の虫が鳴いていた。私たちもぎゅっと抱きしめあったまま少しだけ泣いて、最後は笑って見せて手を振り合った。

出会ってから3年が経ったけれど、私は今日、彼が泣くのを初めて見た。遠く離れていて会えないとき、さびしくて涙が出てしまう私を電話越しに慰めながら、彼が「俺はね、泣けないんだ。涙が出ないんだよ。心がおかしいのかもしれない」と言っていたのを私は憶えている。

だから日の落ちたあとの闇の中、私の肩に頭を乗せて涙を流している彼を見たときに驚いてしまった。私よりはるかに背が高くて、大人ぶっている恋人が、「涙が出ない」とぽつり言っていた恋人が、私と離れるのがさびしくて泣いているのだ。

なんだ、あなたの心は全然大丈夫じゃないの。ちゃんと生きている。

そして、あなたはそんなに強く私を思ってくれるのね、と思って信じられないほどあたたかい気持ちになった。普段泣かない誰かの涙がどれだけ強く人の心を打つのか、身をもって思い知った。

でもそのとき触れていたふんわりした肌のぬくもりとか、首筋のやさしい匂いとかは、また簡単に私の手の届かない場所へ行ってしまう。

大学生の間、長期休みが訪れるたびに私たちは再会と別れを繰り返す。私たち遠距離恋愛の模範例みたいに会えないね、と言って笑っていた二人が、数十分後には鼻水ぐずぐずにして泣いているのが可笑しくて、でもとても寂しくて。名残惜しいまま互いに手を振って、彼は帰途につく。

本当にきれいな夜だった。きっと一生忘れない。

今夜の彼の濡れた瞳、柔らかく光っていた涙をこの胸に秘めて、次会うまでの日々をこつこつと暮らしていこうと思う。

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