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中学のときの同級生の話

もう昨年のことになってしまったけど、中学のとき同級生だった男の子が入籍したという話を友人との電話で聞いた。

私がちゃんとかかわったことがある同級生の中で結婚した人物は彼が初めてだから、友達から話を聞いたときはすごく驚いた。

「ええっ、結婚したんだ!」
と思いつつ、おめでたいことだと素直に思えたのは、私がまだ若くて何も焦っていないということ、さらに同級生の彼がそう思わせるような人柄を持っていたということが挙げられるだろう。

私は彼と中学生という3年間だけを共有している。彼はひょうきんなのと同時に、まわりのことを実によく観察している男の子だった。

手先が器用で、上履きだったゴム製のスリッパが履けないほどぼろぼろになってしまったときには、放課後に段ボールとガムテープを使って代わりのスリッパを自分で作っていたくらいだ。なぜそんなことを覚えているかというと、段ボールを切るためのカッターを私が貸してあげたからだ。

彼はそのとき生み出したあまりに軽いそのスリッパを履いて何日か校内を闊歩しており、私はそれを見るたびにおもしろくて仕方がなかった。

そのスリッパで歩き回っているのを見つかって先生に怒られているのを見たときには、すごくうまくできているから褒めてあげたらいいのにと思った。

(あとで新品の上履きを手に入れた彼は「段ボールのスリッパ履きにくすぎ」とまわりに大声で文句を言っていた、自分で作ったくせにね)

嫌われてしまったら厄介だけど、味方につけたらこんなに頼もしい人はいないだろう、というような男の子だと、私は当時思っていた。

昨年彼が好きな女の子と入籍したという話を聞いたのを思い出し、彼についての記憶を引っ張り出してみると、思い出すことが案外多くてびっくりした。

たとえばこんなことがあった。

私は中学2年生の途中ごろから、コバルトブルーの布地に小さな白い星がいっぱい散りばめられているリュックサックを使っていた。

休み時間だったか放課後だったか、教室の中でみんながわちゃわちゃしているとき、なぜだかたまたま私の前の席に座っていた彼は、身体をこちらに向けていた。そして不意に、私の机の上に置いてあるリュックを指して「ねぇ、この星塗っていい?」と尋ねてきた。

私はたぶん本を読むか荷物をまとめるか絵を描くか、とにかく机の上でできるなにかしらの作業をしていたのだが、彼に声をかけられ、すこし考えてすぐに「いいよ」と答えた。

よく考えたら他人にリュックの星をペンで塗られるなんていいわけないのだけれども、なぜか私は頷いてしまったのだった。

彼はふざけておらず、真剣な目つきをして私に許可を求めてきていた。
私は「この星は塗られるべきものなのかもしれない」と思った。

ともかく彼は無理強いすることなく、私に「いいよ」と言わせたのだ。
彼の人柄がそうさせたと言っても過言ではなかった。

自分で聞いたくせに「え、いいの?」と彼の方が驚いているのをおかしく思いつつ、いいよ、塗っても、と答えた。

「じゃあ本当に塗るで?」と、彼はもう1度許可を取ると、私の筆箱にたっぷり入っているカラフルな水性ペンを勝手に取り出し、星を丁寧に塗り潰した。

1つ目の星は水性ペン特有のやけに彩度の高いバイオレット色になった。
2つ目の星はこれまた鮮やかなピンクに染まった。

しかし3つ目の星が何色だったのか、どうしても思い出せない。
レモンイエローだったのか、若草色だったのか、もっと別の色だったのか。

たぶん私は死ぬまで思い出せないだろう。あのリュックは高校生になってしばらくしたのちに手放してしまったからだ。

でもとにかく3つほど星を塗りつぶしたところで、ペンにキャップをはめる音がした。いまさら何個塗られようがたいして変わらないのに、彼は3つでやめると言ったので、私は肩をすくめてそれを受け入れた。

