見出し画像

慣れるって怪我に気づかないってこと、当たり前って灯台下暗しってこと

※基本的には事実ベースですが、個人情報保護のため会話の内容などやや脚色しています(正確に思い出せないだけです)。


*******

幼稚園が好きだった。
朝バス停まで走って転んでも気にならないくらい、とにかく早く幼稚園に行きたかった。

ある日幼稚園で普段は話さない女の子たちから声をかけられた。

「大丈夫?すごい血が出てるよ」

指を指され視線をヒザに落とすと、膝小僧が赤く染まり血が足首近くまで流れていた。
頭で「さっき転んだから」だと認識し静かに痛みを感じ始める。次第に傷口の周りに熱が帯び、どくどくと血が流れる感覚がした。


-あれから15年以上経ち-

いつの間にか大学4年生。現在は就職活動中だ。
幼稚園とは打って変わり、小学校、中学校、高校と年を追うごとに登校意欲がなくなった。大学にいたっては2年前期の必修をほぼ休んでいた。
私は怠惰な人間なので、中学高校と皆勤賞だったにも関わらず、義務感がなくなると途端に行かなくなった。
でも不思議と心は健康で、むしろ自分のやりたいことと居場所を作る余裕ができたようにも感じる。

私は2年とき、1科目で4単位分になる必修科目を4科目サボっていた(全て落とした)。
理由は色々あるが、今思えば昔から人との関わり方で無理をしすぎていた気がする。
言い方は悪いが、私に丁寧に接しない人に私は丁寧に接していた。

テスト範囲聞くためだけにLINEを追加してくる人、課題を写させて欲しがる人、私の好きなものを否定する人、ぜんぶ面倒になったのだ。
テスト範囲を聞くLINEは未読無視。授業前に英語の予習を写させて欲しいという人が居れば毎回遅刻した。私が大切にしているものを否定する人には挨拶しかしなくなった。

関係を極端に希薄にしたものの、一応学校には居た。
授業に出ないと単位が取れないと思い、10分くらい遅刻して教室の前までは行っていた。
ただ、同じクラスの人に見つかると一緒に授業を受けなければならなくなる。
それが嫌で教室の前まで来て諦めるのだ。

授業が終わった後に会うと困るので別のフロアに移動し、必修の代わりに出席していた授業の課題に取り組んでいた。

客観的に見れば私は落ちぶれてしまった学生だろう。
必修を16単位落とし、在籍コースを変更し、会っても挨拶しかしない。”彼ら”の誘いもやんわり全て断るようになったんだから。
とても学校に来ているようには見えなかったはずだ。

人間関係を断ち切ることにも難しさがある。

しかし私はこれを努力とは呼ばない。
最終的に授業に出ない選択をするに至るまでに、単位や所属コースへの執着があり、葛藤があり、クラスメイトと関係を築けない私自身への失望もあった。
必修をサボる間、ずっとそばに居てくれた友人に助けられた部分も大きい(仲良く単位を落とした)。

単位こそ全く無かったものの、この期間に私が得たものは大きく、他人より自分に丁寧に接してあげられるようになった。
考えを言語化する努力ができるようになった。
そしてなにより、今の生き方を認められるようになると名刺の名前の上にある役職名のような、”属性”に囚われなくなった。


就職活動においてもこの期間に得た感覚の話をよくする。

「名刺の名前の上に書いてある属性で判断されたくないし、私もしたくない。澤田せいという人間がどんな人間か、属名による先入観なく伝わって欲しい。そういう大人になりたい。」

こういう思いで、志望動機を語る。業界への意識を語る。
私が比較的就職活動を楽しめているのは、自分の中の価値基準が明確にあるからだと思っていた。


例の、必修の代わりに出席していた授業を今も取っている。

その授業で同じく4年生の何人かと仲良くなり、友達が勉強している間に靴磨きが趣味の私が友達の革靴を磨くカオスな状態が生じる。

先生は授業後とはいえ教室で靴磨きする様子を見て怒らないから凄い。
むしろなんか褒めてくれる。

「すごいですね、写真撮っても良いですか?これ授業で、法学部にも型にはまらない過ごし方があることの証明として紹介しても良いですか?あの、顔は出さないので。」

そんなふうに言ってもらえるとなんだか嬉しい。属性に囚われずに生きていることを他人に認めてもらったように感じた。
私の学生生活も、就職活動もこの真っ直ぐさで突き進めば良いと思えた。
先生はみんなに向けて続けてこう言った。

「この方は革靴が作りたいと言っていてね。いつかはやるでしょう?言ったでしょ、あなたが革靴を作るようになったら買うって。」

ここまで言われると少し悲しい。
いやとても嬉しい。嬉しすぎて反応に困った。
でも自分の浅はかさに悲しくなった。

面接で「属性で判断されたくない」と明言している私は、確かに自分の軸を保っていたはずなのだが、就活を経て目指すべき姿は正社員でしかなく、正社員になった後の将来像として社会人をやめるという発想も薄れていたように思った。
属性で判断されたくないとしつつも正社員という新たな属性を着実に手に入れようとしている。急に自分が滑稽に見えた。

3月から本格的に就職活動を開始し、知らず知らずのうちに、静かに、徐々に、自分の軸の土台を失っていたのかもしれない。
就職という道に染まっていく。
気づけば就職以外の進路を具体的に想像したうえで就職を選択するのではなく就職一本に進路が集約されていて、就職したらしたで二度と社会人の道を離れることはない、そんな感覚に慣れてしまっていた。

慣れるって、今までの私の基本が変わるってこと。
それが私のアイデンティティを潰していても、怪我に気づかなかった幼稚園児の私のように痛みに気づかない。
慣れるって、怪我に気づかないってこと、ゆっくり自分の腹に細いナイフを刺していくってこと。

当たり前って、当たり前になるって、目の前が見えなくなるってこと。
灯台下暗しって、誰かへの感謝へを伝えていないってこと。


*******

就職活動をしているとアルバイト先でお世話になった社員さんの言葉も思い出す。

「入った会社で人生決まることは絶対にないから、」

私は人に恵まれていると思う。
その人たちは私の価値を見出し、日々凝り固まっていく感覚を緩めてくれる。

私はこの人たちのように誰かに恵みを与える人間になれるだろうか。
たぶん一生、クズで、最低で、薄汚く、聡明さとはほど遠い存在のまま死ぬだろうと思う。

でもこの人たちに私という人間がたくましく生きている様子は伝えたい。
ずっと伝え続けたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?