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とある児童館での出来事

私は激怒した。
昔教科書でお目にかかった短編小説を思い出す書き出しだが、私が本当に怒り心頭に発したわけではない。
激怒する"演技"をしたのだ。


これは8月のとある日曜日、児童館での出来事である。
児童館では毎日、分級と呼ばれる時間がある。
分級ではゲームをすることもあれば、子供たちが自由に遊ぶこともある。

その日の分級は、"謎解きゲーム"だった。
その内容は、一人の先生が作ってきてくれた謎解きクイズを、生徒に出題するというものだ。
しかしただ謎を提示して、それを子供たちに解いてもらうのではつまらない。
そこで先生達は事前に打ち合わせを重ね、ストーリー仕立てで行うことにした。
そのストーリーとは、
"子供たちが力を合わせて謎を解くことで、善良なる先生を連れ去った悪い先生に立ち向かう"
というもので、宛らスー〇ーマリオブラザーズの寸法である。
その為には、ピ〇チの立ち位置である善良なる先生と、ク〇パの立ち位置となる悪い先生の存在が必要となる。
善良なる先生の配役は直ぐにK先生に決まった。
さて、悪役はどうするか...。

その時に白羽の矢が立ったのが、何を隠そうこの私だ。
子供たちから見た普段の私の印象は恐らく
「時々ピアノ弾いてる、でかいけどおとなしいセントバーナードみたいなお兄さん(もしくはおじさん)」
といったところで、私は基本的に温厚な性格だ。
そんな私が、その日は土佐犬さながらの凶暴性を見せた。
いきなり「てめえふざけんな!」などと怒号を飛ばし、善良なるK先生の腕を強引に掴んで部屋から連れ出したのだ。
その熱演ぶりに子供たちも、こちらが意図した反応を示してくれた。
順調な滑り出しである。

しかし悲劇はその直後に起こる。

それなりに手ごたえを感じ、悪役らしからぬ恵比須顔で階段踊り場に待機していた私に、とある先生からまさかの声がかかる。
「せいや(私)、子供たちの宿題解くの手伝ってくれない?」
その日の分級には、子供たちの宿題を手伝うというサイドストーリーが存在していたのだ。


私は戸惑った。
何故なら、宿題を解くために用意された場所は、先ほど私が狂暴化したあの部屋なのだ。
そしてあろうことかその部屋には、私を成敗するために謎解きに耽っている子供たちがまだ残っている。

そこで
「宿題?んなものやるわけねぇだろ!」
とでも言い放てば、悪役としてのメンツを保つことができたのかもしれない。
けれど本来は従順なセントバーナードである私は、ほぼ二つ返事でその先輩である先生の依頼を受け入れた。

その結果、数分前に突如としてグレた私が、何事もなかったかのように部屋に現れ、隠れるように子供たちの宿題に勤しむという、奇妙な構図が完成した。
出来るだけ気配を消していたつもりだったが、セントバーナード並みの図体を持つ私が隠れきれるはずもなく、子供たちの間には
「あれ、この人さっきブチギレてなかった?」
「めっちゃ宿題してくれるじゃん」
といった空気が流れる。悪役の面目丸つぶれである。


子供たちが謎解きを終えるころ私も、何故か同時進行で進めている宿題を終えた。
しかし非情にも寸劇は継続、いよいよ佳境を迎える。
私は台本通り、先ほど善良なるK先生に悪態をついた理由を滔々と語る。
が、一度仮面の下の従順な宿題ヘルパーの顔を見せた男の言葉に説得力は無い。
感動的であるはずのラスト「悪役の改心」シーンは、「情緒不安定な男の戯言」と化す。
その危うげな男は、ただ空中の一点のみを見つめ、寸劇に幕を下ろした。

#エッセイ #私の仕事 #児童館 #ノンフィクション  

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