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「良い植民地」の夢 -少年が少年らしかった時代

・生きづらい

21世紀の日本は生きづらい。
特に少年にとって。

解放感あふれる大きな夢に、身をゆだねて、どこまでも走っていくことができなくなった。

悪意がないだけではだめで、
関係諸方面への配慮や、諸倫理規定の遵守が、夢よりも先行するようになった。

もはや、
「ぼくはコロンブスみたいに新世界を発見したいです」とは言えない。
「先住民の身になってごらんなさい」と叱られる。

かくして少年は萎縮していく。去勢されていく。
良く言えば、社会が成熟したのであろう。
ただ息苦しいのは確かだ。
元気なのはヒステリックでうざい自粛警察だけだ。


ときに、夢、野心、冒険が、懐かしくなる。
例えば『スタートレック宇宙大作戦』のオープニング。

「宇宙、それは人類に残された最後の開拓地である。
そこには人類の想像を絶する新しい文明、新しい生命が待ち受けているに違いない。
これは、人類最初の試みとして5年間の調査飛行に飛び立った宇宙船、 U.S.S.エンタープライズ号の驚異に満ちた物語である。」

そしてエンタープライズ号が宇宙を飛び、未来を切りひらいていく。
あの冒険が始まる予感、わくわく感が、僕は大好きだ。

かつて、そんな夢が、SFとしてではなく、語られた時代があった。


・ル・ブルトンの希望の星、ユダヤ人

1798年春。フランスはナポレオンのエジプト遠征にわいていた。

ナポレオン自身の主要な狙いは、イギリスをやっつけることであった。
イギリスの重要な植民地であるインドを、海からではなく陸から、つまりエジプトから攻撃することであった。

しかし多くのフランス人は、エジプトに「冒険の地」を見た。
「可能性の地」を見た。
博物学者たちは、調査のため、ナポレオンに随行した。
エジプト、そこには何が待ち受けているのだろう。
そこで我々は何をできるのだろう。


1798年4月、穏健共和派のル・ブルトンは、エジプト植民地化計画に関する記事を、逐次刊行物『哲学的文学的政治的デカド』に載せた。

ル・ブルトンによれば、文明誕生の地、エジプトは、いま、新たな文明化を必要としている。
誰かが植民者となって、エジプト、さらにはシリアにまで赴き、ヨーロッパで発達した商工業のノウハウを先住民に教えてあげるべきである。

しかし誰が行けばよいだろう。
誰なら行けるだろう。
フランス人は革命のただなかにあって忙しすぎる。

そうだ!
ル・ブルトンは思いつく。


「ユダヤ人を呼ぶべきである。
どれだけ彼らがかつての祖国そして理想郷エルサレムに愛着を持っているかは周知のことである」。

「(カトリック教会による)迫害のせいで世界に散り散りになった彼らは、パレスチナを見つめている。彼らは、幸運な子孫が信じがたい奇跡によって再びそこに戻ることを希望している。合図さえあれば世界の四方から駆けつけるだろう」。

ル・ブルトンは、ユダヤ人が真面目で勤勉な民族であることを説きながら、
彼らの資本と縁故に言及し、これらの商工業上の利点は彼ら自身のためにもまた社会全体のためにも未だ十分に活用されていないと述べ、だからこそ、それをシリアとエジプトのために使おうと主張した。

かくしてル・ブルトンは、ヨーロッパ各地から集まったユダヤ人が、ヨーロッパ文明の前衛として、エジプト人そしてシリア人に、いろいろな技術を教えてあげて、そしてみんなで仲良く豊かに暮らす植民地を建設することを夢見たのである。

ル・ブルトンにとって、新しい「良い植民地」は搾取の対象ではなかった。
フランス人による排他的支配など、想定外であった。
ましてや軍事力による先住民の抑圧など、論外であった。
むしろ諸民族のための新しい理想郷の構築が大事であった。

彼の夢は、ナポレオンのエジプト遠征の失敗とともに、消失する。


・あらゆる植民地は悪なのか

もしもル・ブルトンの植民地案が実現していたら、今日のパレスチナ問題はなかったかもしれないのにね…。

ル・ブルトンの夢を、ユダヤ人の排除を目的とした棄民政策だなどと解釈してはいけない。
そういう解釈をするひとは、人間の善意を信じることができない底意地の悪いひと、愛を知らない淋しいひとだ。

ル・ブルトンについて詳しくは分かっていないが、少なくとも彼は黒人奴隷解放論者であった。優しく純朴な、少年の眼をした、博愛主義者であったと思われる。


そもそも18世紀のフランス人は「世の中には良い植民地と悪い植民地がある」と考えていた。
何故なら「植民地」とは、国際交流の中で必然的に必要になる本国の「出先機関」「支店」を意味していたからだ。
その「支店」から搾取・侵略を始めることは、必ずしも自明の前提ではなかった。


ル・ブルトンの夢だけではなく、幾つもの挫折した夢が過去にはあった。
未来の夢のアイディアを、過去の夢のなかに探してみよう。
同時に、善意の夢が、悪い結果を生み出す可能性も、学ぼう。
真の意味で創造的で豊かな知性を身につけるために。



参考文献
Patrice BRET (éditeur scientifique), L’expédition d’Egypte, une entreprise des Lumières 1798-1801, Cachan, 1999.


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