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スポーツ観戦体験をアップデートせよ 3つの要素を拡張した先に見えるニュースタンダード

※この記事は、広告業界の最新動向や最新情報に加え、コミュニケーション領域に関連する知見やソリューションなどを紹介するニュースサイト「ウェブ電通報」に寄稿した記事を転載したものです。


近年、順調に数字を伸ばしてきたプロ野球やJリーグの観客動員数。「熱狂」を味わうことができるスポーツ観戦は、「コト消費」の代表格として、今後も市場を拡大していくとみられていた。

しかし、新型コロナウイルスにより見通しは一変。7月以降、無観客試合からは脱したものの、観客動員は大幅な制限を強いられている。またファン・サポーターたちの熱狂を象徴するような応援行為は一切禁止されている状況だ。

今、ファン・サポーターたちが必死に抑え込んでいる「静かな熱狂」。これをどう拡張表現して視聴者に届けるのかが、主催者側の大きな課題となった。こうして巻き起こったのが、スポーツ観戦体験の急速なデジタルシフトである。

熱狂を表現したいファン・サポーター、表現された熱狂を多くの人に届けたい主催者、そしてよりリアルに近い形で観戦を楽しみたいリモーター。この3者のニーズをつなぐテクノロジーに今、注目が集まっているのだ。

本記事では、6月24日に行われた「SPORTS TECH TOKYO webinar vol.1 - a new game plan –」に登壇した電通CDC Future Business Tech Teamクリエイティブ・テクノロジストの土屋泰洋氏に話を聞きながら、現在のコロナ禍で起こっているスポーツ観戦の「静かな熱狂」を、(1)「映像」(2)「音」(3)「参加意識」の3要素に分け、それぞれの拡張の方法を考察する。

1.スタジアムの見え方を拡張する

人は情報の8割を視覚から得ているといわれるように、スタジアムの「一体感」や「熱狂」を最も分かりやすく伝えることができるのは「映像」だろう。

Jリーグの各クラブは、コロナ禍においても、これまで以上にスタジアムを“映える”空間にするための工夫を凝らした。

すでによく知られた取り組みだが、国内外の各クラブは、顔写真などを貼った段ボールを販売し、空席となった客席に配置した。

この「ダンボールサポーター」は、シンプルな発想ながらも、サポーターの「参加したい」「応援したい」というインサイトをついた事例として、新たな可能性を示した上、サポーターが会場にいるかのような雰囲気をつくり出し、映像でサッカーを楽しむ視聴者に対する空間づくりという点でもメリットがある取り組みだった。

また、普段はサポーターが紙などを持ってつくる「コレオグラフィー」にも工夫が凝らされた。浦和レッズが、スタジアム全体の客席に色のついたビニールをかぶせ、美しいコレオグラフィーをつくり上げたのは、記憶に新しい。

しかし、スタッフやボランティアの人数まで制約された状況下で、これらの取り組みを毎回行うことは難しいだろう。そこでテクノロジーの登場である。

土屋氏は、

「デンマーク、スーペルリーガのオーフスGFはスタジアムの客席に大型ビジョンを配置し、Zoomで参加したファンの映像を映し出しました。また、スペインのラ・リーガでは、セビージャ対ベティスの“セビリア・ダービー”で、スタジアムの映像にリアルタイムに観衆の映像を合成して配信する試みが行われました」

と、試合会場にリアルタイムに「ファン」たちが映像として登場できる仕組みを紹介。

「このような取り組みでは、アスリートたちもサポーターの存在を感じることができますし、テレビ的にも空のスタジアムを映し続けるよりも良い。うまくいかなかったケースもありますが、今は何かをやってみるというフェーズ。テクノロジーが提供してくれる最大のメリットは簡便化。まずは小さい単位でやってみることが大事です」

と、まずは既存のソリューションを試してみるフェーズの重要性を語った。

今後は、空いた客席にデジタル合成した広告枠をつくって販売するなど、新たなデジタルの活用も期待できるのではないだろうか。

2.改めて気づかされた、スポーツにおける「音」の重要性

また、観戦体験・視聴体験をより豊かなものにするためには、音も重要だ。

FIFAオフィシャルゲーム「FIFA 20」を開発するEA Sportsは、試合の進行に合わせて観客の声援やチャントをダイナミックに生成するシステム「ATMOSPHERIC AUDIO」を、イギリスのプレミアリーグやスペインのラ・リーガに提供している。

