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透子物語

雲がどこまでも一面に広がっている。ここは霊界のとある神の住まう場所であった。まだ新米の神である霊人はその一面に広がる雲に寝転がっていた。そんな時、何故かふと下界の様子が気になったので、遥か下の方に広がる世界を手元の水晶で覗いてみた。すると、ある一人の可愛らしい少女が必死に祈りを捧げている映像がパッと浮かんだ。水晶を手にとって覗き込んでみると、どうやらとある小さな森の小径の祠で一人の少女が救いを求めているらしい。少女が何を願っているのか、一瞬彼女の心中を神の力で覗いてみようかとも思ったのだが、

「やっぱりそれはやってはいけない」

と何とか踏み留まった。やがて少女は丁寧に祠に礼拝した後、テクテクと森を去る方向に歩いて行き、森の入口付近のバス停でしばらくポツンと立ち尽くしていた。既に夕方でそう遠くない内に陽は沈んでしまうだろうけれど、少女が家に帰るような気配は全くなく、家とはむしろ反対方向のバスに乗るつもりのようだ。どこか不安そうな顔の少女の様子からは、何となくこの時はまだ彼女は家出か何かで困窮した状態なのではないかというくらいしか推察できなかったけれど、遥か空の彼方から少女の行く末を一先ず観察してみようと思った。


特に特徴のない、ありふれた停留所で降りた少女は少しだけ周囲を見渡したあと東の方へと歩き始めた。そこから10分ほどで小さなホテルの前で立ちつくしていた。どうやらここに泊まろうかどうか悩んでいるみたいだな、と思って見ているとやがて少女は祠に丁寧におじぎをすると、森の出口の方向に歩いて行き、森の入口付近のバス停でしばらくポツンと立っていた。


既に時刻は夕方になっており、遠くない内に陽は沈んでしまうだろう。どこか不安そうな顔の少女の様子からは、何となくこの時はまだ彼女は、家出か何かで経済的に困窮した状態なのだろうというくらいしか推察できなかった。遥か空の彼方から、少女の行く末を一先ず眺めてみようと霊人は思ったのだった。


とある特に特徴もない停留所で降りた少女は少しだけ周囲を見渡したあと東の方へ歩き始めた。そこから10分ほどで小さなホテルの前で立ちつくしていた。どうやらここに泊まろうかどうか悩んでいるのかなと思って見ていると、ようやく受付の所まで少女は辿り着いた。結局ここへ泊まるようだ。受付で会員証を提出している所を見ると、どうやら過去にもこのホテルを利用した事があるらしいが、ちらりと見えた財布の中身からは彼女の所持金は今夜の宿代でほとんど尽きてしまいそうなことが伺えた。この先少女はどうするつもりなのだろう?その事が気になって霊人は少女の動きから目が離せなかった。

(何処かに当てがあるのだといいんだけれど・・・)

と霊人はこの孤独な少女の身を案じ、少しだけ幸福のおまじないを施してあげることにした。一応、神のおまじないだから実際に効果はある。けれど、どの程度効果があるかどうかは、これからの少女の行動次第でどのようにでも変化する。例えばこの気の毒な女の子が他人に奉仕するような善行を積めばそれだけ彼女の幸運度も上昇するというように。基本的に自利的な行動より他利的な事をする方がより幸福を呼び寄せるのがこのおまじないの効力であった。

(今日は疲れただろうから、よく眠って休んで下さい。明日からきっといいことがあるからね)

霊人は優しく少女を見つめ彼女の幸せを心から願った。


翌朝、少女は起き上がってホテルの中庭でラジオ体操をしていた。彼女の過去を少し本のページをめくるようにサラッと眺めてみたが、これはどうも彼女の小さい頃からの日課らしい。大きく深呼吸したり伸びをしたり、ゆっくりと身体をほぐしていく。

(これは良い習慣だね)

と霊人は感心した。一通りのストレッチを終えると少女は朝食を取りに行った。そろそろ発つつもりなのだろう、バスの時刻表を調べている所が見えた。

(ふうん。どこに行くつもりなのかな?)

と好奇心で雲の上から様子を観察していたがどうも彼女には遠く離れた所に知り合いがいるらしい。昨夜の内にはたどり着けないくらい遠方であることが霊人にも徐々に分かってきた。彼女の遠い親戚に当たる人物で、彼女自身もう何年も会っていないようだ。

(それでもこのような状況下で会おうと考えるくらい、この女性は彼女にとって大切な人物なんだろうな。)

やがて彼女は到着した一台のバスに乗り西の方向へ向かう。それは彼女を乗せてちょっとした旅に連れ出してくれそうな予感を起こさせるのだった。


休憩所


湊はバスがゆっくりと駐車する気配に気づいた。

(どこだろう、ここは?)