その日から卒業するまで毎日、私は色のついた星が3つほど瞬く、コバルトブルーのリュックサックで登下校をした。

こんなこともあった。

あるとき、隣のクラスの背の低い男の子が私のところへやってきて、マスキングテープを貸せと言った。

その男の子は顔にほくろがいっぱいあるので(そばかすだったかなあ)、みんなにしょっちゅう「チョコチップ」とからかわれていた。私たちの学年では「チョコチップ」「チョコチップメロンパン」という語が彼の代名詞になっていたくらいだ。

今思えばこれ以上ないかわいい名称だと思うのだけども、残念なことに当時は言われている本人も、聞いていた私もあまり好ましいものだとは思っていなかった。
彼はいじられすぎてよく本気で怒っていたし、私はそれを見てから彼をからかうのを控えた。

中学生というのは繊細で残酷なのだ。

とにかくそんな彼に頼まれて、私は「なんでこいつにマステを貸さなきゃならないんだ」と思いつつ、仕方なくマスキングテープが入った筆箱を机の中から取り出した(高校生になるまで、私は尖った言葉を平気で用いる少女だった。そうしなくては男子に張り合えないからだ)。

何種類かストックしているマスキングテープの中からどれがいいかを選ばせながら、なんでわざわざ別のクラスの私に借りに来るのか、私じゃなくてもマスキングテープを持ってる女の子は他にいるだろう、と相手に文句を言った。

するとチョコチップの彼は、「だって〇〇がお前ならマステ持っとるでって言っとったんだもん!」と言ってきた。

その言い方の憎たらしかったこと!

でも〇〇とはすなわち、私の星を塗りつぶした彼なのだった。
たしかに彼にもマスキングテープを貸したことがあったのを覚えていたので、それを聞いて私はチョコチップの彼に反撃するのをやめた。無駄な口論をすると捨て台詞を吐かれてしまうので、それを避けたかったのだ。

次の休み時間、ロッカーに教科書を取りに行くとき、廊下にカッターを使って段ボールからスリッパを創り出し、ペンで私のリュックの星を塗りつぶした彼がいた。

チョコチップの彼が来てマスキングテープを奪い去っていった話をすると、「あぁまじで?ごめん。だってお前マステめっちゃ持っとるじゃん?俺お前のことマステの女王って呼んどるけぇ」と彼は言った。

適当なこと言ってるなあと思いつつ、私は「マステの女王」という謎の称号を与えられたことをすこしだけ光栄に思った。いい名称だと思ったのだ。

それから私はマステの女王としての自覚を持ち、誰かが私にマステを求めてくるときには気持ちよく貸してあげることにした。

彼にまつわる記憶は他にもあれこれあるのだが、私としてはこのふたつの思い出を書き記すくらいに留めたいと思う。
これが最も象徴的で、印象的な彼のエピソードだからだ。

中学生の私は彼のことを特別いいやつだとか、仲良くなりたいなあとか思ったことはなかった。でも彼がおもしろくて基本的に親切な、ひとのことをよく見ている少年だというのはちゃんと知っていた。

私たちの通っていた中学校は、ふたつしかクラスしかない田舎の中学校だったので、卒業までの3年間ですべての同級生たちと必ず何らかの形でかかわることができた。

同級生はおろか全校生徒、先輩や後輩でさえ顔と名前が一致しているような環境だったのだ。私にとってそれは決して窮屈なことではなかった。

彼とはSNSでも繋がっていないので、今更話すこともない。

成人式のときに変わらず元気そうだったので、私からすればそれでいいのだ。私の星を塗りつぶしたのも、マステの女王と名付けたのももう忘れているだろう。でも私は彼のそういうよく分からないところがおもしろくて好きだった。それだけだ。友人から彼の入籍の話を聞いて、すこし思い出しただけなのだ。

たぶん、これからこういうことが増えていくかもしれない。
私の知っている誰かが愛するひとと一緒になったり、子供が生まれたり。

その都度私はこうしてそのひととのエピソードを綴るだろう。

そしておめでたい話を耳にしたら心から祝える私でありたいし、もし相手とかかわることができる機会があれば存分にかかわっていけたらいいと思う。

そして彼はあのひょうきんさと生真面目さを持ち続けて、これからも人生を歩んでいくことだろう。

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