ゲーム開発会社が持つアセットを活用し、実際のプロスポーツの中継や配信に乗せる音を拡張するという発想は、これまではなかった。現在は、人の手を介しながら歓声を半自動的に生成しているようだが、今後はさらなる進化が期待できる分野だろう。

「例えば過去の試合映像のアーカイブから、試合の特定のシーンと会場の音声の対応をAIに学習させていけば、どのようなシーンでどのような音がハマるかは、ある程度の精度で推定が可能になるでしょう。こうした技術とATOMOSPHERIC AUDIOのような技術を組み合わせることで、人の手を介さず、リアルタイムに試合の臨場感を高める音声を乗せるソリューションの登場も期待できそうです」

と、土屋氏も今後の技術の進歩に期待を寄せる。

また、リモート応援システムの導入も進んだ。リモートで中継や配信を楽しむ「リモーター」が、スマートフォンアプリを片手に、どこからでもスタジアムに声援を届けることができるというサービスだ。

Jリーグでも数多くのクラブが導入したこのソリューションは、リモーターの声がスタジアムのスピーカーを通じて試合中の選手たちの耳にも届くため、臨場感をつくり出す上でも、今後も注目したい取り組みだ。

3.配信サービスでリモーターの「参加意識」「一体感」を高める方法

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映像や音以外にも、さまざまなソリューションが導入されている。

特に、新たな参加意識を醸成する手段として複数のクラブで導入された投げ銭(ギフティング)は、今後の行方に注目が集まるソリューションだと土屋氏は語る。

「TwitchやSuper Chatといった配信サービスで投げ銭が盛り上がっていますが、なぜ盛り上がるかというと、誰かがお金を払ったということや投げ銭された総額がリアルタイムに可視化される点が大きいでしょう」

その上で、このシステムはリアルスポーツの配信でも大きな可能性があるとし、

「例えば、サポーターが大きな金額を払ったということがスタジアムのビジョンに映し出され、それを知った選手が喜び、実況が叫び、その映像を見たファンが楽しむ。スポーツの世界で投げ銭が成功するには、スタジアムに結果がフィードバックされる仕掛けが必要なのではないでしょうか」

と、投げ銭という行為自体をエンターテインメント化する必要性を訴えた。

また、配信サービスでいえば、TwitchとNBAマイナーリーグ(Gリーグ)の取り組みにも注目だ。現在Gリーグは、Twitchでの配信を許可しているため、ストリーマーといわれる配信者が、試合映像に解説をつけて配信を行うことができる。

さらに試合展開や実況・解説に対して、ファンがチャットで書き込みを行っており、にわかに盛り上がりを見せている。

この状況に土屋氏も熱い視線を送り、「この取り組みには興味深い点が二つあります」と分析する。

一つ目は、配信のあり方がこれまでとは大きく異なっているということ。

「今までのスポーツ中継では、放映権を持つ大手メディアだけが映像を中継・配信してきました。しかし、この取り組みではTwitch内の誰もがスポーツコンテンツを配信できます。実況や解説という付加価値をつけたコンテンツがパラレルに生み出され、視聴者もコンテンツを選ぶことができるという新たなコンテンツ配信のあり方には大きな可能性を感じています」

また、二つ目は、Twitch 内では映像の進行に合わせてチャットが再現されるため、時間を超えた盛り上がりが表現できていることだ。

「映像の進行に合わせてユーザーのコメントが表示される『ニコニコ動画』のシステムとも似ているのですが、ファンやサポーターの熱狂が文字として記録され、試合が終わった後でも、映像を再生すればこれらの文字によってその熱狂が再現されます。この“時間を超えた熱狂”の表現は、今後のスポーツ観戦体験のあり方として重要になってくると思っています」

今回紹介した「映像」「音」「参加意識」をテクノロジーで拡張する試みは、もちろんいずれもまだ試験的な段階であり、今後ビジネスモデルとして確立させなければならない。が、表現を拡張し、場所や時間の制約をも超えた観戦体験を実現しようと加速するスポーツ界のデジタルシフトの動きには、大きな可能性があることは感じてもらえたのではないだろうか。

今後は高速・大容量、低遅延という特徴を持つ5Gも普及していくはず。世の中のインフラとソリューションを活用し、これらの動きをアクティベートし、定着させることがこれからのスポーツ界の課題だ。

スタジアムの「静かな熱狂」を拡張し、スポーツが持つ本質的な価値に、新たな価値を付加することができたとき、われわれのスポーツ観戦体験は、これまでとは全く違ったものになっていることだろう。今、スポーツ界は変革の時を迎えているのだ。

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