出発したエリアは遠く去ってしまったようだ。目に映る交通案内板などからは既に県を跨いでさえいるだろう事が伺えたのだった。その事は実に少女を爽快な気分にさせた。

(・・・ああ、遠くへ来たんだな)

目的の一つであった故郷からの離脱を成し遂げて

「私の夢が一つ叶ったな」

という実感に満足しつつあった。満足感に浸っていると、突然肩に隣の人物が寄りかかってきた。

「ん?」

「あ、ごめんなさい。・・・どうにも眠くてね」

寝ていたらしいその女性はゆっくりと伸びをして辺りを見回した。高速道路の休憩所に降りてゆく乗客達を尻目に湊達数名はまだバス内に留まったままだ。

(・・・トイレには行っておいたほうがいいよね)

湊も降りようとしたが女性が行かないでという風に湊の服の裾を引いた。

「・・・何ですか?」

その女性を不審気に見やり、湊は呟いた。

「ちょっと雑談に付き合ってよ」

年齢にそぐわないニッコリとした笑顔でそう言われると抵抗する気も失せる。どうも退屈しのぎの会話に付き合ってほしいらしいその女性には人間不信に陥りつつあった湊にさえ、邪気を感じさせなかった。人の本心を見透かす湊の眼には、純粋な笑顔の下には如何な計算さえなさそうだと、彼女の純粋な心が透けて映った。

「分かりました。なら、少しだけ」

そう言って湊たちは暫しの会話という享楽にふけるのだった。享楽だと感じているのは相手の女性だけだったけれど。

「ねぇ、ここなんて言う所かな?」

「・・・確か、河原木とかいう」

遥か西の方に行ったという事くらいしか湊にもわからない、けれど、

(・・・なんだか、楽しそうな所だな)

休憩所に点在するお面屋の屋台などを見ているとそう感じた。

「ふぅん。・・・ねぇ、ちょっと降りてみようよ」

ニヤリと笑いその女性、恐らく既に30近いであろう彼女は湊の手を引いてバスから降りさせようとした。何だか本当にこの人には何故か逆らう気を起こさせない。不思議な人物だった。

(こんな時、他の人だったら絶対に手を振り払って、是が非でも降りない所なのにな)

降りてみると外の新鮮な空気を吸って悔しいけど、

(・・・ああ、降りてよかった)

とバスという室内に長い間籠もりきりだった湊にそう感じさせた。外を肌で感じると想像以上に騒がしい。だけど嫌な感じはしない。祭りみたいに活気に溢れている。興味深げに立ち並ぶ店の列を眺める湊の手を引いて女性は一台の屋台に近づいてゆく。ピザ屋という風変わりな屋台に向かってゆく彼女はどうやら空腹らしかった。

「一つください!」

ロクにメニューも見ずに女性はそう叫ぶように言い放った。

「いらっしゃい。オススメのやつでいいかな?」

面食らった風もなく屋台の店員の初老の男性はそう応じた。

「うん、それでいい。湊ちゃんもいいよね?」

(あれ?・・・なんで私の名前・・・?」

やがて自分が学校のネームプレートを鞄につけたままだったことに気づき、湊は、迂闊だったなと少し自戒した。

「ええ、それでいいですよ」

だけど表情には出さず湊はそう返答した。

(・・・たかが名前じゃないか、別に知られたって構わない)

「どれも美味しそうだねぇ・・・」

メニューを共に見てみると確かに店の表に描かれたピザのイラストは美味しそうに見える。器用にピザを焼く男性の手先を興味深げに見ていると、女性はもっと湊と話したいという風に手を引いた。

「ねぇねぇ、湊ちゃんは何処から来たの?」

(・・・・まるで子供みたいだな)

本当に無邪気に見えるその女性からは一欠片の悪意も感じさせない。だからつい口が滑り易くなっているのだろう、何の計算もなく、湊も

「あの、唯湖町からです」

と答えてしまった。

(・・・別に出身地を知られて困ることもない。それにしても、自分は今までは何でこんなに人に壁を作っていたのだろう?そんな風に考えられるようになれたのも全てこの不思議な女の人のおかげかな)

ピザが出来るまでの10分ほど湊達は雑談に興じていた。

「私はねぇ、沢良宜町からなんだ、結構ご近所さんだったんだね、私達」

「そうですね。あの・・・」

沢良宜町は一つ隣の町だ。そういえば、まだ彼女の名前を聞いていなかったな、と思った所女性はあっけらかんとして答えた。

「ああ、私、奏っていうの」

「奏さんは旅行ですか?」

「私?うん、私は一人旅に出るんだよ」

と元気よく言い放ったかと思うと急に落ち込んで彼女はこう言った。

「ちょっと前にショックな事があってね、それでも人は何とか生きていかないといけない訳さ。だけど何か心の支えがないと生きていけないと思ったから、今後の生きる糧に楽しい思い出でも作ろうかと思ってね。それでちょっとした思いつきで西の方に楽しい何かがあるような気がして、思いつきでバスに乗ってみたの」

ニッコリとやはり何の陰りもない、だけどちょっとした悲しみが透けてみえる笑顔で奏さんはそう自分の旅立ちの理由を簡単に説明したのだった。

(・・・楽しい思い出か)

(自分は小母さんに会おうと思って坂市町まで行こうと思ってるけど、自分にもそのどこかで楽しい思い出でも出来るといいな)

この不思議な女性に出会うまで確かにただ助けだけを求めていたはずなのに、やっぱり奏さんの子供っぽい性格のおかげかな、こんなに純粋な気持ちになれたのは。そんな風に自分の内心を分析しながら湊達は旅を続けるのだった。

























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